観光産業におけるマイクロモビリティの新たな可能性と展望:グローバル事例と日本の未来像
はじめに
観光地における移動手段の多様化が、いま世界的な潮流となっています。特に注目を集めているのが、電動キックボードや電動自転車などのマイクロモビリティです。最新の調査によれば、日本国内でのマイクロモビリティの認知度は39.4%に達し、特に都市部での短距離移動手段として注目を集めています。
しかし、この数字の持つ意味は単なる認知度の高さだけではありません。それは、観光のあり方自体を変える可能性を秘めた新しいモビリティの台頭を示唆しているのです。
世界の観光地におけるマイクロモビリティの現状
パリの先進的な取り組み
パリは、観光とマイクロモビリティの融合において、世界をリードする存在となっています。2024年パリオリンピックに合わせ、市内の移動手段の電動化を積極的に推進しておりました。特に注目すべきは「Paris Respire(パリは呼吸する)」プログラムです。このプログラムでは、週末に特定のエリアを車両通行禁止にし、代わりに電動自転車や電動キックボードなどのマイクロモビリティを優先的に通行させています。その結果、観光客の回遊性が大幅に向上し、また地域住民の生活の質も改善されているという報告があります。
特筆すべきは、観光スポット周辺での駐車スペースの確保方法です。歴史的建造物の景観を損なわないよう、地下や既存の駐車場を活用した専用ステーションを設置し、観光客と地域住民の双方から高い評価を得ています。
コペンハーゲンのスマートモビリティ戦略
デンマークの首都コペンハーゲンでは、「スマートモビリティ2030」という長期戦略のもと、観光客向けのモビリティサービスを展開しています。特に注目すべきは、公共交通機関とマイクロモビリティを組み合わせた「ハイブリッドモビリティ」の考え方です。
例えば、市内の主要ホテルには電動自転車のステーションが設置され、宿泊客は専用アプリを通じて、公共交通機関の定期券と電動自転車の利用権をセットで購入することができます。これにより、観光客は天候や目的地に応じて最適な移動手段を選択できるようになっています。
スペイン・バルセロナのスーパーブロック構想
バルセロナで実施されている「スーパーブロック」構想は、マイクロモビリティと観光の新しい関係性を示す好例です。9つの街区を1つのブロックとして、その内部は自動車の通行を制限し、代わりにマイクロモビリティや歩行者を優先する仕組みを導入しています。
観光客向けには、スーパーブロック内を巡る専用の電動キックボードツアーが人気を集めており、ガウディ建築などの観光スポットを効率的に回れると好評です。また、観光ガイド付きのツアーでは、移動しながら詳しい解説を受けられるため、より深い文化体験が可能になっています。
日本国内の現状と課題
京都における実証実験の成果
京都市では、東西の観光スポットを結ぶ移動手段として、電動アシスト自転車のシェアリングサービスが定着しつつあります。特に、東山から嵐山方面への移動手段として、観光客からの支持を得ています。
最新のデータによれば、マイクロモビリティ利用者の満足度は極めて高く、特に「自分のペースで観光できる」(24.1%)、「環境に優しい」(21.0%)という点が高く評価されています。
一方で、LUUPなどの電動キックボードサービスについては、安全面での課題が指摘されています。特に、歩行者との接触事故や不適切な駐車による問題が報告されており、より厳密なルール作りと利用者教育の必要性が認識されています。
鎌倉市のオンデマンド交通との連携
鎌倉市では、観光地における新しいモビリティの形として、オンデマンドバスとマイクロモビリティを組み合わせたサービスの実証実験が行われていました(2021.1終了)。AI技術を活用したオンデマンドバスが、主要駅と観光スポットを結ぶ幹線として機能し、そこからの「ラストワンマイル」をマイクロモビリティでカバーするという考え方です。
現在は観光地における新しいモビリティの形として、セミオンデマンドバスを導入しています。これは、事前に設定されたルートと時間帯の中で予約に応じて運行する方式で、観光客の需要に柔軟に対応しながらも、運行の効率性を確保することに成功しています。このセミオンデマンド型の交通システムと、観光スポット周辺でのマイクロモビリティを組み合わせることで、より効果的な観光周遊の実現を目指しています。
沖縄県での島嶼間移動における活用
沖縄県では、離島観光における新しい移動手段として、電動バイクの導入が進められています。特に、小規模な離島では、環境負荷の低減と観光体験の質の向上を両立する手段として注目されています。
実際、石垣島や宮古島では、電動バイクのレンタルサービスが観光客から高い評価を得ており、特にビーチホッピングや離島ならではの景観を楽しむための移動手段として人気を集めています。
観光DXとの連携による新たな可能性
MaaSプラットフォームとの統合
観光地におけるマイクロモビリティの真価は、MaaS(Mobility as a Service)との連携により、さらに高まる可能性があります。実際、福岡市では、観光MaaSの実証実験において、公共交通機関とマイクロモビリティを統合した予約・決済システムを導入し、観光客の利便性向上を図っています。
