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僕のジャガルザーは反っている



「デュエマ…?」



思わずそう呟いてしまった僕に、電車内の視線は集中した。

僕は帰宅中SNSで、昔のカードだけを使ったデュエルマスターズの遊び方があることを初めて知った。

娯楽なんていうものは週一回休みの日にするテレビゲームだけで、仕事に行っては寝る生活を繰り返してきた僕にとって、デュエマという単語は一瞬別の言語の様に感じた。



デュエマ…



突然、あの頃の情景がシャボン玉を吹かれたように頭の中になだれ込んできた。

友達と毎日遅くなるまでやっていたデュエマ。
内向的だった僕は友達と打ち解けるのが苦手だったが、デュエマを通してなら色んな人と打ち解けることができた。

当時の記憶を思い出し、胸の中は温かいものでいっぱいになる。

そんな所謂エモい気持ちになった僕は、仕事帰りに早速カードショップに立ち寄り昔のカードをかき集め、まるであの頃にタイムスリップしたかのような浮遊感のまま僕はひたすらにデッキを練った。

そんな中、僕はあるカードに目を奪われる。



『紅神龍ジャガルザー』



ジャガルザーは6マナパワー6000、W・ブレイカーをもつ火文明のドラゴン。
ターボラッシュで自分のクリーチャー全員をスピードアタッカーにする能力を持つ。

この能力も良いのだが、何よりイラストが素晴らしい。

荒れ果てた惑星に佇むその姿。
自分が知りうるどの生物よりも勇ましい角。
血管が浮き出た立派な顎。
主張し過ぎない光り方もそのカッコ良さに拍車をかけていた。

あの頃使っていたカードの中で最も惹かれたのは
『ボルシャック・ドラゴン』でも
『ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン』でもなく
『紅神龍ジャガルザー』であった。

そんなジャガルザーに見惚れていると、とあることに気がついた。


とても反っている。



偶々このジャガルザーだけが反っているのかもと思って別のジャガルザーも見てみると



とても反っている。



あ、ここにもあった。
取り出して見ると


とても反っている。


2006年トリノオリンピックかと思った。

あの時の荒川静香がジャガルザーにすり替わっていても何の違和感も無いくらい、僕のジャガルザーは反っていた。

おっと、そんなことどうでもいい。
デッキを作っている最中だった。
丁度今週の日曜日に大会があるらしい。

僕はああでもこうでもないとカードを入れ替え
最終的にそれらのジャガルザーを投入しデッキを完成させ、眠りについた。




大会当日。
遠足が楽しみで寝られない、みたいな現象がこの年で起こるとは。
眠い目を擦りながら支度をし、SNSに書かれていた会場へ向かう。

到着すると既に何人かがフリーデュエルをしていた。
その人たちに挨拶をし、カードの音に懐かしさを感じつつ、ウキウキしながら大会開始を待った。



「それでは始めて下さい!」

試合開始の合図と共にデッキを取り出す。
あれだけ時間をかけて考えてきたデッキだ。
絶対に負ける訳にはいかない。


あれ?
デッキを取り出した時、ある違和感に気がついた。
デッキに反り過ぎているカードがある。

ジャガルザーだ。

ジャガルザーがとても反っている。
半円、円を通り越してルマンドを悠々と超えた反りを見せつけていた。

しまった。
これはまずい。

あの頃やっていたデュエマはカードの状態を全く気にせず砂利の中でやる、通称砂利デュエマが主流であった。
しかし時は流れ今やもう大の大人。
砂利ボーイは誰一人いない。

ロケット団が話しかけてくる。

「デッキカットお願いします」

頼む、バレないでくれ。
恐る恐るデッキを渡した。
心臓が早鐘を打つ。
デッキをシャッフルしながらチラチラ相手を見やる。
張り詰めた空気に、カードの擦れる音だけが鳴り響く。

