【4人用声劇台本】知を愛する者どもよ①「隠れて生きよ」
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先人の偉大な哲学者たちのように、優れた人物を育成することを目的とした、全寮制の学園、フィロソフィア学園。
そんな学園に入学したアリストテレスは、1人瞑想室にいたプラトンに出会う。
ある日、同学年のエピクロスが行方不明になり……。
※「哲学者シリーズ」第一話です。
【上演時間】
約30分
【配役】
・プラトン(♂):フィロソフィア学園1年生。ひとりで真理を追い求めている。
※性別変更可
・アリストテレス(♀):フィロソフィア学園1年生。好奇心旺盛な明るい少女。
※性別変更不可(演者の性別不問)
・エピクロス(♂):フィロソフィア学園1年生。誰にも邪魔されず、のんびり生きたい。
※性別変更可
※アルケーと兼役
・ゼノン(♂):フィロソフィア学園1年生。優等生。エピクロスをいつも気にかけている。
※性別変更可
※スペシャルサンクス:是(kore)様 (表紙作成)
【入学式】
ゼノン:『楽しみは必要だがまた断念することも出来なければならない』(ゼノン)
エピクロス:『思慮深く美しく正しく生きることなしには快く生きることもできず、快く生きることなしには思慮深く美しく正しく生きるということもできない』(エピクロス)
【タイトルコール】
ゼノン:知を愛する者どもよ
エピクロス:第1話「隠れて生きよ」
アリストテレス:「ふう…やっと着いた。名門の進学校がこんなに山奥にあるなんて思わなかったな。」
アリストテレス:「いや、むしろ名門だからこそ、勉強に集中させるために、こういうところにあるのかな。勉強に関係ないものは持ってくるなって言われて、スマホも持ち込めなかったくらいだし。」
アリストテレス:「えーっと、集合場所の体育館ってどこだろう……。あの、すみません。」
ゼノン:「ん?なんだい?」
アリストテレス:「入学式の会場はどこでしょうか?広くてよく分からなくて…」
ゼノン:「ああ、それならあそこの建物の地下だよ。そこにある地図でも確認できるはずだ。」
アリストテレス:「ありがとうございます。えーっと…」
ゼノン:「ゼノンだ。ストア派の方のゼノン。」
アリストテレス:「ゼノン?」
ゼノン:「…まさか君、本名を名乗るとでも思ったのか?」
アリストテレス:「あ、そっか。そうでしたね。」
ゼノン:「ここでは決して本名を名乗ってはならない。校則を破ると退学処分になるから、気をつけた方がいい。」
アリストテレス:「たったそれだけで本当に退学になるんですか?」
エピクロス:「ホンマホンマ。面倒くさいよな。本名名乗ったらアカンとか。」
アリストテレス:「え、あの、あなたは?」
エピクロス:「オレか?オレはエピクロス。よろしゅうな~」
ゼノン:「エピクロス、面倒くさいなんて言うんじゃない。」
エピクロス:「だって面倒くさいやろ?オレ思ったことは正直に言うタイプやから思ったこと言うただけやで。」
エピクロス:「こんな長袖の制服ずっと着とかなあかんのも面倒くさいし、堅苦しいし、暑苦しいわ。」
ゼノン:「はあ……暑ければ脱げばいいだろう。一年中長袖の制服を着ているくせに。」
ゼノン:「そうやって自由気ままに生きられる君が羨ましいよ。…くれぐれも、入学して早々に退学なんてやめてくれよ。」
エピクロス:「へーい。」
アリストテレス:「あなたたちも新入生なんですか?」
エピクロス:「せやで。オレとゼノンは中等部からの内部進学やけどな。」
ゼノン:「私たちは準備があるからそろそろ失礼するよ。エピクロス、君も来るんだ。遅刻なんて許さないぞ。」
エピクロス:「オマエはオレのオカンかっ。ちゃんと行くっちゅーねん。…ほな、また後でな。」
アリストテレス:「はい、また後で。」
アリストテレス:「…それにしても、いい天気だな。こっちも雨だったらどうしようかと思ったけど、晴れててよかった。」
アリストテレス:「まだ入学式まで時間があるから、ちょっと散歩でもしようっと。」
アリストテレス:「…ん?あそこはなんだろう?瞑想室?何をするところなんだろう?」
プラトン:(少し小声で)「僕にも見える日が来るのだろうか。」
アリストテレス:「うわあ…すごく綺麗なステンドグラスだな」
