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【2人用声劇台本】ラピスラズリ

この作品は、声劇用に執筆したものです。
使用される場合は、以下の利用規約を必ずご覧ください。

「私は、夜空になりたかった」
これは、ラピスラズリとあらゆる時代、あらゆる場所の人間たちとの物語。

【上演時間】
約15分

【配役】
・ラピスラズリ(♀):宝石 
  ※性別変更不可(演者の性別不問)

・ファラオ(♂):仮面を作ったファラオ。
   ※性別変更不可(演者の性別不問)
   ※「若武者」「画家」「国王」「青年」と兼役


【ファラオ】


ラピスラズリ:私は、夜空になりたかった。


ラピスラズリ:アフガニスタンの鉱山。
ラピスラズリ:むわっとした空気と鼻につく臭いの中で、私は生まれました。
ラピスラズリ:最初に私を掘り当てた人は、丸い目をして驚いていました。
ラピスラズリ:何を言っているのかよく分かりませんでしたが、
ラピスラズリ:私のことを見るその目はとてもキラキラしておりました。
ラピスラズリ:私は長い道のりを揺られて、エジプトに着きました。
ラピスラズリ:私はある青年の前に出されました。
ラピスラズリ:その青年は、ツタンカーメンと呼ばれていました。
ラピスラズリ:その青年は、私を見て目を細めました。

ファラオ:「なんて深くて美しい色をしているだ……。気にいった。この石を使って、装飾品を作ってくれ。そうだな、仮面なんてどうだろう」

ラピスラズリ:青年のその言葉に従って、黄金のマスクが作られました。
ラピスラズリ:その夜、青年は蝋燭の火で照らしながら、ひとり私を見つめていました。

ファラオ:「僕は9歳の頃から王として生きてきた。他の者たちは、何も分かっていない僕を操り人形のように利用してきた。僕は、操り人形として生きてきた」
ファラオ:「それならそれでいいんだ。僕は王として生き抜くだけだ。ただ、僕は、生まれつき体が弱くてね。杖がないと歩けない。きっと、長くは生きられないだろう」

ファラオ:「あぁ、やりたいことがもっとたくさんあるのにな。墓の中で暗く寂しいのは嫌だな。父を早くに亡くしたせいか、実は寂しがり屋なんだ。せめて、綺麗な星空を見せてもらえないだろうか」

ラピスラズリ:お安いご用ですよ。
ラピスラズリ:優しくそう言いましたが、私の声は青年には届きません。
ラピスラズリ:数日後、青年は感染症にかかって亡くなりました。
ラピスラズリ:人々は青年のミイラを作り、私を使った黄金の仮面を被せて、墓に葬りました。無名の王は数千年の眠りについたのです。

【若武者】


ラピスラズリ:私は、日本へも行ったことがあります。
ラピスラズリ:武士と呼ばれる人たちが建立(こんりゅう)した中尊寺というお寺でした。
ラピスラズリ:お堂の止め金具に使われて、人々が祈りを捧げる様子を静かに見ていました。
ラピスラズリ:けれど、時代は小川のせせらぎのようにゆっくりと流れてはくれません。
ラピスラズリ:とある若武者がやってきて、お寺は騒がしくなりました。
ラピスラズリ:その若武者は、九郎(くろう)殿、と呼ばれていました。
ラピスラズリ:私は、この若武者のことを、幼い頃からよく知っていました。彼はこのお寺で育ったからです。

若武者:「金色堂まで来たのは久しぶりだなあ。ただいま」
若武者:「……こうして最期にお前をまた見ることができただけで、私は満足だ」
若武者:「中尊寺は極楽浄土を再現するように作られたものだが……ここが、ここだけが、まさしく私にとっての極楽浄土だったのかもしれぬな」

若武者:「私は、戦うことしか能のない人間だった。多くの人命をこの手で殺(あや)めることで、自分の存在価値を見出してきた」
若武者:「そんな私が、極楽浄土へと往生できるものだろうか」
若武者:「……いや、そんなことは答えを聞くまでもないことだ。愚問であったな」

若武者:「ただ一つ、望みが叶うのならば、止め金具のような満点の星空を見て死にたいものだ」
若武者:「では、行って参る。さらばだ」

ラピスラズリ:久方ぶりに見たその背中はとても大きくなっていて、覚悟を決めて振り向かぬ、立派な武士の背中でした。
ラピスラズリ:いってらっしゃいませ。
ラピスラズリ:そっと背中へと呼びかけましたが、男が振り返ることはありません。

