Hollow night

[u]-εγλ 0002 9月30日 ニブルヘイム村

陽が沈み、青みを帯びた宵闇が村全体を包み込む時分。

神羅軍一般兵の標準装備を身につけた若い男がひとり、宿屋の扉の陰から辺りの様子を窺っている。軍用ヘルメットに顔を半分以上隠されているが、肌質や線の細さからまだ成人前の少年であることが分かる。

彼、クラウド・ストライフは数日前、ニブル魔晄炉の偵察任務で5年ぶりに生まれ故郷ニブルヘイムへとやってきた。

そしてニブル魔晄炉前でGレギオン2体とGデリーター1体の襲撃に遭い、山岳ガイドを務めていた幼馴染のティファ・ロックハートを庇って負傷したのだ。そのため、直属の上官であり友人でもあるザックス・フェアからクラウドは数日間の休養を命じられていた。

村の医師からは全治2週間と言われたが、体力が回復してきたクラウドは既にベッドでじっとしているのが苦痛になってきている。

この偵察任務の責任者であるはずのセフィロスは魔晄炉偵察の夜から、急勾配の先にある神羅屋敷の地下研究室に閉じ籠り、クラウドとは別の部隊からこの任務に参加していた一般兵の男性は、魔晄炉に向かう途中の吊り橋崩落事故で行方不明になったままだ。

不思議と神羅軍統括からの帰還命令もなく、暇を持て余したザックスは村の住人たちの困りごとを解決して回っている。

「クラウド!元気になったんなら、おふくろさんに顔見せてこいよ。しばらく帰ってないんだろ?」
「でも、まだ任務が終わってない。」
「気にすんなって。どうせセフィロスが今のままじゃ、俺たちはしばらく待機だ。」
「うん……。」

2歳年上でとにかく明るいザックスは、クラウドが憧れてやまない神羅軍のエリート戦闘員ソルジャークラスファーストだ。クラウドが何度も落ち続けているソルジャー試験に、ザックスは特に苦労することなく合格したと言う。

「俺も、ソルジャーだったらな……。」

何度そう呟き、唇を噛んだことだろうか。クラウドはザックスのことを心から慕っているが、同時に卑屈な思いも抱えていた。

ニブル魔晄炉に向かう道中も、ザックスとティファは打ち解けた様子で話しており、身元を明かせず、ひたすら口を一文字に結ぶクラウドとは雲泥の差であった。

「俺も、ザックスみたいだったらな……。」


周囲に誰もいないことを確認してから、クラウドは宿の外に出る。彼が村にいた5年前には、今くらいの時季から住民たちは夏の終わりと秋の到来を祝う祭りに向けた飾りつけを始めていたと記憶している。

しかしニブル山に凶悪なモンスターが出没し、村人を襲う事件が頻発している今年は、ハロウィンは中止にせざるをえないということだろう。装飾を施していない鄙びた田舎の村は、どこか侘しさを感じさせる。

クラウドは無数のランタンの灯りに彩られた子供時代のハロウィンを脳裏に思い浮かべつつ、前後左右を警戒しながら村の中心にある給水塔の脇を通り過ぎた。

その先には、白い漆喰の壁に赤いとんがり屋根の小さな平屋がある。今もクラウドの母クラウディアが暮らす、彼の生家だ。

クラウドは家の前で一旦立ち止まり、隣にある二階建ての立派な邸宅に視線を向ける。それは村の名士であるブライアン・ロックハートの住居であり、2階の部屋には明かりが点っていた。

……ティファ。

彼は心の中で、ひとりの女性の名を呼ぶ。ティファはブライアンの娘であり、2階の部屋は彼女の寝室であった。

ティファは数日前、ニブル魔晄炉調査の際に山岳ガイドを務めた15歳の少女だ。

「はぁ……」

彼は深い溜息をついた。5年前、13歳のクラウドはティファに、ソルジャーになると言って村を出た。しかし16歳になったクラウドは、まだ一般兵のままだった。

もちろん、彼は新兵の頃から最大限の努力を重ねてきた。その証拠に、クラウドの左胸、首に巻かれたモスグリーンの防刃ネックガードの下には過酷な訓練課程を修了した者だけに与えられるレンジャー徽章、空挺徽章、スキー徽章、水路潜入徽章の四つが並んでいる。

しかしこの星の外からやってきたジェノバ細胞の移植と魔晄照射を伴うソルジャー手術には、身体能力や戦闘技能ではなく、ジェノバ細胞や魔晄に精神や肉体を蝕まれない圧倒的な自己肯定感が必要なのだ。

一般兵としては十分強いが、ティファに認められていない、だからこそソルジャーになって認められたい、彼女の特別になりたいという願いを抱く彼は、ソルジャー手術に適合していなかった。

ソルジャーになれない自分では、ティファには逢えない。ティファはソルジャーになった自分しか、認めてくれない。そう思い込んでいるクラウドは、5年ぶりに再会した彼女に名乗ることもヘルメットを外すこともできずにいる。

