読みやすくした遠野物語⑤マヨヒガ(迷い家)
ある小さな国の三浦という人は、村で一番の富豪です。
今から2、3世代前の主人はまだ家が貧しく、その妻は少し鈍感でした。
ある日、妻が家の前を流れる小川に沿ってふきを採りに行きましたが、良いものが少ないため、だんだんと谷の奥深くまで入っていきました。
すると、立派な黒い門の家がありました。
不思議に思いつつ門の中に入ると、大きな庭があり、赤と白の花が一面に咲いていて、鶏がたくさん遊んでいました。
庭の裏には牛小屋があり、たくさんの牛がおり、馬小屋もありましたが、人の姿は一切ありませんでした。
ついに玄関から中に入ると、朱色と黒色の膳椀がたくさん置いてありました。
奥の部屋には火鉢があり、鉄瓶でお湯が沸かされているのが見えましたが、やはり人の姿はありませんでした。
これはもしかしたら山男の家ではないかと恐ろしくなり、急いで家に戻りました。
この話を人にしたものの、本当だと信じる人はいませんでした。
またある日、家の近くで物を洗っていると、川上から赤い椀が流れてきました。
とても美しかったので拾い上げましたが、これを食器として使うと汚いと叱られるのではないかと思い、米やひえなどの穀物を量る箱に入れて置きました。
この器を使って量り始めてからは、穀物が尽きることがありませんでした。
家の人もこれを不思議に思い、女性に尋ねたとき、初めて川から拾ったことを話しました。
この家はそれから運が向いて、今の三浦家となりました。
遠野では、山中にある不思議な家を「マヨイガ」と言います。
マヨイガにたどり着いた人は、その家の中の何でも良いので持ち出して来るべきだとされます。
その人に幸運をもたらすために、そういう家が現れるのです。
この女性が欲を持たずに何も盗まずにいたため、その椀が自ら流れてきたのでしょうと言われています。
金沢村は白望の麓にあり、特に人通りの少ない山奥に位置しています。
6、7年前、この村から栃内村の山崎家に娘の婿を迎えました。
この婿が実家に行こうとして山道で迷い、マヨイガにたどり着きました。
家の様子や牛馬の多さ、花が赤白に咲いていることなど、全て前の話と同じでした。
同じく玄関に入ると、膳椀が置かれた部屋があり、座敷では鉄瓶でお湯が沸かされており、まるで今にも茶を煮るところのようでした。
しかし、人の気配は感じられず、次第に恐ろしくなり、引き返して結局、小国の村里に出ました。
小国ではこの話を本当だとする人はいませんでしたが、山崎の方では、それがマヨイガだとし、膳椀などを持ち帰って長者になろうと多くの人が山奥へ入りましたが、誰も何も見つけることができず、空しく帰ってきました。
その婿も結局、富豪になったとは聞いていません。