【短編小説】ソフトクリーム
この作品は、短編小説です。
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初恋は、サービスエリアで働くお姉さんだった。
まだ小学生だった僕は家族で旅行へ出かけた道中で、とあるサービスエリアに立ち寄った。妹がトイレへ行きたいと騒ぎ始めたのだ。
妹がお母さんとトイレに並んでいる間に、お父さんは「ソフトクリームでも食べるか」とこっそり言ってくれたので、僕はもちろん賛成した。
「いらっしゃいませー!」
露店で僕たちを出迎えてくれたのは、笑顔が素敵なお姉さんだった。小学生の時の記憶なので僕の概算が当たっているか自信はないが、20歳前後だったように思う。
「ソフトクリーム、ふたつね」
お父さんがそう言うと、お姉さんは「はいっ!」と元気に返事をして、手早くコーンを用意して、ソフトクリームの機械を操作し始めた。
ソフトクリームの白いうねうねが、まるでコーンに吸い込まれていくように綺麗に、お姉さんはソフトクリームを作って渡してくれた。その職人のような手つきと、お姉さんの真剣な眼差しを、僕は美しいと思った。美しいと感じたのは、人生で初めてだった。
「はい、どうぞ」
お姉さんが渡してくれたソフトクリームを受けとると、僕はつい口走ってしまった。
「あの、お姉さん」
「なあに?」
「ぼ、僕と、結婚してくださいっ!」
しまったと思ったが、もう遅い。お父さんに「何言ってるんだ」と言われた気がしたけど、聞こえてこない。お姉さんは少し笑った。
「ありがとう。君がうまくソフトクリームを作れるようになってもまだ好きだったら、また来てね」
そう言ってバイバイと手を振ると、お姉さんは次のお客さんの相手を始めてしまった。
僕はソフトクリームを舐めた。お姉さんの顔から目が離せなくて、冷たいが全然分からなかった。挙げ句の果てに、お姉さんに見とれてしまって、僕はソフトクリームをこぼしてしまった。お父さんに笑われて、少し恥ずかしかった。
大学生になって、長い夏休みに入った。僕はサービスエリアでバイトを始めた。あの、お姉さんがいたソフトクリーム屋さんで、ソフトクリームを作っていた。
数週間経ち、ソフトクリームを巻くのにも慣れてきた頃のことだった。夏休みということもあり、店は大忙しで、僕は目が回りそうだった。
「すみません、ソフトクリームください」
「はい、ソフトクリームをいくつ……」
そう言って頭をあげると、そこには親子連れがいた。母親は若く、子どもは5,6歳くらいだろうか。その母親を、僕はどこかで見たことがあるように感じた。けれど、思い出す時間もなく、僕はソフトクリームを巻いて渡した。
「はい、どうぞ」
ソフトクリームを渡した女の子は、嬉しそうに「ありがとう」と言ってソフトクリームを舐めた。
「500円です」
「はい」
母親から代金を受けとる。
「こちら、レシートです」
「ありがとう。……あの」
母親はそう言って、僕にこっそり言った。
「ソフトクリーム、うまく巻けるようになったね」
僕はその瞬間、その女性が誰かを理解した。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
女の子が下から声をかけてくる。
「どうしたの?」
女の子はもじもじしながら、僕を見据えて言った。
「私、お兄ちゃんのお嫁さんになりたい!」
「え?」
「え?」
僕と母親は同時に声をあげ、思わず互いに目を交わした。思わず吹き出す。
「もう、真剣なんだよ!」
小さなレディはご機嫌ななめにしてしまってはいけない。僕はそっと女の子に言った。
「ありがとう。君がうまくソフトクリームを作れるようになってもまだ好きだったら、また来てね」
「わかった、練習する!」
そう言って、女の子は意気揚々と去って行った。母親は慌ててそれを追いかける。
もし将来僕に子どもができたら、サービスエリアでソフトクリームを買ってやろう。そう決心を固めて、僕はまたソフトクリームを製造する機械のレバーを握った。
【終】
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