Red shoes

幼い頃、ティファ・ロックハートは新聞や雑誌の広告で見る赤い靴に憧れていた。赤いエナメルの踵の高いパンプスや真紅のベルベットで作られたバレエシューズ。古いミュージカル映画に出てきた、踵を3回鳴らせば帰りたい場所へ連れていってくれるきらめくスパンコールに彩られたルビー・スリッパ。

大都会ミッドガルの女の子たちが素敵な赤い靴で噴水広場の石畳を歩いている姿を、少女時代の彼女は夢想した。

両親に何度もおねだりした結果、ティファは6歳の誕生日に爪先にリボンのついた赤いメリージェーンを手にした。村の靴屋では取り扱っていないため、おそらく遠くの街から取り寄せたものだろう。少し子供っぽいデザインではあったけれど、彼女は気に入って毎日のように履いていた。

しかし田舎であるニブルヘイムでは、赤はどちらかというと男の子の色だった。子供たちの間で流行っていた戦隊ヒーロー漫画のレッドは必ず男の子で、たまに女の子がいても与えられる色はいつもピンクだった。

ティファが8歳のときに母テアが亡くなってから、父ブライアンは良かれと思ってよく女の子らしいピンク色の服を彼女のために買ってきた。でもティファは、いつも複雑な心境だった。決してピンクが嫌いなわけではない。ただ彼女がピンクの服を着ると、村の同世代の女の子たちはティファを陰でぶりっ子だと言うのだった。

「ティファって、絶対自分のこと可愛いって思ってるよね。」
「そうそう、ピンクの服なんて着ちゃってさ!ティファって、ぶりっ子だよね。」

同世代の男の子たちはまだまだ子供で、一緒にいても気が楽だった。だから彼女はいつもエミリオ、レスター、タイラーという近所の3人の少年たちと遊んでいた。

しかし少年たちも、ティファを対等の友人としてではなくか弱くて可愛い女の子として扱う。そして、それは年齢を重ねるごとに顕著になっていった。

「ティファ、ソルジャーごっこしよう!」
「いいよ、わたしもソル……」
「ティファは囚われのお姫さまな。おれはソルジャークラスファースト!」
「おれも、ソルジャークラスファースト!」
「え〜じゃあ、おれはティファを捕まえたウータイの将軍!」

彼女だって、自分の顔が可愛いことも、スタイルがいいことも、知っている。だからこそ、昔からの付き合いの友人たちにはちゃんと中身を見てもらいたかった。

性差があるだから、ある程度は仕方のないことではある。男の子に混ざって殴り合いの喧嘩はできないし、お洒落もしたいし、髪も伸ばしたい。それでも、彼女がどうしてもいやだったのは、男の子たちがティファをトロフィーのように扱うことだった。

「大人になったら俺、ティファと結婚するんだ!」
「何言ってんだよ、俺とだよ。」
「違うよ、俺だよ。」

彼らはティファのいないところではそうやってお互いを牽制し合っていたけれど、彼女を個人的にデートに誘ったり、告白したりすることはなかった。


実を言うと、ティファは隣の家に住むひとつ年上の男の子クラウド・ストライフと親しくなりたかった。彼だけは、ティファをトロフィー扱いしなかったからだ。

しかし彼女の父ブライアンは彼を毛嫌いしていたし、クラウド自身もひとりでいることを好んでいるように見えた。幼い頃はふたりでよく遊んでいたようだが、いつからかティファとクラウドはあまり仲良くなくなってしまった。

ひとりぼっちだと不安になってしまうティファと違って、クラウドは何か強い信念を持っているようだった。いつも村とニブル山の狭間にある荒野で木の棒を振るっていたし、闘い方に関する本もたくさん読んでいるようだった。

そんな孤高の少年に、ティファは淡い憧れを抱いていた。クラウドは北方人の血を引いているらしく、金色の髪に綺麗な碧色の瞳をしている。青と水色と緑が混ざりあったような、満天の星空のような双眸。

赤は男の子の色。ピンクはぶりっ子。それならば、これからは彼の眼のような碧色を好きになろうと彼女は密かに思った。

12歳の秋、クラウドから真夜中の給水塔に呼び出されたときに着ていたのは、彼の瞳をイメージしたワンピースとウェッジソールサンダルだった。

幸せな、子供時代の記憶。あの頃好きだったものはみんな、ニブルヘイム事件で消えてなくなった。サイズが合わなくなっても大事にとっておいた小さな赤い靴も、クラウドに逢いにいった少女じみたターコイズブルーの洋服も、何もかも。

15歳でミッドガルの八番街スラムにやってきたとき、借金漬けのティファは自分を鼓舞するためになけなしのお金で赤いスニーカーを買った。彼女は、男の子の色を選んだのだ。これからはひとりで生きていかなければならないのだから。