彼がロックハート家の2階の窓を見つめていると、ふいに部屋の主が顔を出した。

「!」

ティファも、あ!という顔をする。この一般兵がクラウドだということを彼女は知らないが、先日魔晄炉偵察の際に同行した一般兵であるということには気づいているのだ。

「兵隊さん、身体はもう大丈夫なの?」
「………。」
「とっても、心配してたんだから!」
「………。」
「怪我、まだ痛い?」
「………。」

ティファは窓から身を乗り出しながら、質問を投げかけてくる。少しお転婆なところは、昔から変わらない。返事はできないが、さすがに危険だと感じたクラウドは慌てて手で制止するような仕草をした。

「んもう!全然喋ってくれない!」

ぷんぷんと怒った様子で、ティファは窓から顔を引っ込める。クラウドは安堵の気持ちと淋しい気持ちが入り混じったような、複雑な感情を抱いた。

魔晄炉前で倒れた彼に肩を貸し、村まで運んでくれたのはザックスではなくティファだった。そのお礼すら彼女に言えていない自分をクラウドはひどく恥ずかしく思っていたが、自分がクラウド・ストライフであることをティファに気づかれるのが何よりも怖かった。


しばらく彼がティファの家の前に立ち止まっていると、階段を駆け降りてきた彼女が急に家の扉を開けた。そのままクラウドに向かって歩いてくるティファに対して、彼はどうしたら良いのか分からないまま立ち尽くしていた。

彼女は数日前と同じカウガールのような革製のベストと同じ素材のミニスカート、ウエスタンブーツにテンガロンハットを身に纏っている。きっと、お気に入りなのだろう。

クラウドの前までやってきたティファは、腰に手を当てて彼の顔を覗き込む。彼女の赤銅色の瞳に見つめられ、クラウドの顔はみるみるうちに赤くなっていった。外はすっかり暗くなっているが、ふたりがいる辺りは家々の灯りに照らされている。

「うん。顔色は悪くない!」
「………。」

彼は思わず目を逸らすが、ティファはお構いなしにクラウドの回復状況を確認していく。数日前の彼は真っ青な顔をして、ひとりではまともに立つこともできない状況だったため、ティファの中では何やら庇護欲に近いものが生まれているようだった。またティファは、彼が自分を守ろうとしてくれたことをちゃんと理解しているのだ。

「ふふ、元気になったみたいで良かった。」

件の一般兵の傷が癒えたことを知り、ようやく彼女は安心したようだった。さっきまで威嚇する子猫のような生意気な表情をしていたティファがふいに微笑んだので、クラウドは心臓をキュウッと締め付けられるような痛みを覚える。

同時に、この5年間ずっと逢いたかったティファを目の前にしているというのに、何もできない自分自身にクラウドは無性に腹が立っていた。

「あなた、わたしと同じ年くらい?」
「………。」
「ふふ、やっぱり喋ってくれない。」

頑なに喋ろうとしない彼にさすがのティファも観念したが、不思議と嫌な印象は受けなかった。この一般兵のことを、不器用で実直な人だと彼女は思った。

「……私の独り言、聞いてくれる?」
「………。」
「……金髪のソルジャー、知らない?」
「………?」

ティファの説明が下手なので、クラウドは何を聞かれているのかよく分からなかった。新聞に金髪のソルジャーに関するニュースでも出ていたのだろうか。

クラウドは心がざわざわするかのような、不快な焦燥感にかられる。ティファの口からソルジャーの話は聞きたくない。でもソルジャーになれないのは、自分のせいだということもよく分かっている。

せっかくふたりきりになれたのに、手を伸ばせばティファに触れられる距離にいるというのに、ソルジャーになれない自分には彼女を抱きしめる資格もないのだろうか。クラウドは苦しげな表情で、唇を噛む。

「ソルジャーになるって、村を出ていったの。」
「………。」
「……元気に、してるかな。」
「………。」
「……もう、約束……忘れちゃったかな。」
「………?」
「ごめんね、変なこと言っちゃった。おやすみなさい、兵隊さん。」

ティファは少し淋しそうな表情を浮かべると、一般兵に踵を返し、ゆっくりと自宅に向かって歩いていく。5年間待っても手紙ひとつくれない幼馴染への恋心を今でも忘れられないのは、自分が村という小さな箱庭で暮らしているせいだろうか。彼女は肩を落とし、俯いた。

ティファがソルジャーの話をしているのは、気に入らない。でも、落ち込んでいる彼女をクラウドは励ましたい気持ちになった。もしティファが探しているソルジャーに心当たりがあれば、彼女は元気になってくれるだろうか。

クラウドはポケットに入っていた紙に鉛筆で走り書きをすると、後ろからティファの前に差し出した。彼は“真夜中、給水塔で”と書いたつもりだったが、あまりに字が汚くてティファは判読ができない。

「これって……」

彼女が振り返ったときには、神羅軍の若い一般兵はどこかに走り去ったあとだった。

そして真夜中、クラウドが給水塔の上から見たのは、英雄セフィロスが村に火を放ち、村の住人たちに刃を向ける姿だった。

 [u]-εγλ 0002 10月1日 ニブルヘイム事件発生

End

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