得たもの、失ったもの

精神疾患を持っている。
住まいは障害者グループホーム、仕事は障害者作業所。
それなりに幸せに生きている。

18歳から30歳か31歳まで(正確な時期はあやふや)、地元にいなかった。
実家を含め、地元を激しく嫌い、はるか遠くの他県で暮らした。
住み込みの仕事を転々として、いろんな地域で暮らしていた時期もある。

グループホームの社長は言う。
「もう一度行ってみたい地域とかないですか。
旅行に行かせてもらってはどうですか」
けれど、さほど乗り気になれない。
今の暮らしに慣れきって、得たものは心の平穏、失ったものはフットワークの軽さだ。

公共交通機関をフルに活用し、いろんな地域を旅して回る、カプセルホテルでもネットカフェでもいい、いろんなところを泊まり歩きいろんな地域を放浪する、そんな経験も過去にはあった。
けれど、今のわたしは、過去のわたしと比べて別人のようにおとなしい。

ひとつには、今の心安らかな暮らしになんの不満もないこと、もうひとつには、精神障害者の立場で生意気なことをして、医療福祉に悪く思われたくないこと。
そのふたつの理由が、わたしから、
「冒険したい」
という願望を奪っている。

今のわたしは、よく飼い慣らされた犬だ。
医療福祉に対してしっぽを振って嬉しそうにじゃれついていく飼い犬だ。
けれど、そのポジションに安住することで、わたしはそれなりに安定した幸せを享受している。

今の自分が、そう嫌いでもない。
今のわたしは幸せだ。
けれど、医療福祉にワンワン吠え立て、隙あらば脱走をくわだてていた過去の自分も愛おしい。 
今のわたしは、飼い犬のようだ。
過去のわたしは、野良犬のようだった。
どちらも、ほんとうのわたしだ。
ただ、年を重ねただけ。
そういうことなのだろう。


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