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音楽好きなら「名もなき者A COMPLETE UNKNOWN」を観るべし
またしてもやってくれたよ、ティモシー・シャラメめ。。。
最近はデューンのヒットも記憶に新しい(と言っても日本ではやや不発)、海外では間違いなく売れっ子俳優の彼の代表作がまたしても誕生してしまった。
それが本作、ボブ・ディランの伝記的映画。
しかも演奏も歌声も全て本人がやってるってんだから凄まじい。
なんか5年間くらいかけて練習したとか。
役者って凄いっすね。
ただ本作、ディラン初期〜エレキギター転換期までを描いてるんだけど、多分物語としてのカタルシスは薄いんじゃないかなー、と思う。
物語としては面白味が薄い。
というのも、アメリカとソ連(現ロシア)の冷戦時代を時代背景に、社会情勢とアメリカ音楽の流行の移り変わりも絡めて物語は進むんだけど、サクセスストーリーにありがちな感動の要素は実は特にない。
だって、無名のディランが憧れの引退した有名ミュージシャンに会いにいって歌披露したら気に入ってもらえて、その友人でミュージシャンでもあるピートにプッシュされて早々とデビューできちゃう。
その後はとんとん拍子に売れていって、という感じで苦労話もなく。
ライバルも特にいない、敵役もいない、有名プロデューサーやレコード会社に活動を阻害されるなんてBECKみたいな展開もなく。
実に順調なサクセスストーリーだからカタルシスの得ようがない。
しかもディランは物語早々に二股をかけてしまうので、女性は嫌悪感を抱くんじゃないだろうか。
いや、ティモシーだから許されるのか?
恋愛に関してもハッピーエンドではなくビターな終わり方なので、マジでカタルシスはない。
そのほかにも社会情勢とかも入ってくるけど、詳しい説明もないから知らないとポカーンだろうし、物語最後の山場、恩人ピートも関わってるフォーク音楽のフェスティバルでエレキギターを披露するのも映画だけではどう考えてもディランが悪い。
あれは恐らく、フォークとか音楽のジャンルにこだわって、エレキギターの良さを理解しない、排他的で不寛容なフェスの観衆(及び主催者)に対するカウンターの気持ちも込められてるんだと思うけど、映画だとワガママでエレキギター演奏したくてやった、くらいにしか見えないんだよなぁ。
あと大義名分があっても、やっぱりフェスの名前にちゃんと「ニューポート・フォーク・フェスティバル」って書いてるんだから、フォーク音楽やらないとダメじゃんって思う。
ただ、当時のアメリカでのブリティッシュ・インヴェイジョンの脅威(イギリス出身のビートルズやキンクス、ローリングストーンズがアメリカでも大ブームとなった)とかも触れてはいるものの掘り下げず、フォーク・カントリー(アコースティックギター)vsエレキギターというリスナーも巻き込んだ対立の凄まじさも描かれないから、あそこでディランが演奏する意義も映画観てるだけじゃ伝わらないと思う。
何も知らないと主催者と観客がブチギレててあの場が特殊な空間だっただけとか思われそう。
実はこういうジャンル問題、ジャンル差別は音楽でもよくある。
僕が10代の頃日本でもHIPHOPがブームになり、ようやくラップが市民権をえかけた時も「ラップなんてただの棒読みじゃん」と同級生にすらラップ否定派がいた。
しかもそういう人に限ってラップをロクに聞いたことがない。
最近ではボカロ音楽に対してもそうだし、ジャンル差別とはいつの時代もあるものだ。
でも今はマイルドになってるものの、1960年代当時はジャンル差別も苛烈だっただろうし、そこにイギリスに対するライバル心もあって、そこら辺の背景描いてないとディランがただの空気読めない痛い子扱いされてしまう。
そういう意味ではリテラシーが求められる作品で若者には初見殺しになってるんじゃないか、と思う。
だから実は本作、カタルシスも特になく感動も特にはないので、ただただティモシー含む出演者陣の演奏技術とディランの再現度の高さ、ディランの天才ソングライターっぷりや名曲を楽しむ作品なので純粋に映画作品として楽しみたい人にはオススメしかねる。
あと、ボブ・ディランって韻の踏み方と言葉選びのセンスとかめちゃくちゃ上手くて評価されてるけど、僕ら日本人には凄さが伝わりづらいのは悔しい。
シェイクスピアも実はかなり韻を踏んでて文学性だけじゃなくそこが評価されてるんだけど、日本人で英語に親しんでないと本当に凄さは伝わりづらい。
日本では映画として大ヒットすることはないんじゃないかなぁ、と思う。
勿論、ディランの音楽を少しは知ってて好きな人間にとっては、伝記映画としての面白味はあったけど。
今聴いても「風に吹かれて」や「はげしい雨が降る」や「ミスター・タンブリンマン」は名曲だと思うし、昨今のK-POPやラップ、ダンスパフォーマンスグループ全盛の今の音楽業界に辟易してる人間にとっては、大スクリーンでディランの名曲を堪能できるオアシスのような場だった。
でもかっこいいよね、ボブ・ディラン。
歌詞も詩的だ。
今の音楽にはない文学性だと思う。
しばらくはボブ・ディランを聴く日々になりそうだ。
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