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続報:ジャガーは「一突きで殺す者」なのか?②

再三ジャガーの話題である。よく飽きねえなという感じですが、前回記事の続報ということでご容赦ください。ぼくはジャガーはかせではないです。

トップの写真はアメリカの自然学者オーデュボンの1854年のスケッチから拝借した。その名前どっかで聞いたな?という方は前々回の記事で紹介した「20世紀生きもの黙示録」を観直すとよい。米国ニューオーリンズにオーデュボンの名を冠した動物園と水族館があるくらいには有名な人物である。文才と画力が両方そなわり最強に見える。

さて、前回「一突きで殺す者」説にケチをつけたが、その発生源についてはわからない、もしかしたらアステカ神話と混線したのかもね、と苦し紛れの説明で話が終わった。のであるが、どうやらその線は撤回しなければならないようである。というのは、この説の言い出しっぺらしき人物がわかったためである。

エマニュエル・リエ(Emmanuel Liais)というフランスの植物学者による1872年の著作『ブラジルの気候・地質・動物と植物の地理』(Climats, géologie, faune et géographie botanique du Brésil)450ページにその言及がある。概略だけ記せば次の通りである。

「jaguarは先住民の言葉yauaaraに由来する。この語はyaとuaaraの2つの要素からなり、gは挿入音である。前部要素yaは「ただちにはたき殺す」すなわち「一撃で」を意味する。後部要素のuaaraは、動詞ua「むさぼり食う」の形容詞形で、フランス語のcarnassier「肉食の」に相当する。」

(…)すなわちJaguâraという名は、「獲物をひとっ跳びで屠る肉食獣」という回りくどいフランス語に訳すことができる。これは確かにこの動物が顕著に有する特長であり、また既に何人かの自然学者の著作において報告されている特長である。(…)
Le nom de Jaguâra peut alors se traduire en français par la périphrase: Carnassier qui écrase sa proie d'un seul bond, propriété possédée réellment à un haut degré par cet animal, et déjà signalée dans les ouvrages de plusieurs naturalistes.

これ以上この説の出処を遡れるかは不明だが、いちおうの手掛かりとして、Papavero(2017)を挙げておく。歴史上ジャガーを名指すのに用いられた352個の表記をまとめた狂気じみた論文である。おびただしい数の引用のなかで、Liais 以前にこの説に言及した人物は見つけることが出来ない。彼は長くブラジルをフィールドとした自然学の泰斗であり、先住民との交流語であるトゥピ語にもある程度見識があっただろうから、現地での聞き書きや自分の考察として記した可能性は十分ありえる。

ちなみに、英語圏に最初にこの説を持ち込んだのはNelson & Goldman (1933)のようである。そこから英語圏の文献に広まり、ナショジオの解説を通じて日本語に入った…というのが今日の「一突きで殺す者」説の系譜であろうと思われる。ナショジオの英語記事にはすでにこの説は見当たらないものの、いくつかのブログや記事(たとえばこれ)に引用された文章を見ると、昔は書かれていたようだ。くだんの日本語記事はその翻訳の名残である。

気になるのはこの説の「もっともらしさ」であるが、自分は言語学の専門家ではないし、アマゾンから一番遠い世界に住む身には、その妥当性を論ずべくもない。「yaの一音節に盛りすぎとちゃいますかリエはん」とぼくの脳内関西人はツッコんでやまないのであるが、さりとてこれを否定するのも、言語の豊かさを軽んじることになる。例として適切かは定かでないが、日本語の「"ぶち"殺す」や「"かっ"飛ばす」を外国語で説明することを想像すると良いかもしれない。上のような回りくどい説明になるのもあながち不思議ではないように感じる。

なんにしても出典が明らかになったのだから、事実無根の流言でないことは確かめられた。ただし前回の記事と結論は変わらず、あくまで諸説あるうちの一つ、と言うにとどめる。

ちなみに先の記事で紹介したWilcox氏は、16世紀以来の「西洋人の見たジャガー」を扱った長い論文の中でLiaisには全く言及していない。単に忘れてたのかフランス語が嫌いだったか…というのは冗談としても、動物学が長足の進歩をとげた19世紀、少なからぬ科学者がジャガーについて記述しており、受容史の中でそれほど著名な人物とは見なされなかったということであろう。ともあれ、語源に関してのみ言えば、Liais が後世に残した影響はあまりにも大きかったと言わざるを得ない。

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