プラトン:「……」
アリストテレス:「天井もすっごく広いな。日の光が少し入って気持ちいい。」
プラトン:「……」
アリストテレス:「あー、なるほど、下に礼拝堂があるんだ。それで中央の台に聖書があるんだ。」
プラトン:「なあ、君。」
アリストテレス:「あ、こんにちは。ここで何をしているんですか?」
プラトン:「…少し考え事をしていただけさ。だから、静かにしてくれないか。」
アリストテレス:「あ、すみません…。ひとりで考え事なんかして、楽しいですか?」
プラトン:「さあね。…君こそ、こんなところで何をしているんだい?」
アリストテレス:「瞑想室っていうのが珍しくて、なんとなく入ってきちゃいました。」
プラトン:「ああ、そうか。そうだな。…君、かなり遠方から来たみたいだから、少し休んでいくといいんじゃないか。僕はもう出ていくし。」
アリストテレス:「え、どうして私が遠くから来たって分かるんですか?」
プラトン:「革靴に泥がついているだろう?全国的に雨が降っていたのは昨日だ。もう今日は晴れていて泥が跳ねるわけがない。」
プラトン:「ということは、君は昨日かそれより前からここへ向けて出発してきたということだ。」
アリストテレス:「それで、私が遠くからここまで来たことが分かった、ということですか…。」
プラトン:「ああ、ごく簡単な推理だよ。アリストテレス君。」
アリストテレス:「…私、名乗りましたっけ?どうやって…」
プラトン:(被せて)「どうやって知ったのか、気になるかい?」
プラトン:「その手に持っている紙には新入生代表が読む挨拶文かれているのだろう?」
プラトン:「新入生代表がアリストテレスという名であると知っていれば、容易に推測できる。もっとも、君の本名までは分からないけどね。」
アリストテレス:「なるほど…」
プラトン:「じゃ、僕は行くから。また後で。」
アリストテレス:「待ってください。あなたの名前はなんですか?私だけ知られているのは不公平じゃないですか。」
プラトン:「何故僕が君に名乗らなければならないんだい?知りたければ自分で調べるんだな。」
アリストテレス:「あ、ちょっと……なんだかプライドが高くて気難しそうな人だったな。疲れたし、少し休もう。」
アリストテレス:「あ、その前に…このインカム型の端末を起動させないといけないんだっけ。地下は少し電波が弱くなるみたいだし。えっと、スイッチはっと…」
アルケー:「ようこそ、「フィロソフィア学園」へ。」
アルケー:「私はフィロソフィア学園総合管理システム、「アルケー」です。」
アルケー:「皆さんには本日からこの学園の生徒として勉学に励んでいただきます。」
アルケー:「このフィロソフィア学園は、先人の偉大な哲学者たちのように、優れた人物を育成することを目的とした、全寮制の学園です。校訓は「知を愛せ」です。」
アルケー:「本学では遵守(じゅんしゅ)しなければならない二つの校則があり、この校則を破った場合、退学処分とする場合があります。」
アルケー:「その一、本学の生徒には一人ひとりに先人の哲学者たちの名が割り振られており、学園内ではその名を名乗らなければならない。」
アルケー:「その二、生徒は配布されたインカム型の端末を常に着用し、端末からのアルケーの指示に従わなければならない。」
アルケー:「また、事前に手術を受け、アルケーと各自の脳内を直接接続しておかなければなりません。」
アルケー:「直接接続することで、学習に必要な資料を脳内へ信号として直接送信し、皆さんの学習をサポートします。加えて、皆さんに困ったことがあった場合にその信号をキャッチし、学園生活全般をサポートします。」
アルケー:「アルケーを使用することで、教師や生徒間での通信・通話も可能ですので、学園内での連絡等はアルケーを使用してください。」
アルケー:「それでは、皆さんがより善(よ)い生(せい)を送ることが出来るよう、祈っています。」
【再会】
アリストテレス:「はあ、疲れた…。たくさんの人の前で発表するのって緊張するんだよなあ。」
ゼノン:「お疲れ様。立派に新入生代表の役目を果たしていたと思うよ。」
アリストテレス:「ゼノンさんも中等部からの進学生代表として挨拶していましたよね。お疲れ様です。」
