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80の壁をどう乗り越えていくか、落日の日本をバンコクに見た
さて、せっかくタイに来ていますのでタイの最新情報も流しながら80の壁をどう乗り越え、さらにその先、どう行くかの話を進めたいと思います。80になっても一人で海外の旅もできるし(と言ってもタイには8年住んでいましたから、私に取ってはいわば第二の祖国ですが)、長期に(と言っても30日程度ですが)国外をブラつくことも可能だということを証明したいと思います。
バンコクの中心街の一つにシーロム地区があるのは有名です。
オフィス街であり、歓楽街でもありました。ホテルの数も多い地域です。しかし、この10年でシーロム界隈はすっかり寂れてきました。巨大なビルには大手企業のオフィスが残っていますし、タイ国内で最大の金融機関(バンコク銀行)の本店もシーロムにあります。最大の小売業の一つと言われるセントラルのシーロム店もあります。パッポン通り、タニヤ通りなどの歓楽街も残っています。
が、どこもかしこもかつての賑わいや華やかさは有りません。心なしか、人通りも以前より少ないと感じます。老舗のホテル「タワナ・ラマダ」も現在は閉鎖中で立て替えるのかどうか・・・。友人に会うためにスクンビット通り、ソイナナに行きましたが、歓楽街は完全にそちらに写っているようでした。その辺りのレポートは機会を見て報告したいと思います。
シーロム通りのほぼ中心に高架線BTSのサラデーン駅がありますが、駅の直近に「ドンキ」が出店していました。時代はどんどん、変化しています。
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そごう、東急、伊勢丹と日本を代表する小売はとっくに閉店しています。ドモールやロータスなどの地元スーパーへ行っても、並んでいる電化製品はLG,SAMSUNG,HAIERですし(ソニー、パナソニック、東芝、NEC、SHARPはどこにもありません)、スマホは中国製か韓国製で、アイフォンが少し置いてあるくらいです。
(携帯電話でタイの市場を席巻していたノキアの製品は今、一台もありません。倒
産の危機に直面していたノキアは企業の総力とフィンランドの政策支援を得てス
マホのネットワークづくりやクラウドに生き残りの道を見つけ、復活を遂げてい
ます)
走っている車は日本製(トヨタ、ホンダ、Isuzu)が圧倒的ですが、ライトバンは韓国・現代が食い込んでいますし、EVは中国(BYDなど)が圧倒しています。近い将来、日本の車は駆逐されるかもしれない危険な状態に置かれています。
ついでながら、タイで発展中の交通機関(鉄道)の中心はドイツのシーメンスですし、この分野にも中国が進出してくるのは時間の問題でしょう。日本の国力は目に見えて落ち目となっていますが、首相はアメリカに次いでヨーロッパを外遊していて、息子の秘書官に公用車でロンドンの中心街にある高級百貨店のハロッズに「お土産」を買いに行かせ、「それは公務だ」と言っているそうですが、大して立派な「公務」だと思います。これでは国の力が落ちるのも仕方がないですね。
トシヨリが長生きしても、この先の日本には希望が持てない、ますます悪くなる日本を見ながら死んでいくのは耐えられないところです。子供や孫たちに夢を失わせるようではおじいちゃんも失格です。
80を過ぎたら、孫に何かを残していきたいと思いますね。
「おじいちゃんは僕たちのために社会的な運動・行動をしてくれたんだ」というものを残したい・・。そんな気持ちにさせるこの頃の日本の「ていたらく」です。
「表紙の写真はスペイン・グラナダ駅を出発するレンフェ(新幹線)です〉
〈下の写真はレンフェの列車内です〉
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