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【1人or2人用声劇台本】ぎゃふんが生まれた日

この作品は、声劇用に執筆した作品です。
本作品を使用する場合、以下の利用規約を必ずご覧ください。

「ぎゃふん」という言葉は、いつ、だれが作り出したのか。
もしかしたら、こんな物語があるのかもしれません。

【上演時間】
約10分

【配役】
・先生(♂)……作家。作品の売れ行きが伸び悩んでいる。
   ※性別変更可
   ※人称、口調変更可

・編集(♀)……編集者。明るくのんびりしている。



先生:はて、どうしたものだろう。
先生:私はモヤモヤしていた。

編集:「どうしたんですか? 先生」

先生:「いやね、次の新作の中で、言いこめられて一言も返せないさま、圧倒されてぐうの音も出ないさまを描写したいんだが、それに相当する語が思い浮かばないんだよ」

先生:淹れてやったコーヒーを呑気に飲みながら、彼女は首をかしげた。

編集:「言いこめられて一言も返せないさま、ですか。ありそうで、なかなか思い浮かびませんね」

先生:「だから困っているんだよ。辞書にもそんな単語は見当たらなかった」

編集:「いっそのこと、新しく言葉を作ってみたらどうですか?」

先生:気軽に言ってくれるものだ。編集者という種族はいつもそうだ。作家がどれだけ苦悩して一文、一語、一単語を絞り出しているのか、理解していない。
先生:いや、理解などできない。この苦しみは、なにも創らない者には、決して分からない。
先生:よかろう。君がそれを望むというのなら、存分に苦しんでやろうじゃないか。

先生:「そうだな。そうするしかないようだ」

編集:「オノマトペを使って、「○○と言わせる」というのはどうですか? その方がイメージしやすくて、分かりやすいと思うんですよ」

先生:彼女にしては、珍しくまともな意見だ。

先生:「なるほど。では、そのオノマトペを考えなくてはならないんだね」

編集:「そういうことです」

先生:期待に満ちた目がこちらを見つめてくる。
先生:この目は僕だけでなく、この世界だけでなく、なにか、もっとたくさんのものを見てきたような。そんな目に感じた。

先生:「では、候補を挙げていくから、判定をしてくれ」


編集:「面白そうですね。分かりました!」

先生:さて、ここからは作家の腕の見せどころだぞ。

先生:「ぎゃみょん」

編集:「みょんはちょっと可愛らしすぎますね」

先生:「ぎゃろん」

編集:「人名みたいですね」

先生:「じゃぶん」

編集:「どこかへ飛び込みそうですね」

先生:「びゃふん」

編集:「なんか、どこかへ飛んでいってそうですね」

先生:「ぎょふん」

編集:「ぎょっと驚いてて、コミカルな感じですね」

先生:ダメだ、どうやら私は造語センスを持ち合わせていないらしい。彼女は、くすりと笑った。

編集:「先生、そんなに落ち込まないでくださいよ。これまでの作品の売れ行きが伸びていないからって、そこまで気を張ってちゃダメですよ」

先生:思い出したくないことをサラッと言ってくれる。
先生:そうだ。私には書くことしかできないんだ。書くことができなくなったら、私は……。

編集:「作家として食べていける人なんて、ほんの一握りです。そんなこと、作家になる前から、先生も覚悟していたはずでしょう?」

先生:「それは、そうだが……」

編集:「書き続ける覚悟をして作家になったのに、今さら、何を恐がることがあるんですか?」

先生:覚悟。例えるならば、バンジージャンプで飛び降りたような、ただ落ちていくしかない恐怖を、常に抱いていた。

先生:「次の一文が書けなくなってしまうのではないかという不安も」
先生:「いくら書いても評価されないんじゃないかという恐怖も」
先生:「……本当は作家になれる才能なんてないという諦めも、持っているさ」

編集:「漠然とした不安ですか。先生はもっとも恐ろしいことを忘れていますね」

先生:「もっとも恐ろしいこと?」

編集:「書きたくなくなる。ということです」

先生:あぁ、そうか。私は理解した。
先生:彼女は、私がなっていたかもしれない私なんだ。創る者の気持ちが、わかるんだ。

先生:「……なんだか、やり込められた気分だ」

編集:「まさしく、先生が書こうとしている状況ですね。どうですか、いい表現は思い浮かびましたか?」

先生:センスがないと言われてもいい。マヌケだと言われてもいい。これが、私の言葉だ。

先生:「……ぎゃふん」

編集:「ぎゃふん?」

先生:「『ぎゃふんと言わせる』なんてどうだろう?」

先生:もしこの世界ではない、別の世界があるとして。
先生:その世界にもきっと、言い込められて一言も言い返せないさまを表現する言葉があるのだろう。
先生:きっと、私のようなどこぞの阿呆が考えだしたのだ。
先生:そして、その言葉は意外と、同じような響きを持っているのではなかろうか。
先生:そんなくだらない妄想をしてみる。

編集:「ふっ…ははっ……先生、いいと思います」

先生:笑った彼女を見て、私は作家になってよかったと、初めて思った。
先生:コーヒーは、冷め始めていた。


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