ゼノン:「私もああして発表したり挨拶したりすることが多いから、疲れる気持ちは分かるよ。気が抜けないよな。」
エピクロス:「それ、遠回しに自慢してるの分かってるか?無意識ならそういうのやめといた方がええでー。」
ゼノン:「エピクロス。オマエ、結局どこかに行ってサボっていただろっ。」
エピクロス:「いやでも、ちゃんと二人の挨拶は聞いてたで。壇上の前まで行くところなんか、初めてのおつかい見守るオカンの気持ちで…」
アリストテレス:「…私たち、壇上まで行ってませんよ?席から立ってその場で挨拶文を読んだんです。」
エピクロス:「あれーそうやっけー?」
ゼノン:「お前、やっぱり聞いていなかったなっ。お前はもっと高校生としての自覚をだなあ…」
エピクロス:「あー!あそこにプラトンおるやん。おーいっ!」
ゼノン:「おい、話をそらすんじゃない。」
アリストテレス:「あれ、あの人ってさっき瞑想室で会った人だ。」
プラトン:「チッ…何だ、騒がしいヤツだな。」
エピクロス:「ひどいこと言うやんか。高校なってもよろしゅうな。」
プラトン:「お前が退学するまでなら、よろしくしてやってもいい。」
エピクロス:「オレは退学するつもりないから、それはオレが卒業するまでってことやな!嬉しいわぁ!」
アリストテレス:「あの、ゼノンさん。あの人は?」
ゼノン:「ああ。彼はプラトン。中等部からの知り合いだ。気難しいところがあるが、いい奴だよ。」
エピクロス:「そうそう、ああ見えてツンデレなんよ。仲良おしたってやー。」
アリストテレス:「あれはツンデレなんでしょうか…?」
ゼノン:「あいつに関わろうとする者はあまりいないし、私から強制する権利はないが…君はアリストテレスだし、少し気にかけてもらえると助かる。」
アリストテレス:「は、はあ…分かりました。」
アリストテレス:「…プラトンさんか。なんだかあの人にはお世話になる気がするな。」
【イデア】
アリストテレス:「あ、プラトンさん。またこんなところで一人でいるんですか?」
プラトン:「はぁ…また君か、アリストテレス君。」
アリストテレス:「もしかして、邪魔しちゃいました?」
プラトン:「そう思っているなら、そうやっていつも話しかけにやって来るのをよしたらどうだい?」
アリストテレス:「だって、話しかけたら返事をしてくれますし、いつもここにいるときは少し呼吸が乱れていて苦しそうじゃないですか。放っておけませんよ。」
プラトン:「…君、意外と観ているし、聴いているんだね。」
アリストテレス:「観察が好きなんですよ。それだけです。プラトンさんはなぜここに来ているんですか?」
プラトン:「それは…イデアを目指していたからだ。」
アリストテレス:「イデア?」
プラトン:「古代の哲学者プラトンは、師であるソクラテスの思想を受け継ぎ、求め続けた。この世の真理をね。」
プラトン:「そしてある一つの結論に至る。」
プラトン:「真理はこの現実世界では知覚できない。」
プラトン:「真理とは、現実世界を超越した別の世界にあるのだと。」
プラトン:「その世界をプラトンは「イデア界」と名付けた。そして、そのイデア界にこそ、この世のすべての真理、本当の姿が存在しているとした。」
アリストテレス:「感じることができない世界…。にわかには信じられないですね。私にとっては目に見えるものがすべてです。」
プラトン:「信じられないと思われるだろう。事実プラトンの弟子であるアリストテレスは、現実にこそ真理があると言った。」
プラトン:「…けれど、僕は知性を身に着け、その超越した真理の世界を、見たいと思ったんだ。だから、ここにいた。」
アリストテレス:「…この学園ですべきなのは、知を愛すること。そして、真理を追求すること。いつかその真理が見えるといいですね。」
プラトン:「ふん、たとえ君に否定されたって諦めたりしないさ。」
エピクロス:「プラトンは相変わらず小難しいこと考えるんが好きやなあ。」
アリストテレス:「え、エピクロスさん?」
プラトン:「…なぜこんなところにいるんだ。君は瞑想なんてするタイプの人間じゃないだろう、エピクロス。」
エピクロス:「いやあ、瞑想室って静かやしほとんど人も来んから、サボるのにうってつけなんよな。だからここでサボろーって思ったんや。」