すると、ロケット団は急に動きを止めて目を丸くし、その後すぐ鋭い視線をこちらに向けてきた。



「おい!こいつデッキにルマンドが入ってるぞ!」


まずいバレた。
僕のデッキにはルマンドが入っていた。
愛と真実の悪を貫く彼らに対して、このルマンド三体を隠すことはやはり不可能であった。

一斉に中にいた団員達がこちら目掛けて走ってくる。

ここで捕まったら何をされるか分からない。

僕は椅子を倒して距離を取り、出口に向かって走り出した。

手を伸ばしてきた何人かを振り切る。

出口まであと少しだ。

その時、目の前にあったロッカーから突然ロケット団が飛び出してきた。

文化祭のお化け屋敷のような手法であったが、焦りからか躱すことができず為す術なく捕えられてしまった。


恐る恐る団員たちを見る。
彼らは真剣そうに何かを話し合っている。

生きた心地がせず、檻に閉じ込められた兎のように身体が震えだす。

団員の一人が服の中から何かを取り出し始めた。

その"何か"を認識できた時、僕は思わず息を呑んだ。


拳銃だ。


初めて見るその物体の冷徹さが僕の動きを止めた。

銃口がこちらを向いた時、走馬灯のように記憶が蘇ってきた。


僕は人と話すのが苦手だった。
話しかけられても何を話していいのか分からず、毎回気まずくなった。

「お前デュエマやってる?」

ある休み時間、突然クラスメイトから声をかけられた。
ビックリして何も答えられずにいると、

「昨日パック買ってるの見たんだ。今日学校終わったらやろうぜ!」

と言われて僕は小さくうんと頷くと、じゃあ放課後噴水の公園でと、そのまま行ってしまった。
弟としかデュエマをやったことがなかった僕はずっと不安であったが、行ってみると思いの外早く仲良くなれて、そこからずっとデュエマをやり続けた。

その日から僕は居場所ができて、人と話す事が楽しくなった。
デュエマに出会わなければ、人生は間違いなくもっと暗いものになっていただろう。
振り返れば意外と悪くない人生だったのかもしれない。
僕はここで命が終わる事を悔やんだ。

でも、どう足掻いてもこの日死ぬんだったら。

最後にデュエルマスターズに触れることが出来て良かったな。

僕はゆっくり目を閉じて運命に従った。


「何だあれは!」


突然、誰かが叫ぶ声がして咄嗟に目を開けて彼らの視線の先を見る。
信じられない光景が目に飛び込んできた。

空中を漂うカードが部屋中を飛び回り、窓から外に飛び出していく。

呆気に取られそのカードを眺めていると、突然眩い光を放って輝き出し、それと同時にゴゴゴゴと地鳴りがして僕は思わずしゃがみ込んだ。

カードは見る見るうちに形を変化させ、やがて勇ましい角、立派な顎を持つ龍へと変貌する。


「ジャガルザー⁉︎」


一瞬の静寂。

しかしそれは観衆の一人の悲鳴を皮切りに喧騒へと変わっていった。

僕も皆に続いて慌てて逃げ出そうとしたが、その巨大な龍から強烈な視線を感じた気がして足を止めた。

ジャガルザーはしばらくこちらを見た後、別の方向へ向き直り僕もつられてそちらを向いた。



「何怯んでるんだ!あの化け物をやっつけろ!」



リーダーと思しきロケット団員がジャガルザーに向かって発砲し始めた。
それが口火を切り一斉に銃声が轟く。

ジャガルザーは銃弾を受け少し怯んだ様子であったが、大きな雄叫びを上げ彼らを薙ぎ払った。

よく観察するとこのジャガルザーはあのイラストよりもしわが多く刻まれていて、年老いているのか動きも遅い(通常の速さを知らないのだが)。
何より物凄い腰が湾曲していて、見るからにジャガルディッシュであった。


