Phoenix

魔晄都市ミッドガルを出てから、10日ほどが過ぎた頃。午後の空には暗灰色の乱層雲が立ち込め、今にも雨が降り出しそうだった。

「これで……終わり、なのか……?」

この地域に巣食う強力なモンスターと対峙した元ソルジャークラスファーストのクラウド・ストライフは今、両手両脚を地面に投げ出し、宙を仰いでいる。

……少し、油断……したかな……

本来ならば3人体制で闘うところを、幼馴染のティファ・ロックハートとふたりだけで戦闘に挑んだ結果だった。クラウドもティファも強力な物理攻撃は得意だが、敵は魔法攻撃しか効かないタイプであった。

クラウドのファイナルアタックでなんとかモンスターは討伐したものの、彼は致命傷を負っていた。

「クラウド!」

すぐに駆け寄ってきたティファに助け起こされ、クラウドの頭は今彼女の太腿の上にのせられているが、彼の意識は既に朦朧としていた。

「クラウド、しっかりして!」

腹の深傷からどくどくと血液が漏れ出し、辺りを真っ赤に染めていく。ティファはクラウドの怪我を止血をしながら必死にケアルを唱えるが、傷が深すぎて回復が追いつかないようだった。

クラウドは震える右手を持ち上げ、彼女に革のグローブを外してほしいと頼む。視界がぼやけて、無性に眠たかった。

ティファが赤銅色の瞳を涙で潤ませながら彼の右手の装備を外すと、クラウドの指先は彼女のすべらかな頰とぷっくりした唇に触れたあとにティファの豊かな胸の数ミリ手前で止まった。

意識が遠のいていくなかでも、クラウドは初心な青年らしい躊躇を見せる。最期にティファの胸に触ってみたい。でも、彼女が嫌がるならば無理にはやりたくない。

日頃はクラウドの気持ちに鈍感なティファも、さすがに彼の真意に気づいてしまった。クラウドの手からは“****を揉みたい波動”が溢れ出していたからだ。

彼女は3秒間、思い悩む。クラウドとはまだ恋人同士ではないけれど、ゴンガガ村では心を通わせ、ゴールドソーサーでは口づけを交わした間柄だ。

「……いいよ、クラウド。」

ティファは虚空を彷徨っていた彼の右手を、自らの左手で乳房の上に惹き寄せる。出血量からして、クラウドに残された時間があとわずかであることは明白だった。

今際の際とは思えないほどしっかりした動きで、彼の大きな手はティファの豊かな膨らみを捉え、むにむにとそのやわらかな感触を確かめる。

「やわら……かいな……」

掠れた声でそう呟くやいなや、クラウドの全身からふっと力が抜け、ティファのたわわに添えられていた彼の右手はどさりと地面に落ちた。

「クラウド、目を覚まして!」
「………」
「死んじゃダメ!なんとかして、生きて!話したいことが、たくさんあるの!」
「………」
「クラウド、私……こんなのいやだよ。せっかく、また逢えたのに……!」

ティファは必死な様子でクラウドの肩をゆすり、名前を呼んだり頰に触れたりしたが、彼の身体はぴくりとも動かない。

「クラウド!クラウド……!」

ティファの涙が滂沱として流れるなか、クラウドの身体は次第に魔晄色の光に包まれ、ライフストリームに溶けはじめた。

先程降り出した雨は急に激しさを増し、広い荒野にぽつんと取り残されたティファはひどく濡れそぼち、ぬかるみのなかでひとり座り込む。

騒動を聞きつけた他の仲間たちが現場に到着した頃には、彼女はすっかり冷え切り、言葉を発することもできなくなっていた。


クラウドが目を覚ますと、そこは渡し舟の上だった。ギ族の洞窟で乗ったような細長いゴンドラを、フード付きのマントを深々と被った船頭がひとりで漕いでいる。

舟の周りにはライフストリームが広い河のように流れ、向こう岸には再会の花が咲き乱れる美しい土地が見えた。そこに行けば現世の痛みや苦しみから逃れられる。見る者にそう思わせる、魅力に溢れた風景だった。古代種にとっての約束の地とは、きっとあのような場所なのだろうとクラウドは思う。

「俺は、死んだのか……?」

腕を組み、胡座をかいたまま彼は後ろを振り返った。あとにしてきた場所はぼんやりと霞んでおり、直前の記憶も曖昧になっている。

ただ、クラウドの右手には温かくやわらかなものに触れたあとの名残があった。ずっと触りたいと願っていた、愛おしくて尊いもの。

自分の手のひらを見つめながら、それが何であったのかを彼が思い出そうとしていると、ふいに船頭が口を開いた。

「……クラウド、このまま逝っていいのか?」
「……なんの話だ?」
「ティファと逢えたんだろ?」
「ティファ……?」
「ティファが探してた金髪のソルジャーって、お前のことだったんだな。」
「よく、意味が分からない。」

彼岸に近づけば近づくほど、クラウドは自分が何者だったのかすら分からなくなっていく。しかし船頭は彼の名前を何度も呼び、クラウドが忘却の渦に飲み込まれるのを防いでいた。

