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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[068]渡河、渡し舟

 
第3章 羌族のドルジ
第5節 アルマトゥから来た男
 
[068] ■4話 渡河、渡し舟
 次のオアシスまで行くのに、途中にある大きな川をどう渡るかは、いつだって大事おおごとだった。
 古代のギリシャ軍は、ヒツジやウシの革袋を膨らませて木組みの枠にいくつも並べた急造のいかだに乗ってオクサス川を渡り、バクトリアから逃げたペルシャの元の総督を隣国ソグディアナまで追ったという。ヨーゼフの一族では、そのときのバクトラ住人の驚きを代々語り継いできていた。
 川に橋など架かってはいない。仮りに作ったとしても、大雨で流され、戦さで焼かれて、すぐに落ちてしまう。
 だから、昔から使っている渡河点を探し、あるいは地元の人に多少の穀類を渡して尋ね、水かさを測って無事に渡れると確かめてから、臆病と言われるほどに気を使って荷物ともどもようやく渡る。ヨーゼフ兄弟が加わったセターレの隊商もそうした。年若いセターレは優れたサルトポウだった。

セターレの隊商とヨーゼフ兄弟の旅程

 アルマトゥまであと四日というところまで来たとき、ラクダを走らせて追いついてきた男があった。二つコブがあるので、バクトリアから来たのだと当たりを付けた。セターレの一団は道を開けて通そうとした。ラクダの男は、その脇を「役人だ、役人だーっ」と呼ばわりながら一気に駆け抜けて行った。
 ヨーゼフは咄嗟とっさに、
 ――だめだ、追いつかれる、
 と思った。そこで、セターレと相談し、クルダイを通ってアラタウ山脈の北麓に出ようとしている一行と別れ、脇道を南のスイアブ方面に向かうことにした。アルマトゥには二日遅れて入る。

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