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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[165]砂鉄を焼くのに木炭が足りない
第7章 鉄剣作りに挑む
第1節 砂鉄を焼く
[165] ■4話 砂鉄を焼くのに木炭が足りない
砂鉄から作った鋼のようなものを集めて叩き、どうにか棒にしようとしたが、ようやくできた短い棒は形が整わずに脆く、思うような出来ではなかった。
ナオトは、砂鉄を替え、窯の作りと焼き方とを変えて一から作り直してみたかった。 しかし、それには木炭が足りない。
木炭を焼くので木を伐りに行こうと誘うのだが、エレグゼンは動こうとしない。
無理もなかった。そもそも、草原の広がるモンゴル高原に木は少ない。どうにか見つけた疎らな林の木はすでに倒してしまい、二人で話し合った太さのマツの木はよほど遠くまで行かなければ見つからない。
炭窯が一杯になるほどの薪を揃えるとなると一日二日では済まないだろう。人手がなくてはとても続けてやるというわけにはいかない。
牧地に戻って、一緒にトゥバまで行ったバトゥに相談すると、土の炭ならば掘ればふんだんに出てくるところが近くにあると言って連れて行ってくれた。
濡れたような手触りだが、確かに木炭と似ている。しかし、試しにその場で燃やしてみると火の勢いが全く違った。水気が多すぎて十分に熱くならないのだ。持ち帰り、少し乾かしてから燃やしてみたがゲルを暖めるだけの用にしか立たないとわかった。
――これを雑炭で少し焙ってから使う手があるかもしれない……。
そう思ったが、いまはそれどころではない。試すのは後回しにした。
いい木炭を大量に焼いて、使う。そうしないと鉄も鋼もできないといくら言ってもエレグゼンは真剣に聞こうとしない。木炭が焼き上がるまで窯の前で七日待てと言うのではなおさらだった。匈奴は動き回るのは苦にしない。しかし、じっと待つのは好きではないらしい。
「土の炭を燃やせばいい。煙は出るが、昔から使っている。木を大量に伐って運んでくるなどできない。ちょうどいい木など、もはや鉄窯の近くにはない」
エレグゼンは、大きな声でそう言うと、ぷいっとその場を去ってしまう。
では、とナオトは思い付いて、義兄のカケルを頼ることにした。
――コメが運べるのならば、木炭も運べる。ウリエルに頼めばヨーゼフを介してカケルに話は伝わるのではないか。ヒダカならば周りはすべて森だ。それにヒダカ人はいい木炭を焼く……。
この考えを、「ばかげた話に聞こえるかもしれないが……」とエレグゼンに話すと、「木炭とはそれほどのことなのか?」とさすがに神妙な顔をした。
――ヒダカからはるばる海を越えて木炭を運んでくるだと? そんな愚かな話があるか。木炭とは、ただの燃え残った木のことだろう?
こうしてナオトの度外れた話は笑って無視された。しかしその代わりに、エレグゼンが知恵を出した。
「この間は、元の炭窯近くに鉄窯を作って、そこで砂鉄を焼いた。しかし、いずれあそこではできなくなる。この間やってみてわかった。あの近くに木炭を大量に焼けるほどの木はない。
ならば、ナオト、いまから出掛けて、吾れらが見てきたあのトゥバの鉄窯のようなところを探そう。あのときお前が言っていたように、砂鉄が採れ、近くに森のある場所だ。そこに炭窯と鉄窯を新しく作ればいいだろう?」
――それはそうだ。
「エレグゼン、お前は本当によく頭が回る」
ナオトが真顔で言うと、エレグゼンは口の端で笑い、立ち上がって、
「行くぞ!」
と、牧場に向かった。ナオトが慌てて続いた。
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