スタンドオフミサイルの定義を再考する
最近何かと話題のスタンドオフミサイルですが、その定義は一体どういったものなのでしょうか。一般的に言われている定義を確認し、新し考え方も必要なのでは?という私の考えも書いていこうと思います。
Standoff とは何か
Standoff という言葉は特別な軍事用語ではありません。辞書的には「離れて立った状態、孤立」などの意味があります。また、ラグビーのポジションの名前にも使われています。スタンドオフは「スクラムハーフから最初のパスを受けて、キック、パス、などの判断を行い、攻撃の起点となる役割」という説明をなされることが多くあります。
このように「スタンドオフ」という言葉は「離れている」というイメージに基づき、様々な場面で用いられています。
スタンドオフミサイルの定義とは
スタンドオフミサイルとは普通、対地・対艦ミサイルに対して使われる言葉です。一般的には「敵の防空兵器の射程外から発射できるミサイルであり、射手の安全を確保することが出来るもの」という定義が正しいとされています。基準となっているのは相対する敵の防空兵器の能力(実質的には対空ミサイルの射程)となっています。
例としてJSMなどがよく示されます。JSMはF-35から発射される空対艦ミサイルで、射程500kmという長射程をもって艦艇の持つ対空ミサイルの脅威圏外から射撃することが可能となっています。
スタンドオフミサイルが目指すものは
次に、一歩引いてスタンドオフミサイルが目指すところを整理してみます。最も大切な点は射手・発射母体の安全性の確保ではないでしょうか。SM-6やS-500など射程が数百kmにもなる対空ミサイルが装備化され、その能力は向上し続けています。そういった環境の中でも射手の安全を確保し攻撃を成功させるためにスタンドオフミサイルが必要となっているわけです。隊員の損失を抑えることは人命の保護という観点のみならずその後の作戦の成否に大きく関わってきます。そういった観点から長射程化と誘導技術の発展(≒スタンドオフミサイルの開発)が行われているのだと考えられます。
つまり、スタンドオフミサイルとは射手の安全を確保することが出来るミサイルであり、「安全とは何か」という数値的な基準として敵防空火器の射程を用いているのではないでしょうか。
地対艦ミサイルはスタンドオフミサイルか?
12式地対艦誘導弾能力向上型(地発型・艦発型・空発型)の政策評価書の中には「多様なプラットフォームからの運用が可能なスタンド・オフ・ミサイルとして12式地対艦誘導弾能力向上型を開発する。」という文言が登場します。また、令和5年度防衛予算の概要の中には「スタンド・オフ・ミサイルによる侵攻部隊の阻止(イメージ)」という題で示される図がありますが、ここでは航空機によって発射されるミサイルの他にも地上・艦艇から発射されるミサイルも含まれています。
地対艦ミサイルはスタンドオフミサイルか?という問いに対する防衛省の回答は「Yes」であると推測できます。
スタンドオフミサイルの定義との関係
ここで疑問になるのが先に述べた「敵の対空兵器の射程を基準に取ったスタンドオフミサイルの定義」との関係です。地対艦ミサイルの発射機にとって、敵の対空ミサイルは直接の脅威ではないからです。
仮に射手の安全性という視点が重要であるならば、「安全かどうか」の基準に敵の対地・対艦ミサイル等の対抗手段の射程や能力を用いる事も必要なのではないでしょうか。
防衛省はどう説明しているのか?
