ブラッティメアリー #3
女の突然の言葉に僕は狼狽した。
だが、待てよ・・・。
昨日初めてこの女に出会った時からの会話のやりとりを思い返していた。
この女、超テキトー。
超いいかげん。
だから僕の次に発する言葉は必然的にこうなった。
「なぜ、そのように思うのですか?」
根拠のないことで、恋人が僕のもとから何も告げずにいなくなった・・などという自分の恥部をわざわざこちらから話すことはない。
女はまた言う。
「だって、私サイキックだもん。」
う。呆れた・・・。
ただただ呆れた。
そして、女は僕の呆れ顔など一瞥するだけで、「サ~イキィ~ック、マ~ジ~ックっ♪ちゃっちゃちゃ、ちゃちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃちゃちゃら~♪」などと口ずさみ・・・
歌詞、知らないんだったら歌うなよ・・・。
女は舞台裏・・・バックヤードに消えていった。
店を後にした。
なぜならあの女の「探し物」の話は適当に勘だけで言っていたのかもしれないと思ったからだ。
いずれにせよ、少しひっかかるところはなきにしもあらず、やはりこれ以上あのような奇妙な場所と怪しげな女に関わりたくなかった。
宿としてとった駅前のホテルに戻り、シャワーを浴び、これからどうするかを考えた。
勤務先には有給をとって仕事はあまりたまらないようにはしてきた。
だが、突然のことに僕はいてもたってもいられなくなって、この片田舎に来てしまったが、恋人の行方に何の手がかりもないことを改めて知らされた。
彼女の実家はもうない。
彼女は天涯孤独なのである。
僕の親はそのことについて、少しの心配をしていたが、彼女に会わせると、その不安は消え去ったようだ。
それだけ彼女は「きちんとしていて」「しっかり者で」「かわいいお嫁さんになれるはず」だったからである。
彼女の容姿については加藤あい似のかわいらしい細面、華奢な身体に似合わず、くるくるとよく動く。
流行の洋服よりちょっとダサめの格好をしていて、ブランドのバックをとっかえひっかえ買い換えるような浪費家でもない。
髪は今時の巻き髪なんかじゃない。
手入れの行き届いたストレートヘアのセミロング。
もちろん、染めてもいない。
一緒にラーメンを食べに行った時、ポーチの中から髪ゴムを出して、きちんとその髪をしばった。
そういうひとつひとつの仕草にも好感が持てた。
化粧も控えめだ。
間違っても今時の妙齢の女達のように睫毛が直角に向いているなどということもない。
そう、睫毛が直角・・・
あれはいけない。
・・・と、彼女のあれやこれやを思い出しては、僕はなぜか涙が出てきた。
と同時に、「睫毛が直角の女」を思い出してしまった。
そう、昨日出会ったあの女・・・。
今日、その女から・・その場所から・・・逃げ出すようにして出てきたばかりなのに。
どうして、睫毛があんなに90度なんだろう?
どうしてあんな赤いルージュをひくのだろう?
どうして若いのに(?)白髪なのだろう?
どうして金八先生のドラマを知っているのだろう?
どうしてゴダイゴを口ずさむのだろう?
どうして自分をサイキックと堂々と言えるのだろうか・・・。
僕の中でこのいくつかの「どうして」が気になって、頭の中でかき消そうとしてもそれを抗うことはできなかった。
そして、結局またあの女の所へのこのこと出向くことにしたのだ。
「ワォ!来てくれたの~!旅人っ!!」
またかよ、おい。
旅人って呼ぶのはやめてくれ。
「いや、その、フレッシュなジュースのブラッディメアリーを飲みそびれたと思って。」
「アハハハハ!あの冗談、ウケてくれると思ったのに、言った途端、ぶっ倒れちゃうんだもんなー、旅人ってば。」
だから~、旅人って言うのはもうやめてくれないかなぁ・・・。
で、やっぱりジョークだったと知った途端、むっとして
運ばれてきたブラッディメアリーをしげしげと見る。
あの鉄っぽい味はなんだったんだろうか?
気のせいか・・・疲れていたのかな。
しかし、鉄の味なんて味わったこともないのにな・・・。
バカみたい!
「あのさ~、旅人の探し物は見つかった?」と女。
ああ、そうだった。
この女はサイキックだなんだと言いながら、僕にかまをかけてきたのだった。
「と、言いますと?」
わざと聞き返してやった。
「女の勘・・・なんだけどね。」
出た!出ました!女の勘・・・。
この女、やっぱり睨んだとおり、かなりいいかげん。
「では今日ここを出る時、仰ったことは・・・」と、後に続く言葉を飲み込んだ。
「・・・。」
女は黙っている。
この数十秒間の沈黙が怖い。
昨日もそうだった。
この女は突拍子もないことを言い出した。
そして、その言葉を聞き、「疲れているだろう」僕はここで倒れてしまったのだ。
あれは失神に近いものがある。
だけど今日は心構えも万全だ。
もう何を聞いても驚くもんか!
さぁ、来い。
口を開け。
どんな「ジョーク」でも聞いてやるぞ。
なんならその「ジョーク」に対して、理路整然と論を打って(ぶって)やってもいいぞ。
いいかげんな奴は嫌いだ。
僕はそういうことを毎日毎日飽きるほどやっている。
仕事で。
もう身体の一部になっているのだ。
負けるものか!
・・・と、なぜかこの女にムキになっている自分がいた。
はっとして、「僕としたことが・・・。」
大人げない自分に気づき、肩の力を抜こうとひとつ深呼吸をした。
と、その瞬間、女は言った。
「女はね~、安心して老けられるっていう幸せを夢見て、結婚するんだな~。」
は?
意味がわかんねー。
きょとんとしている僕にかまわず、女は続けた。
「最近の女って、いろいろ大変じゃん?毎日毎日”他者と”戦ってんだよね~。そのスタートラインが女にとっては結婚ってことなのよ~。結婚は決してゴールじゃないんだよねー。結婚できなかったり、しなかったりする女も増えたけど、みんなやっぱり結婚って二文字をさ~、気にして生きてんのよ。で、さぁ~、結婚してもそれが即「安心」ってわけじゃなくってさ~。結婚したらしたで、まだ戦いは続くのよ。終わらない。でさぁ~・・・・・」
この女は何が言いたいのだろうか?
まだごちゃごちゃごちゃごちゃ喋ってるんだけど、よくわからないので、今度は僕がテキトーに聞いているふり。
お!このブラッディメアリー旨いじゃん。
この女、腕は確かなんだな。
そういえば昨日のサンドイッチも、今朝の味噌汁もずいぶんと旨かった。
あんなナリして、女らしいんだな・・・などと、ニヤニヤしていると・・・
突然、女は大きな声で叫んだ。
「アンタ、人の話聞いてるっ?」
そして、次に発せられた女の言葉は信じられないものだった。
「アンタが捜している女は整形しているよ!」
そして、こう続けた。
「彼女はアンタと結婚して、子供が出来たら、アンタ似じゃなかった時のことを心配している。」
今日の僕はもう倒れこそしなかったが、口に含んだ赤いカクテルを噴き出してしまい、その時の僕は、女と同じ「人を食ってきたような」オバQみたいな顔になっていたそうだ。
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