「クラウド、ティファを守ったんだろ?」
「そう、だったか……?」
「クラウド、えらいな。ちゃんと約束、守ったんだな。」
「俺、約束してたのか?」
「……逢いにいく約束、守れなかった俺とは大違いだ。」
「……え?」

クラウドが重症を負ったのは、確かにティファを庇ったことに端を発する。しかし今のクラウドはそのことも忘れかけていた。

「クラウド、思い出せ。大事なことだろ?」

船頭は前を向いたまま話しているが、クラウドにはその声に聞き覚えがあるような気がした。懐かしいような、それでいて胸が苦しくなるような声。彼の記憶は今、穴だらけの状態になっている。

「クラウド。お前が引き返すんなら、俺は止めないよ。」
「引き返すって?」
「上っ面だけのやつらには無理だけど、クラウド、お前ならできるよ。あいつらとは、違うんだろ?」
「でも、向こう岸には……母さんが……」
「クラウド。お前のおふくろさんは、まだ来るなって言ってるって!」
「………」

クラウドが16歳のときに死に別れた母、クラウディアの面影が瞼の裏に浮かぶ。父親は彼が生まれる前に亡くなり、女手ひとつで育ててくれた美しく気丈な母だった。

「クラウド、ひとついいこと教えてやるよ。」
「なんだ?」
「お前が戻ったら、ティファが生で触らせてくれるって。」
「何を?」
「クラウド、さっき触っただろ?」
「え?」

その瞬間、クラウドに21年分の記憶が怒涛のように押し寄せる。幼い頃からずっと見ていた、隣の家に住むティファのこと。彼女の特別になりたくて、ソルジャーを目指したこと。そして、ここに来る直前、ティファの胸を服の上から触らせてもらったことを彼はまざまざと思い出した。

それでもまだ、クラウドが船頭のことを思い出そうとすると、頭の中を砂嵐が吹き荒れる。死してなお、ソルジャーの劣化は止まらないのだろうか。

「行け、クラウド!」

クラウドの逡巡などお構いなしに、船頭は彼に発破をかける。渡し舟が彼岸に着いてしまったら、引き返せなくなってしまうかもしれないからだ。

「クラウド、ティファの生の****がお前を待ってる!」

……ティファの、生の……

クラウドのなかで様々な歯車が正しく組み合わさり、本来向かうべき方向を示していく。彼は迷いを捨て、勢いよくライフストリームのなかに飛び込んだ。

上っ面だけの男ならば泳ぎ切ることなど到底不可能な急流だが、彼は物凄いスピードで河を横断していく。水面から飛び出したクラウドのツンツン頭はまるでサメの背ビレのようで、船頭はそれをクラウディシャーク泳法と名づけた。

「行ってらっしゃいませ〜!」

船頭の男はそう呟くと、口元に明るい笑みを浮かべた。自分の夢や誇りを全部クラウドに託した彼は、生前ソルジャークラスファーストだったという。


クラウドが再び目を覚ますと、そこは小さな診療所のベッドの上だった。身体の至るところに白い包帯が巻かれ、彼は自分がまるでミイラ男になったような気分だった。

「クラウド、良かった……気がついたんだね。」

ベッドサイドに座っていたティファが、安堵した様子でクラウドの顔を覗き込んでくる。夜通し付き添っていたのか、彼女の顔には疲労の色が窺えた。

「ティファ……ずっと、いて……くれてたのか?」

クラウドが身体を起こそうとすると、全身に激しい痛みが走る。しばらく目の前にあるものが夢か現か分からずにいた彼も、その痛みによって己が此岸に舞い戻ったことを実感した。

モンスターとの闘いで生きていることが不思議なほどの大怪我を負った彼だったが、どうやら一命を取り留めたようだった。

「クラウド、まだ動いちゃダメ!」

ティファはすぐに無茶をする幼馴染に制止をかけると、看護師を呼びにいく。クラウドが目覚めたら知らせるようにと言われていたのだ。

やってきたベテラン看護師はクラウドに痛みの度合いを確認したあと、鎮痛剤が入った点滴を準備する。

「……あなた、まる2日間眠っていたのよ。」
「2日……?」
「その間じゅう、ずっと彼女、付き添ってたんだから。大事にしないとダメよ。」
「あぁ……」

看護師は彼に入院生活での注意点と治療方針を説明すると、忙しそうに病室を出ていった。再び、この部屋にはクラウドとティファのふたりきりになる。

「……なぁ、ティファ。」
「どうしたの、クラウド。」
「その……覚えてるか?俺が……ティファにしたこと……」
「えっと……いつのこと?」
「俺が……気を失う、前の話だ。」
「う、うん……」

死を覚悟していたとはいえ、幼馴染の胸を鷲掴みにしたことの正当性など証明できるはずもなく、クラウドは非常に気まずかった。ティファも頰を赤らめ、恥ずかしそうに俯く。それからしばらくふたりは黙り込み、互いにもじもじしていた。

