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Podcast#8 コメ先物市場について

先日、Podcast「東大生の米談義」#8を配信しました。
#8のテーマは「コメ先物市場について」でした。


一言名言

私は喜んでリスクを取るようにしている。
リスクのないところには、利益も成長もないから。

似鳥昭雄(株式会社ニトリ創業者/株式会社ニトリホールディングス代表取締役会長/1944年~)

 「不況、逆境を成長の糧とする」信条のもと、2008年9月のリーマン・ショック前後で6回の値下げを敢行し増収増益の記録を更新したニトリ創業者で現取締役会長の似鳥昭雄氏の言葉とされる。

 ”リスクヘッジ”の代表的手段である先物がテーマとなる今回、リスクを取るべきだという逆張りの名言から始まっているのは林のセンスと言うべきか。

 忘れてはならないのは、あらゆる訓戒はそのまま鵜呑みにしてはならないということである。例えば「やってみなければ分からない」「リスクは取るべきだ」と言う言葉を傘に犯す必要のない過ちまで犯すことは「リスクを取った勇敢な行動」とは言えない。リスクにはランクがあり、有効な対処法が一定存在するリスクは当然回避すべきである。

 勇敢と無謀を履き違えるな、とスポーツ漫画の熱血主人公が諭されるシーンを覚えている。先に見えている困難を理解した上で勝算を持って行動することをして勇敢と呼び、見え見えの落とし穴に気づきもせずただ突っ走ることは無謀と言うべきだろう。

 徹底的に検証を重ねる慎重さの上に実行の大胆さを持ち合わせた、「勇敢さ」と「臆病さ」のバランスに優れた人物になりたい。


コメ先物市場について

そもそも先物とは何か

 先物市場/先物取引とは何かについてを説明したい。

 教科書通りに言えば商品先物取引とは、将来の一定期日に一定の商品を売り又は買うことを約束して、その価格を現時点で決める取引である。

 Podcastの中では、例えば「うまい棒」先物があったとして、3か月後にうまい棒を10円で買う約束をすることであるという説明があった。

 これはうまい棒の価格がこの3ヶ月の間にある程度変動することを前提にしている。3ヶ月後にうまい棒が15円になっていたとしても10円で買える約束をすることは、うまい棒の価格変動リスクを回避しているわけである。

 また、3か月後に現物(うまい棒)受け渡しでうまい棒を買うのも良いが、仮に2か月後にうまい棒の値段が15円になったとした際には1か月後に迫る期日の日に15円で売る約束をすればその差額が利益になる。逆もまた然り。買う約束を売る約束で相殺している(=差金決済)。

 これは買い手から見た例だが、農業で言うなれば100円で販売する予定で作付した年に、他の農家の過剰生産により価格が80円に下落した際、想定より収益が下がるリスクを、3か月後に1本100円で売る約束(=先物)によって回避するということである。例え天候不順で生産量が減少して値段が上がったとして、あらかじめその価格で収入を計算しているので影響はないというわけだ。

 こうして先々の値段を見据えたりその時の見通しを踏まえたりしながら、いつ仕入れるか?販売するならば値段はいくらにするか?と常に模索する法人・個人の価格変動リスクの回避のために存在するのが先物取引である。


コメ先物市場の歴史

 遡ること300年前の1730年、世界で初めてこの「先物取引」を組織的に行ったのが大阪の堂島米会所である。

 米の生産力を基に領地を管理する石高制(Podcastでも触れた通り、1石は人1人の年間消費量とし、100万石であれば100万人を養える・動員できる領土であることを示した)が浸透した江戸時代、諸大名が年貢を米で徴収し、それを「天下の台所」大坂に運んで現金に換えていたことはよく知られている。

堂島米市の図(浪花名所図会) 広重(寛政9年(1797)~安政5年(1858))画 / 所蔵 大阪府立中之島図書館

 大坂では、江戸時代初期から余剰米の売買が行われ、年貢から地元消費分を引いたあとの米は大坂に運ばれ現物市場で取引されていた。(宮本 1988)

 各藩の蔵屋敷に運び込まれた米の証書として米切手が発行され、所有者はこれを蔵へ持ち込むことにより米を引き取ることが出来た。

 この米切手は期限内であればいつ米俵と交換しても良かったため、商人たちはしばらくの間米切手のまま市場で取引を行った。Podcastでも話したように、お米のまま取引をするのは不便であるためこの発展は想像に難くない。

 こうして米切手自体が売買されるようになると米切手の購入者は必ずしも米の実需を持つ流通者とは限らなくなり投機目的の参加者も増加し、蔵には未だ入っていない廻船中の米をあてにした米切手も発行されるようになったという。(伊藤 1993)

芳光(嘉永3年(1850)~明治24年(1891))画 / 所蔵 大阪府立中之島図書館

 すなわち、米切手の発行で無利子の融資としての資金調達が可能になったことで諸大名の米の裏付けのない「空切手」の発行が日常化し、実際に大坂に存在する米の量以上の米切手が大坂市場を飛び交うことになったわけだ。

