聞いてくれることへの感謝

毎週受けている訪問看護の担当のお兄さんは、とてもカッコいい。
まず、身長が高い。
188センチだそうだ。
顔立ちが整っている。
まつ毛が長い。
そんな、少女漫画から抜け出してきたようなイケメンのお兄さんと毎週話してて、わたしがたいして緊張しないのは、やはり10歳以上の年齢差のためだろうか。

本来の訪問看護は、毎週金曜夜9時半。
けれどときどき調子を崩し、早めに入ってもらうこともある。
今夜も彼に来てもらうことになっている。

訪問看護のお兄さんは、仕事を3つも4つも掛け持ちしている。
農業、建築、訪問看護師、グループホーム世話人。
メインの収入源は、農業と建築に違いない。
そんな大忙しの彼を、ちょっと具合が悪くなった程度で呼びつけて、ほんとうにいいのだろうか。
気の毒だよな、とは本気で思っている。
けれど、やっぱり具合が悪いときは、早めの訪問看護をお願いしてしまう。

10月は田んぼが忙しいって聞いてたのにな。
申し訳ないな。
けれど、来てくれることになるとホッとするな。
ほんとうは、ものすごく迷惑だろうな。
訪問看護ステーションの所長に言われたら仕方ないのかもな。
身体大丈夫かな。
過労にならないといいけれど。
でも、来てくれるとありがたい。

複雑な心境で、訪問看護のお兄さんを待っている。
わたしがもっと強いメンタルを持てばいいんだ。
けれど、そうなったときは、訪問看護も卒業するときなのだろう。

患者の話を聞く。
それは、とても疲れること、とても大変なことだ。
聞くだけなら楽じゃん、と思う人は、そのへんの話好きなおばちゃんに、1時間ほど捕まってみるといい。
その苦労がわかる。

訪問看護のお兄さんごめんなさい。
いつも話を聞いてくれる、グループホームの社長にもごめんなさい。
いつか、強くなります。
そして、いつも感謝を忘れません。

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