お母さん、AV男優の名前連呼するのをやめてくれ。
「最近しみけんとは仲良くしてる?」
実の母親からこんな台詞を言われた日本人はわたし以外いるのだろうか。しみけんの友人を除いて。
強烈なパンチラインに動揺を隠せない私は、あくまで平静を装いながら考えを巡らせる。
そもそも、日本を代表する男優しみけんと一般高校生(当時)の私は何の接点も持たないのである。横向きのスマートフォン越しに何度か拝見させて頂いたことがあるような無いような、という程度だ。
それに母親も何なんだ。自分の子供がしみけんと熱い友情を交わしていると本気で思っているのか?思春期真っ最中の高校生への冷やかしか?
ああもう分からない、と私はひとまず母親をジャブで牽制する。
「えー?急にどうして?」
さあどう来る。心拍数を上げて身構える私に対して、
「どうしてって、担任の先生なんでしょ?あなたのこと気にかけてくれてたわよ」
…ああ。全てのピースが脳みその中で繋がっていく。
新学期から私のクラスの担任となった清水先生、通称「しみせん」を「しみけん」と言い間違えていたのである。
なんとも致命的な言い間違えだろうか。たった1文字の違いがこれほど決定的な差を生むとは、言語の脆弱性を痛感せざるを得ない。
大リーグ・ホワイトソックス戦のニュースで噛んでしまったアナウンサー、英語の授業中に振り返ってくるガキ、子供の担任のあだ名を間違えてしまった母親。それそれが皆、1文字の違いに弄ばれる被害者なのかも知れない。
そんなことを思いながら、私は何食わぬ顔で愛すべき担任の正しいあだ名を母親に告げるのであった。