ラピスラズリ:その夜、満点の星空の下で、遠くから彼の声が聞こえてきました。

若武者:「(息を吸う)……我が名は源九郎義経(みなもとのくろうよしつね)!」
若武者:「平家打倒を果たした男である!」
若武者:「我が武術は鞍馬の大天狗(おおてんぐ)より学んだものっ」
若武者:「その武術をもって、我はこの世の誰よりも高くっ」
若武者:「夜空を舞ってみせようぞ!!」

ラピスラズリ:戦火が踊り狂ったように揺れていました。
ラピスラズリ:その熱さを私は忘れることはないでしょう。

【画家】

ラピスラズリ:青色の顔料(がんりょう)に使えるものは自然界にほとんどありません。
ラピスラズリ:なので、私はすり潰されて、青色の顔料として重宝されました。
ラピスラズリ:ウルトラマリンと呼ばれた顔料です。
ラピスラズリ:そのウルトラマリンを好んで使用した画家がネーデルラント、現在のオランダにいました。

ラピスラズリ:安定した画力を手に入れた中年の男性画家は、当時高価だったウルトラマリンをふんだんに使用して絵を描きました。
ラピスラズリ:白い真珠と青いターバンをした少女が、かすかな笑みを浮かべてこちらを振り返っている絵を描いているときのことです。

画家:「よし、もう少しで作品が完成する」
画家:「うん、やっぱりこの青色がきれいだ。ウルトラマリンを使ってよかった」
画家:「あと何作品、こうしてウルトラマリンを使った絵が描けるだろうな」
画家:「一度(ひとたび)戦争でも起こったら、高価な絵を買ってくれる客はいなくなっちまう。そうしたら、俺みたいな描いてる枚数が少ない画家は食っていけねえ」
画家:「そうしたら、俺も、この絵たちも、忘れられることになる。なかったことになる」
画家:「日の光も星空の光も浴びずにどこかの暗い地下倉庫で埃を被って、この鮮やかな青色も色あせていく」

画家:「……そんなことが、あってたまるか」
画家:「俺が忘れられてもいい。けど、こんなきれいな青色があるってことが忘れられるのは絶対に嫌だ」
画家:「いいか。絵が売れなくなったとしても、いつかきっとまた、お前を見つけてくれる人間がいるはずだ。そのときは、精一杯アピールするんだ。『私はここにいる』ってな」
画家:「そのターバンの青色に目を引かれないヤツはいねえ。精一杯その青色を輝かせろ。それに、絵のクオリティーは保証する。なんたって、俺が描いた絵だからな」

ラピスラズリ:きっと、輝いてみせましょう。
ラピスラズリ:それが聞こえたのか聞こえていないのか、彼はニカッと笑いました。
ラピスラズリ:やがて、本当に戦争が起こり、彼は画家としても美術商としても立ち行かなくなってしまいました。
ラピスラズリ:彼の死後、彼の作品たちは一度忘れられることになりますが、19世紀のフランスで、写実的な彼の作品は脚光を浴びます。
ラピスラズリ:彼が印象的に使っていたウルトラマリンブルーは、彼の名前をとって、このように呼ばれました。

ラピスラズリ:「フェルメール・ブルー」と。

【国王】


ラピスラズリ:私は希少だったため、貴族の間でやり取りされていました。
ラピスラズリ:私はフランスの王家に気に入られ、塩入れに使われました。
ラピスラズリ:当時のフランスではヴェルサイユ宮殿の建築が進められていて、貴族たちは華やかな生活を送っていました。

ラピスラズリ:しかしその一方で、財政は深刻な財政難に陥っており、庶民たちからは大きな反感を買っていました。
ラピスラズリ:国王ルイ14世はそれでもどこ吹く風で、毎朝私を眺めながら、ゆで卵に塩をひとつまみかけて召し上がるのでした。

