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きっと私は先生で、あなたも間違いなく先生だ

アルバイト?ええと、私は塾で―。

そうなんです。初めて先生って呼ばれた時は全然慣れなくて。
そうか私はいま塾の先生なんだ!って気づいて返事をしたんですけど、声が裏返っちゃて。

ほんとですよね。ああダサいなぁ!って自分でも思いましたよ。


やった、しっかりウケた。美容師さんが大笑いするのを見てホッと胸を撫でおろす。人見知りだから美容室での会話っていつも緊張するけれど、今回は親しみやすい方が担当でよかった。私は続けて口を開く。

なんだか「先生」って不思議な呼び方じゃないですか?

だって、学校の先生や病院の先生、漫画家の先生は居るのに大工さんを工事の先生とは呼ばない。漁師さんも釣りの先生とは言われないですよね。


確かにそうですねえ、と美容師さんは優しい笑みを浮かべる。すると何かを思い出したような表情で

そういえば数日前、お年を召された女性のお客様から「美容師の先生」って言われたんです。
と教えてくれた。

先生と呼ばれるのは美容師になってから初めてだったこと、気恥ずかしくてうまくシャンプーできなかったこと、それでも誇らしかったこと、もっとこの仕事を頑張ろうと思えたこと。目線はまっすぐ私の髪とハサミに向けたまま、ぽつりぽつりと語ってくれた。

かっこいいなあ。迷いなく手を動かす美容師さんの表情が、姿が眩しかった。私なんかよりよっぽど「先生」だ。ぼんやりと見つめながら思った。

しばらくして、少ししんみりとした空気の中で私が返す言葉を探していると美容師さんは好きな漫画の話を振ってくれた。私は『チェンソーマン』『ひらやすみ』の話をして、美容師さんは『薬屋のひとりごと』を紹介してくれた。そういえば読んでなかったな、と気づいて帰り道にある本屋へ寄ろうと決めた。

その後もトークで盛り上がりつつ、1時間ほどで施術が終わった。オーダー通りの綺麗な仕上がりだった。もっと話したかったな、と思いながら店を出る時に私はこの後の予定を聞かれ、実はこれから塾のバイトなんですと答えた。

そうなんですか!と一瞬驚いた美容師さんは、屈託のない笑顔で

頑張ってくださいね、先生。


と見送ってくれた。


ありがとうございました。

最後に「先生」と付け加える勇気が私には無くて、ひどくもどかしかった。
代わりに、ぺこりと長いお辞儀をした。
目の前に綺麗に揃った前髪が垂れる。ああ、早く伸びないかなあ。


   

 半年ほど前にあった話です。美容師のK.K先生、あの時はありがとうございました。


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