【連載小説】憐情(11)
その年の秋、大型台風によって、私の住んでいる一帯は、甚大な被害を受けてしまった。
風雨が窓を打ち付ける音に混じって、玄関のドアをドンドン叩く音がした。電灯を付けようとしたら停電で付かない。懐中電灯を探し時計を見ると午前三時を過ぎていた。
急ぎ玄関の扉を開けるとそこには狸一家が雨にぬれ寒そうに立っていた。いつもは三匹であるが、二匹しかいない。
とりあえず家の中に入れ、ストーブのそばで冷えた体を暖めるよう促した。
お袋が物音で目が覚め、起きてきた。
お袋がバスタオルを押入れから持ち出してきて手渡しながら、
「大変だったね、ところでお父さん狸が見えないようだが、一体どうしたんだい?」
「実は雨風がひどくなり、お父さんが外を見回ってくると横穴を出たきりいくら経っても戻って来る気配がなかったので、私たちが必死に捜しまわったのです。
しかし何処を探しても見当たらず、そのうち横穴にも浸水してきたので避難してきました。ご迷惑をお掛けします。すみません」とお母さん狸が不安顔で言った。
お袋が暖かいスープを作り、二匹に飲ませて暖めさせ、落ち着いたところで、緊急救助隊を編成した。
メンバーは、お母さん狸、それに私の二人。納屋からロープと家にある懐中電灯を持ち、合羽を羽織り、いざ出陣となった。
氾濫した川で溺れてはいないか、非常に心配した。
二人の編隊は、絶対離れずにお父さん狸を探し回ったのである。
ある田んぼのあぜ道に通りかかったとき、何処からか風に打ち消されそうな声がしたのである。お父さん狸の声だと確信した。
懐中電灯を照らし、あたり一面を探した。声を張り上げて探した。風雨はますます激しくなるばかりであった。
そのとき、ポンという音がしたのである。それも田んぼの真中でポンと鳴った。
お母さん狸が、「お父さんだ!」と大声で叫んだ。またポンと鳴った。「お父さん!」と私も大声で呼んだ。私は水をかき分け、田んぼの中へジャブジャブ入っていった。お父さん狸は疲れきって声は出ず、かろうじておなかをポンポンと鳴らすのが精一杯であったのである。お父さん狸は助かった。二人? は歓声を挙げた。
お父さん狸は、荒れ狂う風と雨で、田んぼの中で身動きが取れなくなっていたのだった。
家に戻り、お父さん狸に暖かいスープを飲ませ、すぐ横にならせて休ませた。皆安堵したのであった。
家の外では台風に伴う風雨がビュービュー荒れ捲くっていた。
次の日の昼過ぎ、私とお父さん狸は狸一家の住いを見に行った。鉄砲水で横穴は土砂に覆い被され、見るも無残に狸の住居は無くなっていたのである。
当面、我が家に狸一家は住むことになった。
お袋は狸一家と一緒に暮らせるとあって、子供のようにはしゃぎ喜んだ。
毎日が充実した楽しい生活が到来したのである。私も嬉しかった。
家の中に狸一家の生活スペースをつくり、プライバシーにも配慮し、お互い生活するルールを話し合って決めたのであった。