ある教団での会話 (3/7)
頭の中で今までゼータから聞いた話を転がしていた。
しばらくすると、ゼータが戻ってきた。
ゼータは再びチョークを手に取った。
「足し算を材料に引き算という操作を作り上げた。同じく足し算を材料に、また別の操作を作り上げてみよう。」
ゼータは石板に「足し算→引き算」と書き、今度は
足し算
↓
と書き付けた。
「…自然な思考の流れ」
ゼータは口を開いた。
「『こういう操作が必要なんじゃないか』『こういう操作を新たに作れば便利になるんじゃないか』といった、思考の自然な流れが肝心だ。その流れさえ抑えていれば、むやみやたらに暗記する必要はない。」
私は同意した。
「足し算を使って計算していると、めんどくさいと思う場面がある。例えば、同じ数が連続したり……。」
$${3+ 3+ 3 + 3+ 3+ 3+ 3}$$
「毎度毎度書くのはめんどくさい、表記を纏められないだろうか。$${3}$$が$${7}$$つあるので、$${3}$$と$${7}$$を抽出して$${3 \times 7}$$という操作、掛け算を新たに作り上げて、こう表記すると決める。」
$${3 \times 7 := 3+ 3+ 3 + 3+ 3+ 3+ 3}$$
「これで式を書くのが楽になった。ただそれだけだが、掛け算の世界は奥が深い。」
「例えば、$${9}$$の次の自然数を$${10}$$と定義する。」
$${10 := 9 + 1}$$
「そして、次の数字をこのように表記する。」
$${11 := 1 \times 10 + 1}$$
「増やしていけば$${23:=2 \times 10 + 3}$$、$${273:=2 \times 10 \times 10 + 7 \times 10 + 3}$$となる。
「数の種類を増やすごとに文字を考案する必要がなく、$${0}$$~$${9}$$までの10種類の文字を組み合わせることでいくらでも自然数を表せる。」
「便利ですね。」
私は口をはさんだ。
「掛け算の導入はただ便利なだけで無味乾燥だが、そこから豊かで驚くべき知見が得られる。素数や、不定方程式の整数解とか。」
「また、逆操作を考えるんですか?」
私は自分の推測を口にした。
「その通り。$${2 \times x = 6}$$であるような$${x}$$を$${6 \div 2}$$で表す。そして、引き算同様、この操作:割り算からも新たな数の世界が生まれる。」
「例えば、$${2 \times x = 3}$$を成立させる自然数$${x}$$は存在しない。ならば、そのような数を新たに作ればよい。引き算のときは自然数$${a}$$に記号$${-}$$を付けて負数$${-a}$$を生成し、表現したが、割り算のときは$${a \div b}$$の材料としている自然数$${a, b}$$をもとに$${\frac{a}{b}}$$と表現する。」
「具体的に、日常生活ではどのように使いますか?」
「$${6}$$匹の羊を兄弟$${3}$$人で平等に分けるとき、一人当たり$${6 \div 3 = 2}$$匹の羊を得る。根拠は、仮に一人$${x}$$匹の羊をもらうとき、$${3 \times x = 6}$$が成り立つから、$${x = 6 \div 3}$$となる。」
「あ、えーと、割り算の話ではなく、新たに生成した数$${\frac{a}{b}}$$の話です。$${\frac{a}{b}}$$は現実に存在する数なんでしょうか。」
私は口をはさんだ。
「$${1}$$個のりんごを$${2}$$人で平等に分けたとき、一人何個のりんごを得られるだろうか? 一人$${x}$$個もらえると仮置きすると、$${x}$$は式$${2 \times x = 1}$$を成り立たせなければならない。しかし、そのような自然数$${x}$$は存在しない、困った。だから、新しく都合のよい数を作る。式$${2 \times x = 1}$$を成り立たせる、実在する数$${x}$$を$${\frac{1}{2}}$$と書き表すと決めた。$${x}$$を登場させずに書くなら$${1 \div 2 = \frac{1}{2}}$$。」
「半分のりんごを表現する方法として、$${\frac{1}{2}}$$というわけですね。」
「そう、実在する数なんだ。」
ゼータは言った。
「"割り算"を導入し、$${\frac{a}{b}}$$まで拡張する。そして、世界の全ては$${\frac{a}{b}}$$で構成されているというのが、わが教団の根本思想なんだ。」
ゼータは手を広げた。
「我が教団の教祖は発見した。2つの金属棒の長さが自然数比$${\frac{a}{b}}$$を成すとき、美しい和音を成すと。世界は調和(ハルモニア)を成す、だから自然数比$${\frac{a}{b}}$$が世界の全てを表現する。」
理解して頂けただろうか、とゼータは付け加えた。
私は一応は納得した。世界は"個数"から成り立ち、そして万物はその比から成り立つ。だから、$${\frac{a}{b}}$$で表せないものはないと。
一方で、疑問に思っていたことがあった。
「今、こうなっているじゃないですか。」
私は自分のメモ書きをゼータに見せた。
$${0}$$と$${1}$$
↓
足し算→(逆)引き算
└自然数 └負の数
↓(簡略化)
掛け算→(逆)割り算
└比
「そうであるならば、掛け算を簡略してまた新たな操作を考え、さらに逆操作を決めればまた新たな数の世界を作り出せるのではないでしょうか。」
私としては素朴な疑問だったが、どうしてだろう、ゼータは口ごもった。
「理論上、作ることは可能だが、実用性に乏しい、私はそう考えている。10進法も、$${10, 100}$$なら日常見かけるが、$${100000000000, 100000000000000}$$のような数は、まず普段見かけないだろう? 観念の世界でいくらでも作り出せるが、日常まず見かけない、その上あまり使用もしないから、考えたところで実りがないんじゃないだろうか。少なくとも私はそう考えている。数$${\frac{a}{b}}$$で表せない対象を、私は見たことない。」
こころなしか、歯切れが悪く感じたが、心に留めるものでもないと思い流した。
「わかりやすい説明、ありがとうございました。数の研究頑張ります。」
私はゼータにお礼を言った。
「明日は、また別の人が、図形についての話をするから、今日はゆっくり休みなさい。一通りの分野の話を聞いて、自分が特に何の種類の数を研究するのかを考えておくように。」
解散、と言って、ゼータは翻した。