国王:「これまで私はなんでも手に入れてきた」
国王:「地位が欲しければ、地位を持つ邪魔者たちを排除した」
国王:「土地が欲しければ戦争をして手に入れた」
国王:「宝石が欲しければ、金を積んで手に入れた」
国王:「私こそが、完璧な王なのだ。私を太陽王などと呼ぶ者がいるが、まさしく太陽のような存在なのだ」
国王:「私に手に入れられないものがあるとするならば、本物の夜空をこの手に入れることができないということだろう」
国王:「こうして、偽物の夜空を掴むことしかできぬ」
国王:「おい、貴様。偽物の夜空などいらぬ。私に本物の夜空を手に入れさせてみせよ」

ラピスラズリ:国王は私をつまみ上げて、不満そうに言いました。
ラピスラズリ:そのうち、あなた自身が星空の一部となることができましょう。
ラピスラズリ:私はそう返しましたが、国王は不満そうな顔をして、私をつまみ上げて塩をひとつまみかけるのでした。

ラピスラズリ:数週間後、国王は77歳の誕生日を前にして、壊疽(えそ)の悪化により崩御(ほうぎょ)しました。
ラピスラズリ:夜空を手に入れたいと言っていた国王は、星となったのです。


【青年】

ラピスラズリ:私はそうして、様々な時代を生き、様々な人に出会って来ました。
ラピスラズリ:ですが、私は彼らの望むものを見せることはできたのでしょうか。
ラピスラズリ:夜空のようにきれいだとよく言われますが、私は本物の夜空ではありません。
ラピスラズリ:本物の夜空の方がよほどきれいで深い色をしています。
ラピスラズリ:私は、偽物の青色で輝き、彼らの声をただ聞いていることしかできません。
ラピスラズリ:私の存在意義は、どこにあるというのでしょうか。

ラピスラズリ:誰か、誰か、誰か、誰か。
ラピスラズリ:私の苦悩を聞いてください。
ラピスラズリ:私の不満を聞いてください。
ラピスラズリ:私の嘆きを聞いてください。
ラピスラズリ:私の憂いを聞いてください。
ラピスラズリ:私の望みを聞いてください。
ラピスラズリ:私の声を。聞いてください。

青年:「だから、聞いてるって」

ラピスラズリ:え?

青年:「おばあちゃん、青色が大好きだったもんね」

ラピスラズリ:青年の声がしました。そう、私はこの青年に購入されたのです。
ラピスラズリ:青年は私ではなく、いすに座る老女に声をかけていました。

青年:「だからね、おばあちゃんにプレゼントを買ってきたんだ」

ラピスラズリ:青年はそう言って、私を老女の前に差し出しました。

青年:「きれいな青色の宝石でしょ? ペンダントになってるから、首からかけられるんだよ。つけてあげるね」

ラピスラズリ:戸惑う老女に青年は私をつけました。私は、老女の胸元で遠慮がちに光りました。

青年:「おじいちゃんからもこういうアクセサリーよくもらったでしょ? 覚えてない?」

ラピスラズリ:老女は一言。「誰のことを言ってるの?」
ラピスラズリ:ああ、そうか、この女性はもう……

青年:「やっぱり駄目か。少しはなにか思い出しくてると思ったんだけどな」

ラピスラズリ:ごめんなさい。役に立てなくて、ごめんなさい。

青年:「えっと、なんだっけ。この宝石の名前。たしか……」

ラピスラズリ:私の名前は。私の名前は……

青年:「ラピスラズリ」

ラピスラズリ:その言葉を聞いて、老女から一滴の涙がこぼれました。その涙が、私に落ちます。
ラピスラズリ:老女は柔らかい声でポツリと言いました。「ありがとう。おじいさん」
ラピスラズリ:それを聞いて、青年は泣きました。

青年:「ううん、どういたしまして」

ラピスラズリ:私も泣きました。宝石が泣くなんてありえないけれど、泣きました。
ラピスラズリ:ああ、そうだ。私は、きっとこの瞬間のために生まれてきたんだ。

青年:「あはは……なんだか、ラピスラズリまでうるんで泣いているみたいだ」

ラピスラズリ:そのとき、私は思いました。
ラピスラズリ:私が青いのは夜空になりたかったんじゃない。
ラピスラズリ:幸せの涙になりたかったんだ。



ラピスラズリ:もしもあなたが悲しいのなら、
ラピスラズリ:私はあなたのために泣きましょう。
ラピスラズリ:悲しみの涙を、幸せの涙に変えて見せましょう。
ラピスラズリ:だって私は、ラピスラズリだから。


《終》

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