アリストテレス:「いつも思うんですけど、そうやってサボってて、よくアルケーが何も言いませんよね。それだけ堂々とサボっていたら管理する側としては見過ごせないような気がするんですけど。」
エピクロス:「オレは別にサボってずっと何もしてへんわけちゃうで。図書館で気になる本あったら読んでるし、アルケーから送られてくる資料も頭に入ってくるからな。」
エピクロス:「自分が興味持ったことは勉強してるんよ。それも一つのやり方やってアルケーも判断したんやろ。」
ゼノン:「おい、エピクロス、どこに行ったんだ。でてこい!」
エピクロス:「やっば、ゼノンや。おい、椅子の後ろに隠れてるから、ここに来たことは秘密にしといてや。ほなっ。」
アリストテレス:「ちょっと、そんなこと急に言われても…」
ゼノン:「なあ君たち、エピクロスを見なかったか?」
アリストテレス:「い、いえ、見てませんけど。…ね?プラトンさん。」
プラトン:「いや、その椅子の後ろにいるぞ。」
アリストテレス:「えっ!?」
エピクロス:「おいおい、なんで言っちゃうねん!」
プラトン:「何故僕がわざわざ君を庇(かば)わないといけないんだ。諦めるんだな。」
ゼノン:「エピクロス、また授業サボったなっ。さあ教室に戻るんだ。」
エピクロス:「げっ…見つかった…。おい、プラトン、そんなんじゃ友達できへんぞー」
プラトン:「別にそれならそれでいいさ。僕は友達も良き理解者も必要としていない。僕には真理さえあればいい。」
ゼノン:「エピクロスの肩を持つわけじゃないが…君ももう少し大人になったらどうだ?プラトン。欲深くならないことと諦めることはまた別だろう。」
プラトン:「諦めてはいないさ。真理を追求したいという姿勢は変わらないよ。」
ゼノン:「…そうかい。まあ、こいつみたいに楽をしようとするよりはいい心がけかもしれないな。」
エピクロス:「そんな褒めんといてーや。」
ゼノン:「褒めてない。今までどこに行っていたんだ。」
エピクロス:「どこって、屋上でちょーっと昼寝してただけやで。」
ゼノン:「ちょっと?もう午後じゃないか。そうやって少しでもサボろうとするその精神的な弱さが君の欠点であると私は何度も口を酸っぱくして言って…」
エピクロス:「まあまあ、そうカリカリすんなや。無感情に、平静に、がオマエの信念やろ?ほれほれリラ~ックス…」
ゼノン:「誰のせいだと思っているんだ!大体君はだなあ…」
アリストテレス:「ねえねえプラトンさん。なんでゼノンさんって、エピクロスさんのことをそこまで構うんでしょう?」
プラトン:「二人は中等部からの付き合いがある。それに、歴史的にもエピクロスとゼノンは同時期に活躍した二人だからね。気にかけているところがあるんだろう。」
アリストテレス:「そうなんですか?」
プラトン:「はぁ…君、少しは哲学史を勉強したらどうだい?万学(ばんがく)の祖と呼ばれるアリストテレスを背負うのなら、なおさらね。」
アリストテレス:「いいじゃないですか。私はプラトンさんの考えが知りたいんです。」
プラトン:「…西洋の哲学はソクラテスから始まり、プラトン、アリストテレスへと受け継がれた。」
プラトン:「しかしその後、ギリシャは歴史の激動に揉まれて衰退してしまう。その中で人々は個人の自由と平安を求めた。」
プラトン:「そのときに出てきたのがエピクロス派のエピクロス、そしてストア派のゼノンだ。」
ゼノン:「人生の目的は幸福になることだ。」
ゼノン:「幸福になるためには理性によって欲望を抑えるしかない。最初から欲望なんて持たなければ、欲望に突き動かされて破滅することもないだろう?」
ゼノン:「つまり、私たちは幸福になりたいなら禁欲主義になるべきなんだよ。」
ゼノン:「そうすると心を乱すことない無感動の状態、アパテイアを手に入れられる。それこそが幸福の境地だ。」
プラトン:「ゼノンは理性と禁欲によって心の平穏を得ようとした。それに対抗したのがエピクロスだ。」
エピクロス:「カーッ、アホらし。我慢して幸福になんかなれるかいな。」
エピクロス:「幸福ってのはな、快楽で得られるもんやろ。面倒くさいゴタゴタは全部ほっといて、隠れて生きるんや。」
エピクロス:「ひっそり楽に質素に生きる。そうやって苦痛がなくなったら、心の平静、アタラクシアが得られるんやろ。」
