卵子は寿命を伸ばし、精子は寿命を縮める?【大阪大学】
研究の背景
動物の寿命や老化のスピードがどのように決まるのかは、生物学の大きな謎の一つです。長い間信じられてきた有力な仮説に「生殖と寿命のトレードオフ仮説」があります。この仮説は、動物が多くの子供を産むほど短命になり、少ない子供を産む動物ほど長命になるというものです。多くの観察結果がこの仮説を支持してきましたが、実験的な証拠やメカニズムの詳細はまだ十分に解明されていませんでした。
25年前に行われた研究で、この仮説を支持する重要な発見がありました。線虫という無脊椎動物モデルを使った研究で、線虫の体から生殖細胞を取り除くと寿命が延びることが明らかになったのです(Hsin & Kenyon, Nature 1999)。その後、ショウジョウバエのオスとメスでも同様の結果が得られました(Flatt et al., PNAS 2008)。これにより、生殖細胞は寿命を縮める役割を持つと考えられるようになりました。
一方で、人間を含む脊椎動物では、生殖細胞が同様の機能を持つかどうかは不明でした。生殖組織を除去した男性(宦官)の寿命が長いことを示すデータはありますが(Min et al., Curr Biol 2012)、実験的な検証は行われていませんでした。
実験的検証が進まなかった理由の一つは、実験動物の寿命の長さにあります。マウスなどのモデル脊椎動物でも数年の寿命があり、老化研究には膨大な時間がかかります。そこで、我々は新しい老化モデルとして注目されているキリフィッシュを用いて研究を行いました。キリフィッシュは寿命が数ヶ月と短く、研究室で飼育可能な脊椎動物の中で最短の寿命を持ちます。加齢とともに神経変性や腫瘍形成が生じることも報告されており、優れた老化モデルです。
研究の内容
脊椎動物の寿命や個体老化の制御における生殖細胞の役割を調べるために、ターコイズキリフィッシュの生殖細胞を除去する実験を行いました。この実験では、モルフォリノアンチセンスオリゴを使って、胚発生中に生殖細胞を形成する遺伝子dndの機能を阻害しました。その結果、オスとメスともに体のサイズが大きくなることが分かりました。
次に寿命を調べたところ、通常のキリフィッシュではメスの寿命がオスよりも長いのですが、生殖細胞を除去するとオスの寿命が伸び、メスの寿命が短くなることが分かりました。メスの寿命が短くなる理由として、エストロゲンの減少や脂質合成の増加、血液凝固因子の増加が挙げられます。これらが心血管疾患のリスクを高め、寿命を短縮させていると考えられます。
一方、オスでは生殖細胞を除去すると筋肉や皮膚、骨の健康状態が改善されることが分かりました。筋再生に関わる幹細胞が増加し、ビタミンD活性化酵素の発現が上昇していることも確認されました。ビタミンDはカルシウムの吸収を促進し、骨を強くするだけでなく、体全体の健康状態を改善する多様な役割を持っています。
結論
この研究は、ビタミンDが脊椎動物の寿命を延ばすアンチエイジングホルモンであることを示唆しています。キリフィッシュに活性型のビタミンDを投与する実験では、オスメス共に寿命が延びることが確認されました。この発見は、将来的な老化防止や寿命延長の新しい方法を開発するための基礎となるでしょう。