全自動PCR機器のデメリットについて
新型コロナのウイルス遺伝子検査に関して、全自動PCR機器をなぜ導入しないのかという話題が再燃している。
どの報道を見ても業界以外の人間が読むと、全自動PCR機器をあらゆる所に導入すれば何の問題もなくPCR検査問題が簡単に解決するような印象を与える記事ばかりである。しかし、当然デメリットがあるわけで、それを理解したうえで導入を求めていくべきである。その材料を提供するため、本文章では全自動PCR機器に関していくつかあるデメリットの中から2つを例に述べたい。メリットに関しては情報があふれているので詳細は他記事を参考にしてもらいたい。
全自動PCR機器の性能はメーカーや機種によって様々なので、一般の人でも情報にアクセスしやすく性能に定評があるロシュのコバス8800を例にして情報を整理しようと思う。以下に挙げるデメリットはどの機種でも大小はあれど共通なので他社の情報が得られれば同様に理解できるであろう。
まず、ロシュのコバス8800に関する情報を簡単に紹介する。患者からの検体採取に使用した綿棒を懸濁してウイルスを遊離させたサンプルを機器にセットするとRNA抽出からreal time PCR工程まで自動で行ってくれる。検査能力としては8時間で960テスト。24時間で約4000テストと言われている。(ここで、テスト=検査人数や検体数ではないことに留意が必要である。新型コロナウイルスの場合は検査の信頼性を最低レベルで行うと8時間で940検体、平時の信頼性レベルで行うと220検体である。960テストを何検体分に割り当てるかは検査責任者が決めることである)
メリット
全自動PCR機器を使う最大のメリットは臨床検査技師の負担軽減である。また、テクニカルなミスによる誤検査の可能性も低くなる。
デメリット
①試薬が専用である
試薬だけではなく、諸々の消耗品も同様である。私としてはこれが最大のデメリットであると考える。(簡単なイメージとしては各社のプリンターとインクカートリッジの関係を想像してほしい。)
ロシュのコバス8800にはロシュが販売する専用試薬しか使えないのだ。同じく全自動PCR機器を販売する富士フイルムやPSSなどの試薬が使えない。当然、島津製作所やTOYOBOなどが開発してニュースとなったPCR検査試薬も使えない。つまり、コバス8800を使った検査数の上限は機器の台数ではなく専用試薬の数に規定される。
どこかで「布マスクの予算をコバス8800の購入に充てて46都道府県に1台ずつ配置すればよい」というような主張を見かけたが、フル稼働するとなると4000テスト×47都道府県=188,000テスト の試薬が必要である。ロシュは全世界で月に数百万テスト分の試薬を提供するとアナウンスしているが、このうち日本が購入することができるのは月にどの程度であろうか。月に100万テスト分が手に入ったとして、フル稼働すると約5日分である。
この問題は複数社の全自動PCR機器を導入することで新型コロナウイルスPCR検査に関しては解決する。各社の試薬提供能力に応じて各検査機関でバラバラの機器を導入すれば良い。(各都道府県で不満がないのであれば大都市圏だけに配備することにしても解決する)
さて、試薬に関して別の問題がある。どこかで「全自動PCR機器は新型コロナウイルス終息後も使えるのだから無駄遣いではない」というような主張を見かけたが、現実には終息後は使えないことが多い。ここでは国の予算で機器を購入し、各地の地方衛生研究所に配置すると仮定する。
日本で現在販売されているコバス8800の試薬は新型コロナウイルス以外では ①B型肝炎ウイルス ②C型肝炎ウイルス ③ヒト免疫不全ウイルス ④ヒトパピローマウイルス の4種である。このうち、地方衛生研究所が調べるのは①~③。どれも毎日の検査数は少ないため、価格が安い汎用試薬(専用試薬は割高である)が使える全自動ではないPCR機器が使われるだろう。また、上記以外のウイルス検査では専用試薬が販売されていないので、当然、全自動ではないPCR機器が使われる。活躍する次の機会は今回の新型コロナウイルスのように新しい感染症が蔓延した時である。普段の使用実績がないものをメンテナンスする予算は毎年出るだろうか。
そして、最後に、専用試薬が販売されるまで検査ができない問題がある。一般的には新しい感染症ウイルスが登場して遺伝子情報が解析されてから、汎用試薬を使って検査可能になるまでは数日~1週間程度なのに対し、専用試薬を使って検査可能になるまでは2か月程度は必要である。
②設置場所を考慮する必要がある
大した問題ではないが、もう一つデメリットを挙げる。コバス8800の仕様は、
電圧/電流 三相 200V/20A
単相 200V/6.5A x 2
最大消費電力 10,500 VA
寸法(W×D×Hmm) 4,290(W) x 1,290(D) x 2,150(H)
重量(Kg) 2,405 kg
である。全自動でないPCR機器と比べると、とにかく大きくて重くて消費電力が大きいのである。受け入れるとなると専用の部屋を用意し、電源工事と床の補強工事が必要な施設が多いことが容易に想像できる。
今回このように解決可能な問題であるが、全自動PCR機器のデメリット2つ例としてを挙げた。全自動PCR機器の導入を求めるのならば、「さっさと買えばいいじゃないか」「利権が絡んでいる」というような風潮で全自動PCR機器の導入を求めるのではなく、メリット・デメリットを論理的に検証して導入を求めていくべきである。
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