・・・それから、7年後。

故郷から遠く離れたミッドガルでティファとクラウドが再会してから、たくさんの出逢いと別れがあった。

ティファは今、黒づくめの服を纏い、左腕にピンクのリボンを結んでいる。同じ家に住むクラウドも、彼女と同じような黒装束にピンクのリボンを左腕に巻いている。

それは2年前ジェノバ戦役と呼ばれる闘いの最中に命を落とした仲間、エアリス・ゲインズブールを悼む喪服のようなものだった。

特にクラウドはエアリスを見殺しにした罪の意識に苛まれ、幸せになることを恐れていた。ティファには弱音を吐かなかったけれど、それが逆にふたりの関係をぎこちないものにした。

ティファとクラウドは何度もすれ違い、ぶつかりあったけれど、彼は家族のもとへと帰ってきた。彼らは、幼馴染を経て漸く結ばれた初恋同士の夫婦だった。

・・・12月9日。
それはクラウドが、7年前に壱番魔晄炉爆破作戦に参加した日だ。市街を逃走中に花売りのエアリスから黄色い再会の花を貰い、ティファにその花を贈った日でもある。

「……なぁ、ティファ。今日、店休みだろ?」

珍しく早く起きてきたクラウドがティファに尋ねる。彼の金色のツンツン頭は寝癖がついており、服はまだパジャマだった。

「うん。クラウドが昨日、そう言ったんじゃない。」

ティファが経営するカフェ&バー、セブンスヘブンの扉には“Closed”の札が下がり、彼女は店の仕込みではなく家族の朝食を作っている。

「俺はただ、明日休めるかって聞いただけだ。」
「同じでしょ?」
「休みにしろ、とは言ってない。」
「どういうこと?」
「ティファに指図したくはないんだ。」
「お店を休みにして、家族でどこかお出掛けするんじゃないの?」
「そうだ。」
「指図ってなんのこと?」
「いや、だから……」
「私、バレットと子供たち起こしてくるね。」
「ティファ。ちょっと待ってくれ。」

クラウドは何やらゴニョゴニュ言いながら、階上に上がろうとしているティファを引き止める。彼女はキョトンとした顔でクラウドの慌てた様子を眺めていた。

「今日は、ティファとふたりだけだ。」
「デンゼルとマリンとバレットは?」
「バレットに留守番を頼んだんだ。」
「え?今日はクラウドとふたりでお出掛けなの?」
「……いやなのか?」
「ううん。クラウドはいつも突然だから……ちょっと、びっくりちゃった。」
「そうか。驚かせたのは、悪かった。」

クラウド本人はしっかり計画を立ててから打ち明けているのかもしれないけれど、彼がティファを真夜中の給水塔に呼び出したのも、花をくれるのも、デートに誘うのも、彼女にとってはいつも突然の出来事だ。

すっかり家族でのお出掛けと勘違いしていたティファは、子供たちの母親モードから恋人モードへのシフトチェンジをしながら、クラウドの大型バイク“フェンリル”の後ろに跨った。

「ティファ、寒くないか?」
「クラウドのライダース、勝手に借りちゃった。」
「いいよ。俺のものはティファのものだ。」
「クラウドって、慈愛に満ちたジャイアンみたいね。」
「誰だ、ジャイアンて。俺に他の男の話は……」
「ジャイアンは小学生で、漫画のキャラクターだよ。」
「……ティファ、しっかり掴まれ。」

神話に登場する巨大な狼の名を持つフェンリルは、廃材をかき集めて作った街エッジの狭い路地を駆け抜けていく。

クラウド自身はゴーグルしか付けていないくせに、ティファは専用の赤いヘルメットを被せられている。彼女としてはせっかくセットした髪が潰れてしまうのはいやだけれど、クラウドはティファの安全面にとてもうるさかった。

こんな魔改造をした厳ついバイクに乗っていながら、ティファを乗せているときには驚くほどに安全運転をするのだ。

「風が冷たいね。」
「ティファ、寒いのか?」

ティファがそう呟くと、クラウドはフェンリルを路肩に停め、毛糸のマフラーを取り出して彼女の首の周りに巻いた。裾はしっかりライダースの中に仕舞い、ジッパーを上まであげる。更にティファの手に温かい息を吹きかけたあとに手袋まで装着させた。

「……ふふふ。」
「ティファ、何笑ってるんだ?」
「クラウド、パパみたいなんだもん。」
「俺はデンゼルのお父さん代わりだ。」

少し拗ねたような様子でそう宣うと、クラウドは再び運転席に戻る。ティファに巻かれたマフラーと手袋は彼女がこの前クラウドにプレゼントした手編みのものだ。

真っ赤な毛糸に白い雪柄のそれをクラウドは少し恥ずかしがったけれど、ちゃんと使ってくれているようだ。

「ふふ。」

ティファは再び、笑みをこぼした。身長は163センチのティファと6センチしか変わらないけれど、クラウドの背中は大きくて安心感があった。後ろを取られらるのを好まない彼の背面に触れられるのは、そこに信頼があるからだ。