このシステムでは、観光客は専用アプリを通じて、バス・電車などの公共交通機関と、電動自転車やシェアサイクルなどのマイクロモビリティを、一つのプラットフォームで予約・決済することができます。さらに、観光スポットの混雑状況やリアルタイムの運行情報も確認できるため、より効率的な観光プランの立案が可能になっています。
AIを活用した需要予測と配車最適化
マイクロモビリティの運営において、AI技術の活用も進んでいます。例えば、名古屋市での実証実験では、過去の利用データと天候、イベント情報などのビッグデータを分析し、時間帯や場所ごとの需要を予測するシステムが導入されています。
これにより、観光客が集中する時間帯や場所に事前に車両を配置することが可能となり、利用者の待ち時間短縮と運営効率の向上が実現しています。
観光コンテンツとの連携
マイクロモビリティは、単なる移動手段としてだけでなく、観光コンテンツの一部としても注目されています。例えば、長崎市では、坂道の多い街並みを活かした電動アシスト自転車ツアーが人気を集めています。
参加者は、ガイドの案内のもと、通常のバスツアーでは訪れることが難しい路地裏や高台の展望スポットを巡ることができ、より深い地域体験が可能になっています。
今後の展望と課題
安全性の確保と利用環境の整備
マイクロモビリティの普及に向けては、安全性の確保が最重要課題となります。特に、電動キックボードについては、歩行者との共存方法や、適切な走行空間の確保が課題となっています。
この点について、国土交通省は2024年より、観光地における電動キックボードの走行空間整備に関するガイドラインを策定し、各地域の実情に応じた整備を促進しています。
地域特性に応じた展開
マイクロモビリティの導入には、各地域の特性を十分に考慮する必要があります。例えば、京都のような歴史的な街並みを持つ地域では、景観との調和や伝統的な生活様式への配慮が重要となります。
実際の調査データでも、ポートの設置希望場所として、交通施設(32.7%)、商業施設(30.2%)、宿泊施設(26.2%)が上位に挙げられており、これらの場所を中心とした戦略的な配置が求められています。
環境負荷の低減
マイクロモビリティの導入は、観光地における環境負荷の低減にも貢献します。実際、パリでの調査では、マイクロモビリティの導入により、観光関連の自動車利用が約15%減少したという報告があります。
日本においても、環境配慮型の観光地づくりの一環として、マイクロモビリティの活用が注目されています。特に、自然公園や世界遺産地域などでは、環境への影響を最小限に抑えつつ、観光客の利便性を確保する手段として期待されています。
観光産業における新たなビジネスモデル
マイクロモビリティは、観光産業に新たなビジネス機会をもたらす可能性があります。例えば、宿泊施設による電動自転車の提供や、観光ガイド付きの電動キックボードツアーなど、様々なサービスの展開が考えられます。
また、観光客の行動データの収集・分析により、より効果的な観光プロモーションや、地域の観光資源の価値向上にもつながることが期待されています。
インフラ整備と法規制の整備
マイクロモビリティの本格的な普及に向けては、充電インフラの整備や、適切な法規制の整備が不可欠です。特に、観光地においては、季節や時間帯による利用の変動が大きいため、柔軟な対応が求められます。
この点について、国土交通省と観光庁は連携して、観光地におけるマイクロモビリティの利用環境整備に関するガイドラインの策定を進めています。
具体的な導入戦略
段階的な展開プロセス
マイクロモビリティの導入は、段階的に進めることが重要です。まずは、主要な観光スポット周辺での小規模な実証実験から始め、利用状況や課題を把握した上で、徐々にサービスエリアを拡大していくアプローチが推奨されます。
地域住民との合意形成
マイクロモビリティの導入には、地域住民の理解と協力が不可欠です。定期的な説明会の開催や、地域住民向けの優待制度の導入など、地域との共生を図る取り組みが必要となります。
観光事業者との連携
観光事業者との連携も重要な要素となります。例えば、宿泊施設や観光施設での利用案内、観光ガイドとの協力によるツアー造成など、様々な形での連携が考えられます。
おわりに
マイクロモビリティは、観光産業に新たな可能性をもたらす存在として、ますます注目を集めています。特に、観光DXとの連携により、その可能性はさらに広がりを見せています。
一方で、安全性の確保や地域との共生など、解決すべき課題も残されています。これらの課題に真摯に向き合い、適切な解決策を見出していくことが、持続可能な観光地づくりには不可欠です。
私たち観光事業者には、世界の先進事例や各地域の特性を十分に理解した上で、マイクロモビリティを観光地の新たな価値創造につなげていく責任があります。その実現に向けて、今後も積極的な取り組みを続けていく必要があるでしょう。
調査データ出典:MMD研究所(2024年10月実施、全国18-69歳の男女7,000人対象)