「……ティファ、ごめん。悪かったと……思ってる。」

先にを口を開いたのは、クラウドだった。彼は不器用で口下手ではあるが、気持ちはどこまでもまっすぐだ。

「……クラウド。そんな風に、謝らないで。」
「でも、誰でも良かったわけじゃない。ティファだから……ティファじゃなきゃ、ダメだった。」
「それ、どういう意味なのかな?」
「うまく、言えそうにない……」
「んもう!クラウドの……ばか!」
「ティファ、怒らないでくれ。ティファが一緒だったから、俺……大丈夫だったと思うんだ。」
「クラウド……あのあと、私が言ったこと……聞いてた?」

クラウドが斃れた日、極限状態にあったふたりは正常な判断ができなくなっていた。それゆえに彼は息を引き取る寸前に劣情に任せてティファの胸を揉み、彼女は泣きながらクラウドの亡骸に向かって「クラウドは、服の上からで満足なの?」と問いかけたのだ。

しかしティファによる止血と心臓マッサージと人工呼吸、合流した仲間たちによる応急処置、そして船頭の采配によってクラウドの死する運命は変更になっていた。

「ティファ、あれは……本気だったのか?」
「クラウドに、生きてほしいって……思ってた。」
「俺は、生きてるよ。」
「うん……戻ってきてくれて、嬉しい。」
「ティファのおかげだ。」
「クラウド、私を守ってくれたでしょ。だから、今度は……私の番、だった。」
「俺がティファを守るのは、当然だ。」
「どうして?」
「約束、しただろ。」
「ふふ……クラウド、意外と律儀なんだね。」
「意外とって、なんだ。」
「忘れてたじゃない。」
「すぐに思い出した。」
「そうだね、クラウドは……思い出してくれた。だから、その……続きはまた、今度ね。」
「ん?」
「クラウド、ゆっくり休んで。また、元気になったら……ね。」

ティファはいたずらっぽい表情で口元に人差し指を添えると、これはふたりだけの秘密であることをクラウドに伝えた。


それから先も、クラウドが死の淵に立つ度にティファはご褒美を用意することで彼を蘇らせた。初回は生の****であったが、内容はだんだんとエスカレートしていく。

「クラウド、ひとつだけいいこと教えてやるよ。お前が戻ったら、ティファが挟んでくれるって。」
「何を?」
「クラウド、ティファの****でお前の****扱かれたいって思ってるだろ?」
「な、なんで知ってるんだ!?」
……クラウド、生還。

「クラウド、ひとついいこと教えてやるよ。お前が戻ったら、ティファが****ヘアをハート型にしてくれるって。」
「本当か!?」
……クラウド、生還。

「クラウド、いいこと教えてやるよ。お前が戻ったら、ティファが***********してくれるって。」
「あんなにいやだって言ってたのにか!?」
……クラウド、生還。

ティファはクラウドを生き永らえさせるためにどんどんエロスの偏差値が高くなり、家族となったふたりの性生活は非常に活発なものとなった。

しかし、一度だけクラウドは引き返せない場所まで到達してしまったことがある。それは彼が星痕症候群に罹患し、家出をしていた頃のことだ。

再臨したセフィロスに串刺しにされたクラウドはついに、ライフストリームの河を越えて約束の地まで辿り着いてしまったのだ。

再会の花が咲き乱れるその場所はえもいわれぬ香りが漂い、温かく、明るい光に満ちていた。現世のしがらみから解き放たれ、幸福と愉悦だけを感じる世界であった。

上っ面だけの男ならば、そこに留まったことだろう。でも、クラウドにはやらなければいけないことがあった。セフィロスを倒し、子供たちを救い、家族や仲間や大切なものを守ることだ。

クラウドは約束の地に足を踏み入れてもなお、大切なものたちがいる世界に戻ってきた。ミディールでライフストリームの奥深くまで落ちたことのあるクラウドは、彼岸と此岸の間を往復することが他の者より上手かったのかもしれない。

そのとき、約束の地でクラウドを導いた船頭の男は、彼の耳元でこう囁いた。

「クラウド、こっそり教えてやるよ。お前が戻ったら、ティファが抱いてほしいってよ。」
「そういえば1ヶ月くらい、してないな……。」
「ちゃんと話し合ってから、お前の気持ち、伝えてこいよ。」
……クラウド、生還。

数十年後、再びクラウドは渡し舟に乗っていた。すっかり年齢を重ね、もう約束の地に向かっても早すぎるということはなかった。それでも船頭は、クラウドに畳み掛ける。

「クラウド、ティファを残してきていいのか?」
「これが、俺の寿命だったんだろ。」
「餅を喉につまらせるなんて、お前らしくないって!」
「少し、調子に乗りすぎたかな……。」
「クラウド。お前が戻ったら、ティファが手を繋いで散歩したいってよ。」
「……しばらく寒かったから、一緒に出かけてなかったな。」
「戻ってやれよ。ティファがピンチのときには、助けるって、約束したんだろ?」
「……さすがにもう、この河は渡りきれない。」
「やる前から諦めるのか?餅なんかに負けるお前じゃないだろ。」
「やるだけ、やってみるか。」
……クラウド、生還。

こうしてクラウドは何度も死地をかい潜り、何度も息を吹き返し、生涯ティファを守り続けたという。

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