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【短編小説・1人用朗読台本】無機質な世界より、アイをこめて。 ②Time(男性版)

この作品は、声劇用に執筆したものです。
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ある日、世界は私だけを残して、止まってしまった。
これは決して比喩ではない。文字通り、止まったのだ。
当たり前のように、目を覚ますと止まっていたのだ。
これは、そんな世界で生きた、一人の愚かな人間の手記である。

『時の流れというのは残酷だ。出会ったと思ったら、すぐに別れを運んでくる。』


【上演時間】
約10分
【配役】
私(男):この手記の書き手。時間が止まった世界に生きている。
    ※性別変更不可
患者(女):患者。人に甘えるのが上手だがその分人に与えることもする。
    ※性別変更不可
    ※「私」と兼役
※このシナリオはシリーズ台本です。単体でもお楽しみいただけますが、シリーズを通してご覧いただいた方が、より楽しめるかと思います。


私:世界が私を残して止まってしまってから、4日が経った。
私:時間が止まるというのは、不思議な感覚だ。
私:人もその他の生物も動かない。全てが無機質に成り果ててしまった。
私:常に淀んだ空が広がっており、夜は訪れない。
私:こうして手記でも付けていないと、何日経ったのかさえ分からなくなりそうだ。

私:思えば、私たちは時間という概念に囚われているのかもしれない。
私:私たちは常に時間を気にして生きていた。そして、少しでも時間を節約し、効率よくすることが求められた。
私:そうして、無駄だ、無意味だと思われる時間は忌み嫌われた。
私:いつしか私たちは、時間を楽しむのではなく、時間に追われるようになってしまった。
私:友人とバカな話をする時間も、恋人に愚痴を言う時間も、独りで何も考えずにぼーっとしている時間も。形には残らないが、どれも必要なものだ。かけがえのないものだ。無駄な時間などないはずなのだ。
私:それに、そんな無駄な時間が欲しくても手に入れられない人だって、きっとたくさんいるはずなのだ。無駄な時間は、当たり前に手に入るものではない。
私:私が生きているこの時間は、果たして無駄な時間なのだろうか…?それとも……



私:じっと家の中にこもってばかりだと、息が詰まる。
私:そう思って外出しようと玄関に行くと、小さな鍵があることに気が付いた。
私:もしやと思い、アパートの下にある駐輪場へ行く。いくつか試すと、錆びた自転車の鍵が開いた。この世界で徒歩以外の移動手段が出来たのは大きい。さっそく使うとしよう。
私:行き先を思案した結果、病院を探すことにした。体調不良に陥って、行く必要が出てくるだろうと考えてのことだ。
私:スーパーを探し回った経験から、場所を探すためにスマホを操作する。しかし、通信は出来ない状態で使い物にならない。
私:書店でこのあたりが掲載された地図を入手する。紙の地図を触ったのはいつ以来だろうか。少々苦戦するも、病院を見つける。自転車で二十分といったところか。
私:自転車を漕ぐ。風を感じる。爽やかで気持ちがいい。こちらが動いているからか、止まっている人々にも動きがあるように見える。もちろんそう見えるだけであって、実際に動いている人はいないのだが。


私:病院に着く。運動らしいことをしたのは久しぶりだからか、疲れが出る。喉も乾いた。
私:自動ドアは人が通り、開いた状態で止まっていたため、そのまま中へ入る。規模はさほど大きくないが、このあたりには医療施設があまりないからか、患者はそれなりにいるようだった。
私:診察室なども確認し、簡単な消毒薬や治療器具を確認する。病院の雰囲気は苦手だ。生と死が混じり合う世界。何人(なんぴと)も平等な世界。弱者が、いることを許される世界。非日常的だ。
私:居心地が悪くなり、早々に外へ出る。ふと、視界の隅(すみ)でなにかが動く。すぐに視線を移したが、それは建物の影に隠れてしまったのか、もう見えなかった。きっと見間違いだろうと思いながらも、その動くなにかが消えた方へと向かう。

私:向かった先にあったのは、病院の小さな庭。そこで車椅子に座り、黄昏(たそが)れている一人の女性。四肢(しし)は細く、頬は痩せこけていたが、それでもなおその顔立ちは整っていた。
私:思わず黙って見つめていると、不意に、その女性がこちらを見る。これは…あの時と同じだ。ということは、彼女も…

患者:――そろそろ、来てくれるんじゃないかと思ってたの。

私:彼女は嬉しそうな声色でそう言った。

私:――君は、勘が鋭いんだね。

私:冗談めかしてそう言ってみる。

患者:――ええ、そうなの。鋭すぎて、困っているわ。

私:あはは、と彼女は苦笑いをする。決して辛い顔は見せない。この人はとても強い。

私:――こんなとことろで、何をしてるんだい?

私:その言葉に、彼女は「よくぞ聞いてくれました!」とでもいうようにニヤッと笑った。

患者:――あのね。私、見たいものがあるの!

私:――見たいものって?

私:完全に彼女のペースに乗せられていると感じながらも、私は先を促した。

患者:――きれいな夕日!

私:なんだそんなものか。そう思ったが、口に出さずに飲み込んだ。彼女の真剣な眼差しがこちらを見つめてきたからだ。それに見たところ、この女性は患者のようだ。自由に動くことは難しいのだろう。

患者:――手伝って…くれないかな?

