兄姉(きょうだい)
※フィクション※
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうして、こうなったんだったっけ。
ボクの、人生。
お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかった。
両親が事故で死んでから、その欲求は更に強まった。
両親の葬式でボクと弟と二人の妹は伯父たちに引き取られることになった。
だから親の残した金を伯父が全額受け取っていた。
でも、言われた通りに引っ越しの準備をして家でいくら待ってても迎えに来なかった。
伯父の家は他県にあるということ以外知らないから、ボクたちから行くことはできなかった。
2週間経っても連絡の一つもなく、騙されて捨てられたんだと気づいた。
中学生だったボクにはあれしか稼ぐ方法が思いつかなかった。
ボクはもうボクの人生を諦めていた。
妹たちを育てるだけの人生だと、それでいいんだと、思っていた。
でも心のどこかで諦めきれなかった。
ボクだって誰かに甘えたかった。
妹たちはしっかり者で、だからこそ三人には甘えたくなかった。
だから外で探した。
金を稼ぎながらボクの拠り所を。
「僕に買われてくれたら、弟妹たちが社会に出るまでの資金援助を約束するよ。もちろん君の生活も」
初めは金払いがいいから受け入れた。
ボクが指定した額を「少なくない?」と言って約2倍の額を毎月弟妹に送ってくれた。
学費にも生活費にも困ることはない額だった。
それだけ金を出してくれるのだから、当然相応の仕事をしないといけないと思っていたけど、そんなことはなかった。
そいつは妹を事故で亡くして、ボクがその妹にそっくりでどうしても一緒に暮らしたかったらしい。
ボクは女ではないと言うと、妹のように振る舞う必要はないけれど、そばにいてほしいと言われた。
それからは一人で外に出られない以外、不自由のない生活ができた。
買い物は一緒に行ってくれたし、服や日用品もボクが欲しいと言った物を買ってくれた。
慣れない家事を手伝えば褒めてくれた。
ボクが体調を崩せば、ずっと隣で看病してくれた。
僕はいつの間にかそいつを兄のように思うようになっていた。
3ヶ月ほど経ったある日、家のゴミをまとめるために初めてお兄ちゃんの部屋に入った。
机に置かれてる一冊のノートが目に入って、気になって中を見た。
中にはボクの個人情報と盗撮であろう写真が並んでた。
写真はどれもボクと客が一緒に写っていた。
「ゴミ捨ては僕がやるって言ったでしょ?」
「これ、いつから撮ってたの?」
「……怖い?」
「いや、慣れてるから」
「……え?慣れ、え?」
「盗撮はボクにとっては珍しいことじゃないし、お兄ちゃんなら別にいいよ。ただ、これとか何年も前に着てた服だし、いつからこんな写真…………え?これ……」
「……」
「お兄ちゃ」
「ごめんね。ちゃんと、僕から話そうと思ってたんだけど、勇気が出なくて、こんな形になっちゃって」
「……教えて。全部、ほんとのこと」
「うん」
ボクたちは腹違いの兄弟だった。
お兄ちゃんはお父さんが学生の頃、先輩に無理矢理関係を持たされてできた子どもだった。
お兄ちゃんは母が亡くなりお父さんの写真を手がかりにお父さんを探し、ボクのお母さんと結婚していることを知った。
伝えるべきか、どう伝えるか悩んで、覚悟を決めて家に来たらその時にはもう両親は亡くなっていた。
ボクが仕事に行っていたので、三人に事情を説明した。
そして、父を探しながら稼いでいた金で三人をセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越させたらしい。
三人が決めたなら別にいいと思っていたし、それだけボクが稼げたのかなと思っていたのは自惚れだったみたいだ。
「なんで三人には伝えて、ボクには教えてくれなかったの?」
「伝えるなって言われてたんだ。警戒心が強いし、人を信用しないから、一緒に生活して、警戒が解けてから伝えてって。ほんとは三人とも一緒に暮らしたらって思ったんだけど、今まで人生を棒に振ってまで、止めるのを無視までして自分たちのために頑張ったんだから、無理矢理にでも幸せにしたいって」
「知っ、てた、の?ボクが、お兄ちゃんが欲しいって思ってたこと」
「いや、単にお金と自分たちの心配がなくなれば、身を削るようなことは止めるだろうって考えたみたいだよ。三人と暮らしたいなら、新しく部屋を借りればいいし、……もし、会いたくないならこのまま二人で暮らそう」
「……一人にするって選択肢はないんだね」
「危なっかしいからね。少なくともまだ一人にはできないな」
「……二人で、暮らしたい」
「分かった。遅くなってごめんね。もう、なにも抱え込まなくていいから。甘えて、いいからね」
「……うん」
確かに、この生活は幸せだ。
なんの心配もなく、ただ生きていればいい。
買い物や散歩は一緒に行ってくれた。
家事が上達したら褒めてくれた。
ボクが怪我をすれば手当てをしてくれた。
幸せな時間が続いた。
だけど、幸せを感じるほど、埋まりきらない隙間を無視できなくなる。
お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかった。
ボクのちょっとしたイタズラで両親が死んでしまってから、その欲求を抑えるのが難しくなった。
伯父に引き取るって言われた時はいとこが姉になると思って嬉しかった。
そして、捨てられたと分かって、嫌だった。
弟妹と過ごすのが苦痛になって金稼ぎという言い訳で逃げ出した。
どうしてこうなった?
どうしてもなにも、こんな人生しかあり得なかったんだ。
全て望み通りなどできはしない。
たった一つの望みすら、完全に叶うことも奇跡に等しい。
ボクの生活に支障しか出さない病気。
どうあがいても逃れられないものはある。
何を選んでも妥協しなければならない、なにかを捨てなければならない選択を強いられることもある。
弟妹たちのために働く人生も、悪くはなかった。
人のために生きていることを実感できたから。
それを善いことだと感じるくらいまで感覚が麻痺しているのがいいことか悪いことかは今でも分からない。
自分の人生の主役は自分だ、なんて聞いたことがあるけれど、ボクはボクが主役の人生に価値を見出せなかった。
弟妹のために金を稼いで、弟妹のために自分の人生を諦めた。
弟妹たちを、ボクがボクの人生を生きられないことの言い訳にした。
弟妹たちのことはいい子だと思っていたし、人として尊敬していた。
でも同時に恨むことを憎むことをやめられなかった。
ボクは弟になりたかった。
長子として生まれた時点で、叶わない夢だった。
ただ夢を打ち砕かれるだけならまだよかった。
弟妹たちの存在がボクを姉にした。