『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[137]サカ族と砂金
第6章 北の鉄窯を巡る旅
第4節 サカ人
[137] ■1話 遠征十八日目 サカ族と砂金
トゥバ盆地を目指して、立ちはだかる岩に苦労しながら川沿いに進んでいるとき、ナオトが、
「サカ人とはどんな人たちだ?」
と訊いた。フヨの入り江でドルジの話に出てきたときからずっと気になっていた。
左を行くエレグゼンが振り返り、ちょっと考えてから、まあ、いいだろうというように話しはじめた。
「サカ人というのは、西からカザフ草原にやって来て、何百年も前にアルタイの北に住みはじめた人々だ。ソヨンの北にもいた。いまもいると聞くが、吾れはまだ見たことがない。
我ら匈奴の祖先が南からゴビを越えて来て抑えるまでは、モンゴル高原はサカ人が支配していたと言い伝えられている。馬に乗るのも、金を掘るのも、鉄を作ることさえ、サカ人がモンゴル高原に伝えた。ムギを育てるのも、金を細工するのも、それを西の商人と交易するのも、みな、サカ人がはじめたことだ。
匈奴は死人が出たときでなければ土は掘らない。そういう匈奴が、川を探れば黄金が出ると見つけたなどということがあると思うか?」
「……。サカ人はテュルク族なのか?」
「いや、違う。話す言葉はペルシャ語に近いらしい」
「ペルシャ? ペルシャとははるか西にある国ではなかったか?」
「そうだ。吾れもなぜそうなるのかと思う。しかし、古くからの匈奴の言い伝えでは、大昔、サカ人は北にある草原の道を通って、ペルシャ人が住むという西の大湖の向こうからモンゴル高原の北までやって来たのだという。もともとはペルシャ人なのだろう」
「なぜ、わざわざ北の草原を通って来たのだ?」
「険しい荒れ地を避けるためだ。お前も西の沙漠を一目見れば、なぜそこを避けたかがわかる」
――西の大湖とは、ヨーゼフが話してくれたカスピの海のことだろうか……?
「モンゴルの北とは、この間見たバイガル湖の辺りか?」
「バイガルのなお北だと思うが、吾れにはわからない。まだ行ったことがないのだ。だが、バイガル湖の周りにサカ人がいたのは確かだ。いま丁零が住んでいるところだ。
これから行くタンヌオラ山脈の北の草原のそのまた北にはソヨンの山並みがある。いま越えてきたこの川の、右に迫っている山並みの西の続きだ。サカ人はそのソヨン山脈の北の麓を渉ってきたのかもしれない。サカ人は、昔はソグディアナやバクトリアの北にもいたというからな」
――やはりバクトリアの北か。ドルジも同じことを言っていた……。
「この辺りにも大昔からサカ人が住んでいた。何百年間も守られてきた墓場がそこら中にあると聞いたことがある。丁零人の中には、古いサカ人の墓を掘って金を探す者がいるということだ」
「金の在り処が、昔の人々の住んでいたところということか?」
「口にしてみると、そう思えてくるな。吾れの父は、両親を亡くすまで、メナヒム伯父と一緒にタンヌオラの北の草原を流れる川で砂金を集める仕事を手伝っていた。おそらくは、もともとサカ人が見つけた砂金だ。じいさんたち兄弟は砂金集めの方法を新たに考え出して、方々にそのやり方を広めたそうだ。
つまり、この川に沿ってそのまま西に行けば、昔、吾れの父やメナヒム伯父たちが金を掘っていたところに出るということだ。信じられるか?」
「……。そこは、いまも匈奴が支配しているのか?」
「そうだ。いまも支配している。金が出るので手放すわけにはいかない。匈奴は、その金を使って西から食糧や武器を買っているのだからな」
「戦さがなければ、武器はいらない。そうすれば金も掘らずに済む」
「……。ナオトにはナオトの考えがある、か」
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