プラトン:「エピクロスは苦しみを避けて精神的に楽に暮らすことを求めた。幸福を求める過程に相違があったのさ。」
アリストテレス:「な、なるほど…。ところであのやりとり、いつになったら終わるんですか?」
プラトン:「僕に聞くな。」
エピクロス:「楽になれるなら、オレは死んでも構へんで。死んだら感覚なんてないから、痛くも痒(かゆ)くもないわ。」
ゼノン:「冗談でもそんなことを言うな。お前は発想が短絡的すぎるんだ。もっと冷静に物事を見極めてだな…」
アリストテレス:「終わりそうにないし、このままそっとしておこう…。お二人とも、午後の授業に遅れないでくださいよー。」
【捜索】
アリストテレス:「あ、プラトンさん、こんにちは。今日はもう瞑想はいいんですか?」
プラトン:「君、僕が出てくるのを待ち構えていたのか?もっと有意義な時間の使い方があるんじゃないのかい?」
アリストテレス:「それがないんですよねえ、ははは…。何か退屈しないことでも起きたらいいんですけど…」
ゼノン:「おい、プラトンっ!いるかっ!」
プラトン:「どうしたんだ?いつもは平静な君らしくない。」
ゼノン:「エピクロスがいないんだ。どこへ行ったか知らないか?」
アリストテレス:「エピクロスさんってたしか、いつも授業サボってますよね。どこかで昼寝でもしてるんじゃないですか?」
プラトン:「ああ。さっさとインカムで呼び出せば済む話じゃないか。」
ゼノン:「私もそう思ったんだが…通話が繋がらないんだ。」
アリストテレス:「繋がらないって、そんなことあるんですか?端末を外
したとか?」
アルケー:「無理やり端末を外すことも可能ではありますが、それは校則違反になります。退学処分となる可能性もあるでしょう。」
プラトン:「おいおい、端末を外しただけだろう?それはさすがに厳しすぎるんじゃないかい?」
ゼノン:「ルールはルールだ、と言いたいところだが…それだけで退学というのは私も納得が出来ないな。何か事情があるのかもしれない。」
アリストテレス:「どちらにせよ、エピクロスさんを探しましょうよ。」
プラトン:「そうだな。なあ、アルケー。エピクロスの端末が今どこにあるのか、その場所は分からないのかい?」
アルケー:「現在は反応がないためどこにあるのか分かりません。ただ、最後に反応が確認できた場所は分かります。ここです。」
プラトン:「この場所は…隣の校舎か。」
ゼノン:「…何かあったのかもしれない。とにかく、行ってみよう。」
プラトン:「アルケーから送られてきた位置情報によると、端末があるのはこのあたりだが…」
アリストテレス:「ただの空き教室で、何もありませんね。」
ゼノン:「あいつ、どこに行ったんだ…。」
プラトン:「地下の体育館にも、誰もいなかったな。」
アリストテレス:「そういえばここの体育館、来たのは入学式以来ですね。」
ゼノン:「あのときもエピクロスはいつの間にか消えて、いつの間にか戻ってきたな。まったく、本当にふらっとどこかへ行ってしまう奴だ。」
アリストテレス:「そういえばそうでしたね。聞いていたとか言いながら、私たちが壇上で挨拶文を読んだって言ったんですよね。実際は席から立って読んだだけなのに…」
ゼノン:「ろくに聞いていなかったんだろう。…それにしても、どこに行ったんだ。校舎中を調べたはずだが…残るのは鍵がかかっている屋上くらいか。」
アリストテレス:「そもそも点滅が消えたってことは…端末が壊れたんですかね?」
ゼノン:「壊れた?……っ!まさかアイツっ!」
アリストテレス:「ちょ、ちょっと、どこ行くんですか!?」
ゼノン:「屋上だ!ちょっと見てくる!」
アリストテレス:「ええ…とにかく、プラトンさん、私たちも屋上に行きましょうっ。」
プラトン:「……いや、そっちじゃない。向かうべきは職員室だ。」
アリストテレス:「えっ?」
プラトン:「真理は見えたぞ、アリストテレス君。ゼノンを追いかけて、体育館まで連れてきてくれ。」
プラトン:「そして、その際にこう伝言してくれ。「エピクロスは自殺しようとしているわけじゃない」ってね。」
【発見】
(扉が開く音)
プラトン:「おい、いい加減に起きろ。」
エピクロス:「…ん?…プラトンか…?ふぁーあ…ここどこや?」
プラトン:「体育館にある用具倉庫だ。鍵をかけられて閉じ込められたんだろう?」