私:黙り込んでいたからか、彼女は少しだけ遠慮がちに聞いてくる。

私:――…分かったよ。じゃあ、行こうか。

私:彼女に巻き込まれることを、私は自然に受け入れてた。そして、このように巻き込まれることは初めてではない、そう思った。
私:私は車椅子を押してエレベーターへと向かう。だが、エレベーターの前まで来て、思い出した。この世界は、時間が止まっているのだ。それはエレベーターも例外ではない。ボタンを押してみるが、もちろんエレベーターは動く気配がない。

私:――ダメだ。動かないよ。

私:私は彼女に向けて首を横に振った。

患者:――そっか…。…ごめんね、ありがとう。

私:彼女の落胆ぶりに私も気分が沈んでしまう。なんとかして彼女の力になれないものか。そう思って見つめた先には、階段があった。

私:――よし、階段で屋上まで登ろう。

私:私の言葉に、彼女は驚いたようだった。

患者:――え、でも、私車椅子だよ…?どうやって屋上まで登るの?

私:――大丈夫。僕が屋上までおぶっていくよ。

私:体力に自信があるわけではないが、やるしかない。なんとかしてあげたい。その気持ちだけが私にそう言わせた。

患者:――ありがとう。じゃあ、お願いしようかな。

私:そう言って彼女は嬉しそうに、少し恥ずかしそうに言った。
私:彼女を背負う。改めて、彼女の身体の細さを実感する。ただ、私にとってはそれでも十分な重さがあった。

私:――そういえば、この病院は何階建てだったかな?

私:不安になって、何気なく尋ねる。

患者:――たしか、六階建てだったと思うよ。

私:私はその刹那(せつな)、安請(やすう)け合いしてしまったことを後悔した。



私:――はぁ……はぁっ…!……つ、着い…った!

私:私は息も絶え絶えに屋上の扉を開けた。

患者:――うわー!広いなあ。風が気持ちいい!

私:子どものように背中ではしゃぐ彼女の声を聞きながら、私は周囲を見渡す。幸運にもベンチが備え付けられていたので、そこに彼女を降ろす。

私:――それにしても、残念だね。曇(くも)っていて夕日は見えそうにない。

私:私も彼女の隣に腰を下ろし、空を見上げる。ひょっとしたら、奇跡的に夕日が見えたりしないか、とわずかに期待していた。が、案の定、空はどんよりと曇っていて、夕日など見えそうになかった。

患者:――ううん、見えるよ。

私:彼女は自信ありげに、当たり前のように言った。思わず耳を疑う。

私:――だって、どんより曇っているだけで、夕日なんてどこにも…

患者:――私の目を、覗き込んでみて。

私:私の言葉を遮(さえぎ)って、彼女ははっきりとそう言った。意味が分からず、私は困惑する。

私:――え?どうして?

患者:――いいから!

私:彼女はそれなりに頑固らしい。私は立ち上がると、彼女の前にしゃがみ
込んだ。恐る恐る顔を近づけ、彼女の瞳を覗き込んだ。

私:――あっ…!これは…!

私:彼女の瞳には、たしかにオレンジ色の綺麗な夕日が映っていた。

患者:――ね?ちゃんと夕日が見れたでしょ?

私:彼女は満足そうにそう言った。

私:――あ、ああ……。

私:その鮮やかな色は彼女の笑顔をも表しているようだった。

患者:――最後に君とこんなに素敵な景色を見ることができて、もう思い残すことはないな。夢が叶っちゃったみたい。

私:彼女の「最後」という言葉に私は引っかかった。

私:――もう、会えないのかい?

患者:――…うん、もう会えない。

私:少しの間を置いて、寂しそうに彼女は言った。

私:――そうか…。

私:それ以上、私は何も聞くことは出来なかった。短い。あまりにも、短すぎやしないか。
私:私が顔を離して立ち上がろうとすると、彼女は私の肩を掴んだ。

患者:――そんな顔しないで。大丈夫。私にとっては十分楽しくて充実した時間だったから。それに、きっとまた会えるよ。忘れずにずっと待ってるから。…じゃあね。(そっとキスをする)

私:――…っ!

私:頬に彼女の唇が触れる。恥ずかしさと、涙から、自然に目を閉じる。
私:その時間は数秒だったはずだが、私にとってはとても長く感じた。
私:目を開けると、そこにもう彼女の姿はなかった。



私:時の流れというのは残酷だ。出会ったと思ったら、すぐに別れを運んでくる。
私:時間の止まったままの世界で彼女とずっと過ごせたなら、どれほど幸せだったろう。
私:いや、それよりも。いっそのこと私も時間が止まってしまって、彼女の温かさも、声も、顔も、瞳に映った夕日の色も。記憶が薄れることなく、忘れることもなくなったなら、どれだけ幸せだったろう。
私:私にはあとどれだけの時間が残されているのだろう。
私:どれだけの孤独と不安に脅(おびや)かされることになるのだろう。
私:どれだけの後悔を抱えることになるのだろう。
私:どれだけのものを、残すことができるのだろう。
私:その時は、誰かが教えてくれるのだろうか。
私:私の生きた時間が意味のあるものだったのか。それとも、無駄なものだったのか。



                           《続く》

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