 江戸時代中期の儒学者中井竹山に「不実商」「虚商」「空商」と言わしめるほど発展した米切手の取引だが、電卓のない時代に大量の取引を帳簿(帳合)上で滞りなく精算出来た当時の商人の計算・処理能力には感服するほかない。

 ここで、当時1748年に刊行された「米穀売買出世車図式」という書物に「万両の金を得んも、目もふらぬ間なり」と記されるほど、投機マネーがコメ先物市場を動かしていたことにも触れておきたい。

 当初幕府はこの投機目的の市場を好ましくないと考え禁止令を出したり、江戸の町人の申請には許可を出したりと方針が定まらなかったが、米将軍と言われた江戸幕府第八代将軍徳川吉宗の米価引き立ての思惑のもと、1730年、堂島米会所が公式に認可を受けることになった。(宮本 1988)

 ここにおいて、帳合米市場と呼ばれる、コメ先物市場が誕生したのである。


コメ先物取引 8月スタート

以上、コメ先物市場の誕生について簡単にまとめたわけだが、現在に至るまで1869年の明治政府による取引禁止(米価騰貴の原因として)、1871年の再興と改組、大戦中1939年の米穀配給統制法による廃止と断続的な帰趨となった。

 実はこのコメ先物、2011年からは試験的に再開させようといった流れが生まれ、今年6月21日、堂島取引所が再び国から認可を受け、8月から市場を開設する運びとなっている。

 2021年には農林水産省が本格的な取引への移行を認めず一度見送られていた状況から一転して認可を受けたコメ先物においては、「お米の価格決定の透明性が不十分だ」という指摘から去年10月に開設されている現物市場と併せて活発な取引が行われることによって、価格の目安としての役割を果たすことができるかが注目されている。

 Podcastでは、今までコメ先物がなかった背景としてJAの思惑が大きいとした。

 上記コメ先物市場の歴史で触れたように、コメ先物には投機的なマネーゲームだとしての側面があったことから、むしろ価格を不安定にし、需給と価格の安定にはつながらないとして慎重な姿勢を示していた。

 そうしてJAグループが参加をしないことで、取引の数量が大きくは増えず、十分な生産者や流通業者の参加を確保するという基準を満たすことができなかったために認可が降りなかった。

 農林水産省のOBで農政に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹曰く

JAの稼ぎは現物のコメの販売手数料なので、現物の価格をできるだけ高い水準で維持したいと考えている。JAとしては自分たちのあずかり知らぬ先物で価格形成されてしまうと困ってしまうわけだ。一方、消費者としては市場の原理と離れたところでコメの価格が決まってしまうのは不利益になる

そうで、価格形成の主導権を誰が握るのかが主要な争点となっていた。

 こうした状況にあったコメ先物が認可を受けるようになったのはやはり、令和5年産の需給逼迫が大きいだろう。

 これまで言及してきた通り、2024年はお米業界にとって大きな転機になると見ている。今年は不況による供給減とインバウンドを中心としたコメ需要の喚起が米の価格高騰を引き起こしたとされている。しかしもっと根本的な話をすると、不況はあれ農業従事者減少や転作を受けお米の供給力が限りなく低下していることが予想以上の供給減少を引き起こしており、これまでの何年にも渡る名目・実質双方の減反政策や生産調整を経て需給が均衡しつつあるのだろう。

 こうなれば、市場原理の果たす役割は大きくなる。生産者は、消費者の需要を読みながら自らの判断でコメづくりを行う必要が出てくる。経済学の基礎的な部分である需要曲線と供給曲線の交点である均衡点によって価格が調整されるようになる。

 そしてこの場合、消費者の需要に大きく振り回されることになりかねない販売価格を予想し自身の利益を確保する必要が生産者側に生まれ、コメ先物市場の参加者が増加することが見込まれる。

 今年の米の需給逼迫は単なる米騒動的一過性の問題ではなく、戦後長い間国がコメの価格を決めてきたことによる農業の硬直性、限界を示すものであり、市場原理に基づく価格決定へ移行する前兆と捉えることができる。

 農業従事者減少と減反政策、需給逼迫、コメ先物の認可、スマート・オコメ・チェーンによるデータ一元管理、そしてその根本としての農業基本法改正の全ては繋がっている。2024年は改めて、お米業界の転換点となろう。


農家さん紹介

 毎週気になっているなりお世話になっている農家さんを紹介するコーナー。 第8回は北海道剣淵町のお米農家「どてら兄弟」さん。

 見ていてとにかく面白いこと、RICE DAOのインスタグラムにいつも良いねをしてくださることから、自分自身大好きな農家さんとして紹介させていただいた。

 農業系のインスタグラムは農業の現状を説明して問題提起を行ったり、農業のリアルを語ったりすることで伸びている人が多い印象だが、このどてら兄弟さんはお笑い一本でフォロワーを2万人以上獲得している。本当によく見させてもらっているのだが、とにかく毎日がめちゃくちゃ楽しそうで、「自分も農業をやってみたい」と思わせてくれる農家さんだ。

 インスタグラムのフォローを強くお勧めした上で、今年度産が出来たら是非皆さんにも食べてみてもらいたいと思う。


ここまで読んでいただきありがとうございます!
#9は「都知事選から見るお米の未来」を配信しています!
次回もお楽しみに!


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