エピクロス:「あー、そうやったそうやった。授業サボろうって思ってここで寝転がっててんけど、いつの間にか倉庫の鍵閉められてもうてな。」
エピクロス:「電波悪くて通信できんくなるし、ほんまに災難やったわ。」
プラトン:「そう思うなら、今度からは他の場所に隠れるべきだな。エピクロスの信条は「隠れて生きよ」なんだろ?」
エピクロス:「せやなあ、考え直すわ。それにしても、よおここにおるって分かったな。位置情報も分からんかったやろうに。」
プラトン:「この校舎だってことは分かっていたからね。それでこの校舎を探してもどこにもいないということは、屋上か、あるいはこの地下の体育館しかない。」
プラトン:「加えて入学式のとき、お前はゼノンやアリストテレス君の声を「聞いていた」と言ったそうじゃないか。そこから声だけ聞いていたのだろうと推測できる。」
プラトン:「サボりながら体育館での声が聞こえる場所といえば、この倉庫くらいしかない。」
エピクロス:「ほえー、なるほどな。さすがプラトンやな。」
プラトン:「ここに来たのが初めてでないなら、電波が悪いことも分かっていたはずだ。なぜわざわざ電波の弱いところを選んだんだ?」
エピクロス:「そりゃ、ゼノンにやいやい言われたないからや。」
プラトン:「本当に、それだけか?」
エピクロス:「……何が言いたいんや?」
プラトン:「君は夏場でも半袖の制服を着ずに、汗だくになって、長袖の制服を着ている。」
プラトン:「君が一人になりたがるのは、服の下に隠している傷……おそらくは手首の傷に関係があるのかと思ってね。」
エピクロス:「……これは、もう随分前のもんや。今はそんなこと考えてへん。」
エピクロス:「けど、この傷を作ってからずっと、オレは隠れて生きるのが好きなんや。」
エピクロス:「だから、人はもちろん、アルケーと繋がってるんも監視されてるみたいでイヤなんよ。それだけや。」
プラトン:「なるほどな。それには僕も同感だよ。」
アリストテレス:「はあっ…はあっ…プラトンさん、連れてきましたよっ!」
ゼノン:「はあ…はあ…こんなところにいたのか。…心配をかけるんじゃない。」
エピクロス:「あれー、オレのこと心配してくれたん?退学しろとか言ってきたこともあるのにー」
ゼノン:「当たり前だろう!」
ゼノン:「通信が切れるし、以前死んでも構わないと言っていたから、私は……君がてっきり屋上から飛び降りたのかと思ったんだ。」
ゼノン:「どれだけっ…どれだけ私が心配したと思っているんだっ。」
エピクロス:「アホ抜かせっ!そんな簡単に死んでたまるかいッ!」
ゼノン:「っ…!」
エピクロス:「いくら痛みがなくなるからって、死んでしもたらそこで終わりやろ。…オレはタダでは死なんぞ。」
ゼノン:「…ああ、そうだったな。すまない。」
アリストテレス:「なるほど。ゼノンさんは、エピクロスさんが屋上から飛び降りようとしたって勘違いしていたんですね。」
プラトン:「ああ。だから君に呼び戻しに行ってもらったんだ。アリストテレス君。」
アリストテレス:「前から思っていたんですけど、アリストテレスって堅苦しいし長くありませんか?そうですね…略してアリスって呼んでくださいよ。」
プラトン:「…いいだろう。その方が時間のロスが少なくて済む。」
アリストテレス:「もう、素直じゃないんですから…。ふふっ…」
アリストテレス:「そういえばプラトンさん、なんでエピクロスさんが自殺しようとしたわけじゃないって分かったんですか?」
プラトン:「ああ、それは、エピクロスの思想を考えれば分かることだよ。」
エピクロス:「大体な、オレはダチを悲しませることはせんし、ダチを置いていくなんてこと絶対せえへんぞ。」
ゼノン:「私だって、理性を乱してまで君と関わっているのは君を親友だと思っているからだ。」
ゼノン:「だから…私の前からいなくなるなよ。もう、大切な人を失いたくはないんだ。」
エピクロス:「ああ、分かってるわ。みっともないから泣くなって。」
プラトン:「『人生を通じての幸福を確かなものにするために英知が獲得するあらゆる手段の中で、群を抜いてもっとも重要なのは友情である』」
プラトン:「…エピクロスの言葉だよ。彼にとって一番の快楽とは、親友といる時間なのだろうね。」
《続く》