『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[123]秋から冬へ
第5章 モンゴル高原
第9節 季節は巡る
[123] ■4話 秋から冬へ
モンゴル高原の夏は短い。強く冷たい風がひと吹きすると山の色が変わり、季節は一気に夏から秋へと移る。
その秋も、やはり短い。九月になって青々と茂る冬の牧地に移ったと思うのも束の間、一月もすれば初雪が舞う。
冬の高原ではしばしば強い風が吹き荒れ、一度吹きはじめるとなかなか収まらない。寒さが次第に厳しさを増し、そのうちに川が岸の方から凍りはじめる。そして、北からの風が運んでくるけば立った灰白色の雲が雪を降らせ、薄く積もった雪と降る雪とが合わさった地を這うような吹雪が来る。
寒い年には、初雪は十月になるかならぬかのうちにあるので、冬の訪れは北ヒダカよりも早い。ただ、湿気がないので降る雪は多くない。
ウリエルのところから戻って数日後、エレグゼンがゲルまでやって来て「これを着ろ」と匈奴が身に付けている長くて重い皮衣を手渡してくれた。あの日、フヨの入り江で初めて目にしたのと同じものだった。
漢の史家が旃裘と記した匈奴独特のこの防寒具は、首から足首まですっぽりと覆うようになっている。馬に乗るときには膝下まで掛かって、泥や冷気から腿を守る。
「お前のそのシカ革の内着と袖なしではもう過ごせないだろう?」
そう言われればそうだった。ヒツジの毛の叩き布を上に掛けるのだが、近頃はそれひとつでは寒くてよく寝付けない。この前、馬で遠出して体が冷え切った後にはとくにそうだった。このところ、いつもは外に繋ぐシルを引っ張り入れてゲルの中を温めようとしているのだが、寒いだろうとそのシルの背にも叩き布を掛けてやっている。
ナオトは「ありがとう」とヒダカ言葉で礼を言って、重い皮衣を素直に受け取った。上に、同じ皮で作った裾の広い三角の帽子が載っている。
すぐに着てみろというようにエレグゼンが戸口に突っ立っているので、ナオトは革の内着と下穿きを着たまま腕を上げて、皮衣に袖を通した。
――重い……。
少し大きめで、裾が長すぎるように感じるが、エレグゼンはそれでいいというように首を縦に振っている。
手に持っていた革の胡帯を放ってよこし、こうやって留めろと教えてくれた。左右を前で合わせて、帯を付けてみると、なるほど、裾が帯で持ち上がるので長すぎるということはない。裾の下から革の下穿きが覗き、いよいよ匈奴のように見える。
一笑したエレグゼンが「それでいい」と満足気に言って、去った。
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