それからしばらく、ティファは両脇を流れていく景色を眺めていた。ホリデーシーズンを前にして、復興の最中にあるエッジの街もいつもより華やいで見える。

「ティファ、どうかしたか?」

先ほどまであれこれ他愛のないことを話していたティファが急に黙ったので、クラウドが声をかけてくる。いつもできるだけ彼女を視界に入れておきたい彼としては、前しか見れないフェンリルの運転中は特に心配なのだ。

「……こんな風に思ったら、叱られちゃいそうだけど……」
「?」
「幸せだなって、思ってた。」
「誰が叱るんだ?」
「分からないけど……」
「ティファはもっと、幸せになっていいんだ。」
「でも……」
「エアリスも、それを望んでる。」
「ライフストリームの中で、話したの?」
「あぁ。」
「クラウドは?」
「俺も、ティファにもっと幸せになってもらいたい。」
「そうじゃなくて、エアリス。」
「俺のことは、分からない。でも、ティファを幸せにしなきゃダメだって、そう言われてる気がする。」
「私だって、そうだよ。」
「ん?」
「クラウドを幸せにしなきゃダメって、きっとエアリス……言ってると思う。」

ふたりがそんな会話を交わしながらバイクを走らせていると、ティファが着込んだ男性用の革のライダースジャケットの下で左腕に結んだピンクのリボンがひとりでに解け、袖から急に飛び出してきた。クラウドも同様に、長い袖がついた左腕からはらりとピンクのリボンが落ち、空気中に放り出される。

「あっ……」

ティファを乗せてフェンリルを運転していたクラウドは手をハンドルから外すことができず、彼の背中にしがみついていたティファも風に乗って飛んでいくリボンを捕まえることができない。

“もう、いいんだよ。”

そのとき、ティファとクラウドの耳には、エアリスの声が聞こえた気がした。青空に向かって天高く舞い上がったピンクのリボンは廃墟となったミッドガル五番街スラムの方角に流れていき、すぐに見えなくなった。


クラウドがティファを連れていったのは、街の中心にある靴屋だった。メンズシューズも取り扱っているが、主力はレディースシューズだ。

「クラウド、ここって……」
「ティファは街に買い物に行くと、いつもここに飾ってある靴を見てた。」
「知ってたの?」
「なんとなくな。」

クラウドはティファと目が合うと目を逸らすが、彼女が気づいていないときは大抵ティファのことを見ているのだ。

「俺に合わせて、黒づくめにする必要はない。」
「この服も靴も、クラウドが選んでくれたんじゃない。」
「あのときは、他の男に……短いスカートのティファを見られるのが……いやだった。」
「んもう、何それ!」
「でも……今は、ティファに……好きな靴を履いて欲しいと思ってる。」
「もしかして、クリスマスプレゼント?」
「少し、早いけどな。」

季節のイベントに疎そうに見えるクラウドだけれども、家族の誕生日もクリスマスもヴァレンタインも贈り物をくれるという、意外とロマンチストな部分がある。

「靴は良くて、服はダメなの?」
「ティファの好きな服は、布面積が狭すぎる。」
「丈が短い方が、動きやすいじゃない。」
「……そういう問題じゃない。でも、分かった。このあと、服屋にも行く予定だから…… ティファが好きなのを選ぶといい。」
「いいの!?」
「もとから、ダメだとは言ってない。でも、先に好きな靴を選んでくれ。」

それからティファは店員のアドバイスを聞きながらあれこれと試着し、楽しげな彼女の姿を眺めながらクラウドは目を細めていた。

「クラウド、どれがいいかな?」
「全部似合ってる。」
「それじゃ、答えになってないよ!」
「ティファは、なんでも似合う。」
「んもう……クラウドのばか。」
「でも、いつも見てたのはその赤いのだろ?」

ティファはこの靴屋の商品を眺めるのが好きだったが、とりわけ心を奪われたのは今店のショウウィンドウに飾られている赤いパンプスだった。

クラウドに促され、ティファは数ある選択肢の中からその赤いパンプスを選ぶことにする。ニブルヘイムでは男の子の色だったけれど、幼い頃憧れていた都会の女の子の赤い靴だ。

「履いて帰ってもいいかな?」
「バイクだぞ。」
「そっか、そうだよね……。」
「服屋まではすぐだから、歩いて行くか。」
「履いていいの?」
「そんな踵の高い靴で石畳を歩けるのか?」
「転びそうになったら……クラウド、助けてね。」
「当たり前だろ。」

クラウドはティファをエスコートしながら、再び12月の街に出た。彼にとって、ティファはトロフィーなどではない。それでも、11センチヒールの赤いパンプスを履いた笑顔の彼女を支えられることを、クラウドは心から誇りに思う。

その日ティファはクラウドも納得する布面積の赤いワンピースを買い、帰りにふたりでちゃんこ鍋を食べて帰った。

なおエアリスのピンクのリボンは後日、ミッドガル五番街スラムの教会に安置されたバスターソードの柄にきつく結ばれていたという。

おわり

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