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【1人or2人用声劇台本】嫌われ者。

この作品は、声劇用に執筆した台本です。
本作を使用する場合は、必ず以下の利用規約をご覧ください。

彼女は、兎が嫌いと言った。
これは、嫌われ者のお話。

【上演時間】
約10分

【配役】
・彼女(♀)……話をする人。
 ※性別変更不可(演者の性別不問)

・私(♂)……話を聞く人。
 ※性別変更不可(演者の性別不問)


彼女:「ねえ、あなたは兎って好き?」

私:何気ない質問だった。月を見上げて、タバコの煙を吹き上げながら、彼女はひとりごとのように呟いた。

私:「別に、特別好きってわけじゃないですけど……」

私:彼女は落胆したような、安心したような、どちらともとれるようなため息をついた。

彼女:「そう……私はね、兎が大嫌いなの」

私:「意外ですね。女性は皆、兎が好きなものだと思っていました」

彼女:「ひどい偏見ね。差別的だわ。女性だからってかわいいものが好きじゃなきゃいけないの?」

私:「いえ、そういうつもりで言ったわけじゃありません。不快な思いをさせたなら、謝罪します」

彼女:「あなた、謝り慣れている。謝ればなんでも済むと思っているわね? そういうところ、私は大嫌いよ」

私:彼女はまた煙を吐いた。この人は、すべてが嫌いなのだ。この世のすべてが憎くて憎くて仕方がないのだ。
私:直感的に、私はそう思った。

彼女:「……なぜ兎が嫌いなのか、知りたい?」

私:「正確には、大嫌いな、理由ですね。聞かせてください」

彼女:「兎ってね、今では愛玩動物として愛でられることが多いでしょう?」
彼女:「でもね、本来は嫌われ者だったんじゃないかって思うの」

私:「嫌われ者?」

私:我々が持つ兎のイメージとは随分かけ離れている。


彼女:「隠語辞典にね、『兎』って単語があるのよ」
彼女:「【田野の物を窃盗する者をいふ。兎は豆や稲を荒らしに出るから名づけたのである。】って書いてあったわ」

私:「昔は、田畑を荒らす厄介者だと思われていたんですね。知りませんでした」

私:なぜ、彼女はわざわざ隠語辞典で『兎』を調べたのだろう。ふとそんなことが気になったが、口には出さなかった。

彼女:「こんな意味も載っていたわ」
彼女:「【朝寝或(あるい)は昼寝などして、約束の時間に遅るる者をいふ。兎と亀と旅を為(な)し、兎は亀の行歩(ぎょうほ)緩なるを侮り、途中午睡(ごすい)を貪(むさ)ぼり、其れが為め亀に先んぜられたりとのお伽噺(とぎばなし)より此諺(ことわざ)を生ぜり。】」
彼女:「東京で使われた隠語らしくて、今は使われていないものでしょうけどね」

私:彼女はただ月を見上げて、すらすらと言い切った。読んだものを暗記してしまう。
私:きっと読んだものだけじゃない。見たもの、聞いたもの、すべて暗記してしまうのだ。
私:いいものも、悪いものも、すべて。忘れることができないのだ。

彼女:「イソップ童話でもそう。兎は調子に乗って寝ている間に、亀に負けてしまうでしょう?」

私:「そうですね、とてもいい役回りとはいえませんね」

彼女:「月に兎がいて、餅つきをしているっていうけれど。あれも考えてみたら、邪魔者だから月に追いやったように感じるの」

私:さすがにそれは飛躍のしすぎだろう。
私:そう思ったが、やはり口には出さない。余計なことは言わずにおくのが吉だ。

彼女:「兎はね、昔から嫌われ者なの。邪魔者なの。今ではかわいい顔して、愛想を振りまいてごまかしてるけど、きっと本当はその下に、醜い顔を隠しているのよ」

私:彼女はそこまで一息で早口にそこまでいうと、言葉を止めて、またタバコを吸った。

彼女:「だから、私は兎が大嫌いなの」

私:ゆっくりと吸って、月に向かって煙を吐いた。まるで、月にいる兎を煙で隠すように。

私:「……それだけじゃないはずだ」

彼女:「え?」

私:「あなたが兎を嫌っているのは……自分がそんな兎に似ていると思っているからでしょう?」

私:彼女はただ黙って私を見た。タバコの灰が、地面に落ちる。

私:「同族嫌悪というやつでしょう。あなたは自分が嫌われていることを分かっている」
私:「それでも、心のどこかで愛されたいと思っている」
私:「それで、同じ境遇でありながら、愛想を振りまいて愛されている兎が憎いのでしょう?」

私:こんなことを言ってしまってから、彼女に嫌われるかもしれない。ぼんやりとそんな後悔の煙を吸った。
私:彼女はおもむろにタバコの火を消して、シガレットケースに入れた。そのまま私に急接近してくる。

彼女:「なら、あなたが私を愛してくれる?」

私:ゆっくりと吐いた息は、タバコと女の匂いがした。こんな兎がいてたまるか。心の内で笑ってみる。
私:しかし同時に思う。そうか、兎は、寂しがり屋だったな。

私:「もちろんですよ」

私:私はそっと、彼女を抱きしめた。

【終】

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