生きごこち
頭が痛いなぁ
疲れ過ぎてしまったのかなぁ
書類に追われて、髄液が沸いて
ボコボコ言ってらぁ
足が自分の足じゃないみたいだ
怠いなぁ、なんだろうなぁ
あれ?熱が…39度3分って
体温計壊れちゃったのかなぁ?
あ、これってもしかして
アレか…アレが来たのか…
空間の感覚も時間の感覚も
体の感覚もドロドロに溶けてしまって
丸々2日間は記憶が曖昧でした
かかりつけの医院に連絡をして
特効薬だとか、頓服薬だとか
そこまではよかったんですけど
その日から、保健所や厚労省からのメール
普通なら大人しく寝ていたいところが
朝の9時前から電話やメールに叩き起こされ
ゾンビのように布団から這い出して
「調子はどうですか?」と聞かれる
そっとしといて欲しいですぅ
(本音はそれだ…)
幸い、頓服薬が効いて熱は一気に下がるも
感染症の規則で外出は出来ない
保健所からの最終連絡があるまでは
近親者に甘える他ない
自分は恵まれていた
これが、一人暮らしだったら
助けてくれる身内や家族がそばに
頼れる人が誰も居なかったら…と
想像したら、正直心が折れただろうな
4日目からは、食欲もでてきて
3kg痩せた体重を戻して、体力つけなきゃ!
リモートで仕事もなんとかなってるけど
復帰したら休んだ分、埋めなきゃ!
なんて、思ってた
その夜、自分の身に起きた変化に
薄ら違和感を覚えたんだけど
「生きてる心地がしてない」
何かが欠落していた
なんだろう?落ち着かない!
朝になって、やっと分かった
遮光カーテンを開けて、窓を開けて
燦々と輝く外の景色と鳥の声
頬にあたる風を感じるのだが…
「朝の匂い」がしない
いつも使っていたヘアバームの
キャップを開けて、記憶の中に
金木犀の香りを探したけれど
何も匂わない、薄いクリームがあるだけ
凛とする朝の空気に乗って漂う
ディフューザーの淡い香りも
コーヒーの香りも
洗濯物のスンと澄んだ匂いも
いい匂いも、臭い匂いも
どこにも何もなかった
お味噌汁を作っても味も分からない
四半世紀、作り続けた物が
全然作れなくなってしまった
こういうことか…
お風呂に、入浴剤を入れても
無臭のオレンジ色のお湯が揺れる
オーガニックのシャンプーも
鼻先で泡を嗅いでも何も感じない
泡を吸い込んでしまい
激痛が鼻腔を駆け上がる
「痛い…」
当たり前のことが全部消え失せて
「わしゃ人でも殺してしもたんか?」
と振り返ってみた
料理も作れない ご飯も味がしない
香水の香り分からないから
今後の仕事に絶対影響がでる
大好きなコーヒーの香りも分からない
晴れた朝の匂い 海の匂い
レコードの匂い 好きな人の匂い
猫の頭の匂い お母さんのご飯の味
タバコの匂い 花束の匂い
自分の家の、落ち着く匂い
私の世界から、全部消えた
私は何を楽しみに日々を生きてくんだろう
頭が全部、白髪になってもいいです
だから、味覚と嗅覚を返してください!
マジで思った
丸々2日は腐った
どうせ、味分からないから
どうせ、匂いしないから って
そしたら、思考も止まっちゃって
想像力も膨らまないし
心が止まってしまって
無駄なこと考えてもしょーがないし
見ても何も感じないしさ、とか
って、視覚までシャットアウト
もうなし崩し
ここまで腐るとは…
クサクサする自分に飽きちゃって
「勘で料理だってなんとかなるかも」
って台所に立ち、テキパキ手を動かして
片付けしたり、お洗濯したり
味はなくても、元気になるために
ちゃんと食事はとろう!って
自分のことを自分が信じてやらなきゃ
どうしようもないじゃんよ!
って振り切れたら
4日目の朝
鼻先に、雨の匂いが届いてきた
遮光カーテンを開けると
窓の外に
優しい雨が降っている
久しぶりに「私は、生きている」んだ!
心の底から「生」を感じた
シトシトと春の雨が降る景色を
全身で堪能して
お風呂にお湯を貯める間も
お湯から立ち昇る湯気の匂いを
胸いっぱい吸い込んで
凛とする部屋の空気の中に
ディフューザーの微かな香りを見つけて
スーーーーーーーーー
どぅふぁあ〜〜〜〜〜!
味も、匂いも
まだ完全ではないけれど
完全に無くした数日間を思えば
もう一度、現実の世界に戻ってこれた
ような、大袈裟だけどそんな感覚
これは、味わったことがある人でないと
なんとも言えない話かも知れません
後遺症で苦しむ人の気持ちを思うと
大変だね〜なんてちょっと言えません…
みんなが感染して
集団免疫を獲得すれば、とか
安易な話でもないような気もします
ひとりでも後遺症に苦しむ方に向けた
後遺症治療の発展を願います
この経験は今だから出来たことだし
無駄にしないよう
大切に生きようと再確認の備忘録