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槌道政府参考人 (防衛省防衛政策局長)
スタンドオフミサイルのことだと思いますけれども、これはあくまでも脅威圏外から隊員が安全に対応する、そのための装備ということでございます。第201回国会 安全保障委員会 第7号(令和2年7月8日(水曜日)) (shugiin.go.jp)
相手方の脅威圏の外から対処可能なスタンド・オフ・ミサイルなどを整備するほか、島嶼防衛用高速滑空弾などの研究開発を推進する。防衛省・自衛隊|令和元年版防衛白書|5 自衛隊の能力などに関する主要事業 (mod.go.jp)
────────────────────────────────────────────────上の二つを見るとスタンドオフミサイルとは「相手の脅威圏外から対処可能なミサイル」という定義をしているように思えます。
また、興味深いのはその「脅威」の説明の書き口の変化です。
────────────────────────────────────────────────諸外国における軍事技術の著しい進展により、レーダーの覆域や対空火器の射程が飛躍的に拡大した結果、現状では、自衛隊の航空機は、これらの脅威の及ぶ範囲内に入って対応せざるを得なくなっています。スタンド・オフ・ミサイルの導入によって、このような脅威の及ぶ範囲の外からの対処が可能となります。この結果、隊員の安全を確保しつつ、侵攻部隊に対処することが可能となります防衛省・自衛隊|平成30年版防衛白書|コラム|<解説>スタンド・オフ・ミサイルの導入について (mod.go.jp)
各国のレーダーや各種ミサイルの性能が著しく向上していく中、自衛隊員の安全を確保しつつ、わが国への攻撃を効果的に阻止する必要があります。このため、侵攻する相手方の艦艇などに対して、脅威圏外の離れた位置から対処を行えるようスタンド・オフ防衛能力(注)の強化に取り組んでいます。防衛省・自衛隊|令和4年版防衛白書|<解説>スタンド・オフ防衛能力の強化 (mod.go.jp)
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防衛白書平成30年度版では「対空火器の射程」と述べられていたのが令和4年度版では「各種ミサイルの性能」となっています。もちろんこの二つは全く同じ事柄に対する説明ではありませんが、「脅威」の基準がこの数年で拡大しているように思われます。防衛省としては、「安全とは何か」という数値的な基準を対空火器のみに求めてはいない。そう読めるかもしれません。
スタンドオフミサイルを定義してみる
とはいえ「相手の脅威圏外から対処可能なミサイル」という基準はやや抽象的すぎる気もします。そこで
「戦術的な目的で用いられる対地・対艦ミサイルのうち、目標または目標とする領域からの対抗射撃を十分に回避できる距離から攻撃が可能なミサイル」
と定義すると分かりやすいかもしれません。
この定義において重要なのは対抗兵器の射程ではなく、その対抗兵器が自部隊へ与える影響です。たとえ敵の対地ミサイルの射程圏内だとしても、敵が反撃のために撃ってきたミサイルが30分後に到達するのであればその間に退避が可能であり、自部隊の安全を十分に確保できるのではないでしょうか。そうであれば、スタンドオフミサイルの主眼である長射程によって自部隊の安全性を高めるという点とも合致すると思います。
なぜこのような議論が起こらないのか
元も子も無いですが、それでもスタンドオフミサイルの説明として用いられるのは「防空火器の射程を基準にとった定義」です。そもそもスタンドオフミサイルという言葉には「射程の長いミサイル」くらいの意味しかないからでしょう。射程が長い結果、射手の安全が確保されるのであって「射手の安全を確保するためのミサイル」ではないのでしょう。
曖昧な基準を作るより対空ミサイルの射程という1つの明確な基準(現在では500~600km以上)さえあればよいのです。
定義にこだわり過ぎてもよくないという話
ここまでいろいろ書いておきながらアレですが、兵器を厳密な定義によって区分することは非常に難しいことです。加えて、厳密にカテゴライズしたところでそこまで意味のある結果は得られないでしょう。
また、「スタンドオフ」という言葉に特別な意味を持たせるのも良くないでしょう。冒頭でも書いたように「スタンドオフ」は広く一般に使われる言葉で様々な意味があります。軍事関連の話題に「スタンドオフ」という言葉が出てきてもその都度どういう意味で使われているのかを確認した方が良いでしょう。
とはいえ、報道や政府発表などでこういった「言葉」は登場するものです。その「言葉」が何を意味するのか調べ、考えることで正しい理解につながるのではないかと考えています。
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