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【連載小説】憐情(8)
年が明け、春風が吹く季節になったある日、
妹から連絡があった。
「兄貴にいい仕事があるらしいんだけど、どうする?」
「どういう仕事だい」
「なんでも、事務の仕事らしいよ」
「通勤時間は車で三十分足らずの所だとか」
「三十分なら丁度いいかもな」
「いいでしょう、兄貴」
「誰の紹介なの?」
「旦那が知り合いから、誰かいないかと、聞かれたらしいよ」
「う―ん?」
「急なんだけれど、明日面接に行かない?」
「明日か?」
「そうなのよ、どうする? 旦那が先方に返事をするといって会社で待機しているんだ」
「じゃ行くと言っておいて」
「言っとく、住所などはあとから連絡するから」と言って、電話が切れた。
私は、もう少しゆっくりしていたかった。その旨お袋に話すと、
「それは願ってもない、いい話だよ」と言うばかり。
私の年齢のこともあり、この年で気に入った仕事などあろうはずが無いと決め込んでいた。たしかにゴロゴロしていてもしょうがないと思っていた矢先に、降って湧いたような話だと、思わず苦笑いをしてしまった。
明日の準備をして、早めに就寝した。
車で三十分ほどの国道沿いにその会社はあった。
駐車場に車を付け、事務所にはいる。受付で面接に来た旨伝え応接室で待機した。
テトラポットの型枠を作っている会社で、全国的にも有名な会社だ。その会社の営業所で隣地に工場も抱えている。
総務部の若い男性が辞めてしまい、困っていたとのこと。
面接官は営業所長と総務部長の二人、面接後二三日で連絡を貰うことにして、家に戻った。
戻ってきたら狸一家が遊びにきていた。
三匹とも、冬眠からさめたばかりなのか、眠い眼をしていた。
狸のお父さんが、
「面接に行ってきたんだってね、どんな按配だったね」と聞く。
「結果は二、三日後らしい。大きな会社の営業所の総務関係だけど、まあ採用されるかどうか・・・難しいかも」
「大丈夫だよ、面接官は二人だったでしょ。面接が終わって直ぐ採用と決まり、いま本社の承認待ちだよ」と言うではないか。
「どうして解るの!」と私は思わず大きな声を出してしまった。
狸のお父さんは、
「気持ちを集中させれば、透視できるのです。また将来のことも予知できます。ただ、将来のことを変えることはできないけれど..…」
私は思わず、
「それ以上透視しないで」と言ってしまったのである。 恐るべし狸!
その日は夕方まで狸一家は遊んで行った。
久々に夕飯は私が仕度することにした。カレーライスである。
二人分なので、食材は少なくて良い。それでも作りすぎてしまう。
私としては満足? のいく味だった。
その味はともかく、お袋は美味しいと言って食べてくれた。