そうだ、観察している場合じゃない。

今のうちに逃げよう。

僕はロケット団から追われているのであった。

今はジャガルザーに気を取られているが、いつ僕を再び狙ってくるのか分からない。

彼らを撒くには今しかない。

そんな思考を何度も繰り返す。


しかし、何故か僕の体は動かなかった。

視線はずっとジャガルザーを追い続けていた。
イラストの勇ましい姿とは全く異なり、銃弾を受け痛々しい傷を負っている。
明らかに弱っているのが分かった。

ロケット団たちが更なる武器を構えてジャガルザーに照準を合わせる。
あんな大砲を受けたらひとたまりもない。


気づいたら僕の身体はジャガルザーに向かって走り出していた。



「ジャガルザーー!!!」



ジャガルザーに向けられた照準は元々は僕に向けられていたものだ。

彼がここに現れなければ僕はとうに殺されていたはずだ。

それが何かの偶然で彼がここに現れ、今僕は生きている。

恩を感じてしまったのか。

そうかもしれない。

でも僕は耐えられなかった。

ただただ傷付いていくジャガルザーを見ることに耐えられなかった。

一瞬、ジャガルザーがこちらを見た気がした。
すると彼はすぐさま叫びに似たとてつもなく大きな咆哮を上げ始めた。



「撃てーーー!!!」



やめてくれ。

大好きなジャガルザーを奪わないでくれ。

悲痛な叫びが胸を覆い尽くす。



刹那、何かが僕を抜き去った。

大量のカード達が意志持ったかの様に飛翔する。

カードは光を放ちながら一瞬でフォルムを変化させ、ロケット団の前に立ちはだかる。

それは何度も見たクリーチャーたちであった。

『無頼勇騎ゴンタ』、『青銅の鎧』、『鳴動するギガ・ホーン』だけでなく『闘竜勇士ナオヤ』までもがそこに集っていた。



「何だこいつら!離れろ!」



クリーチャーたちはそんな言葉を意に介さずロケット団に攻撃していく。


激しい攻防が続く。

次第にロケット団の断末魔ともとれる叫び声が聞こえ始め、クリーチャー軍が圧倒しているのが分かった。

そんな中、



ズシンッ



突然大きな音がした。

視線をやると、ジャガルザーがその大きな体を横たわらせて地面に倒れ込んでいる。

僕はすぐに駆け寄った。



「ジャガルザー!大丈夫か?」



勿論返事はない。

大量の銃弾を受け、痛々しい傷を負った龍はただただ苦しんでる。

自分にできることはないかと考える。

しかし残酷にも何も思いつくことはなかった。

ロケット団を倒し終えたのか、クリーチャーたちがこちらに近寄って来る。

皆囲うようにしてジャガルザーを見守っている。


すると突然、

ジャガルザーの体から、水辺に羽ばたく蛍かのように光が溢れ出した。

徐々にその体は淡く透明に近づいていく。



「まさか…」


ゲームやアニメで見たことがあるこの光景。

僕は彼に起こる未来を覚ってしまった。

クリーチャーたちは神妙な面持ちでジャガルザーを見つめている。


ジャガルザーがゆっくりと唸り声を上げた。


「お前は…勇気を出し…た…」



誰かが声を発した。

闘竜勇士ナオヤだ。

ナオヤは5マナパワー2000、火文明のヒューマノイド。
このクリーチャーを召喚する時にマナゾーンのドラゴンをタップしていた場合、このターン自分のクリーチャーすべてのパワーが+3000され、
ヒューマノイドをタップしていた場合、パワー2000以下のクリーチャーをすべて破壊する能力を持つ。

コロコロコミックに企画で当選した読者がモデルになったクリーチャーだ。

ナオヤはドラゴンの言葉を僕に伝えてくれるようだ。



「最初に…逃げた時は…失望したが…お前は…自分の殻を…破った…」


僕は驚いた。

あれは気のせいではなかったのか。

ジャガルザーはこちらを見ていたのだ。



「その勇気が…その行動が…皆を奮起させた…」


まさかジャガルザーは僕を助けるためにこの世界に降りてきたとでも言うのか。

そんな疑問を口にしようとする。

しかしその龍の唸り声がそれを阻んだ。



「お前…は…つよ…い…おと…こだ………さい……ご……が……おま……え……で………よ……………」





それ以上、





彼の声を聞くことは叶わなかった。














今日は大変な一日だったな。
朝、家のエアコンは壊れるわ、職場のウォシュレットは出なくなるわ、明らかな後輩のミスを「お前の指導不足だ」で片付けられるわ。
どう指導すればあんなミス防げたんだっつーの。

道端の石ころを蹴りながら独りごちる。
早く休みになんねーかなー。

そういえば先週の休みは何をしたんだっけ。

あれ?

全然思い出せない。
おいおい、そんなに疲れてるのかよ。

忘れるほど生活が仕事に染まっていたことにげんなりしつつ、僕は夕飯の食材を買いにスーパーに立ち寄った。

今日はパスタにしようかな。
ホールトマト、にんにく、鷹の爪、イタリアンパセリ。
トマトの酸味を抑えるために少しきび砂糖を入れようか。
アラビアータは甘い方が好きなんだよなあ。
材料をカゴに入れレジに向かう途中、あるものが目に留まった。



『ルマンド』


頭の中の何かが引っかかった。

普段お菓子コーナーなんて見向きもしない僕は
何故かそこに立ち止まり、その違和感の正体を探る。

邪魔そうに親子が僕の前のお菓子をカゴに入れている。

絶対に何か忘れていることがある。

頭に人差し指を当て、脳をフル回転させる。

銀河の如く広大な記憶の中を流れ星ムサシが巡ってゆく。


考えろ。



いやまて、



『流れ星ムサシ』って誰だ。



………デュエルマスターズの


……クリーチャー?


ピカンッ



その瞬間、頭に電流が走った。


手から買い物カゴが落ちる。


そうか。



そうだったのか。





僕はあの日と同じように、




ナオヤの演技力に涙した。

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