カルマンおじさんの不思議なおはなし
見えないものが見えるだって、そんなことあるわけないじゃないか。
そんな僕の疑いの目を見透かしたように、おじさんは笑う。
*
おじさんーーカルマンおじさんは、どうやらすごい人らしい。すごい人らしいけど、僕にはそのすごさがよくわからない。
アポロ計画にもたずさわった、なんて話も聞いたけど、本当かな。
おじさんは、今日もふらりと現れて、公園のベンチでのんびり読書をしている僕の邪魔をする。
「見えないものが見えたらすごいと思わないかい?」
「見えないものって何」本から目を離さずに答える。
「この世界を動かすおおもとさ」
どういうことだろう、と、思わず顔を上げ、おじさんの方を見てしまう。僕の目はきっと訝しみでいっぱいだ。
「この世界を動かすおおもとの姿を、いま見えている世界そのものから推しはかることができたら、すごいと思わないかい?」
おじさんはそう言って、にっこりと笑った。
*
「簡単な話さ」とおじさんは話し始める。おじさんの言う意味を知りたくて、僕は結局、おじさんの話に釘付けになる。
「見えないものを知るには、見えたものからヒントをもらって、見えないものに対する予想を一歩一歩更新していけばいい」
「抽象的すぎてわからないよ」僕は半ばうんざりした気持ちで呟く。おじさんの話はしばしば、わかりにくいのだ。
「そうだなあ」とおじさんは頭をかく。「見えているものの動きと、見えないものの動きをつなぐ、一つのおはなしがあるとしよう」
「この世界を動かすものと、見えている現実をつなぐおはなし?」
「そう。どんなおはなしかは、置いておこう。どんなおはなしだったとしても、”おはなし”である以上、物語の流れ方は決まっているんだ」
「この世界を動かすものがこうなったら、現実はこうなるって流れがおはなしごとに決まっている?」
「わかってるじゃないか」とおじさんは僕の頭の上にぽんっと手を置く。子供扱いしないでほしい。
「ある”おはなし”のもとであれば、現実という”見えるもの”が見えたときに、その背後にあるであろう”見えないもの”の動きを推測することができるんだ」おじさんはとうとうと続ける。
「そして、”見えるもの”が見えたとき、おはなしのもとで”見えないもの”に対する予想を改めることもできるんだ。一歩一歩、見えたものから見えないものに思いを馳せていくんだよ。わかるかい?」
僕は戸惑いながら、首を小さく縦に振る。本音を言えば、わかるようなわからないような、だ。
”こうだったら、こう”という、おはなしの筋が明らかになっているときだったら、その筋にのっとって”見えたもの”から”見えないもの”を推測したり、予想を改めることができるかもしれない。でもーー
「じゃあその”おはなし”はどうやって知るの?」
「いい質問だね」とおじさんはまた、僕の頭に手を置く。
「それはまた今度、別の人に話してもらおうかね」そう言っておじさんは、まだ理解しきれず戸惑う僕をおいて、さっさといなくなってしまったのだった。
***
勉強したことを、親しみやすく・わかりやすく・事前知識ゼロでも楽しめるように記してみよう。
ーーそんな試みの第一弾です。
上記の物語は完全にフィクションです。
ですが、”カルマンおじさん”は、実在した人物をもとにしています。
あんなふうに、”僕”とお話ししたのかどうかは定かではありませんし(きっとない)、私自身もちろんお会いしたこともありません。ただ私は、このルドルフ・カルマンという人が生み出した「カルマン・フィルター(Kalman filter)」というものを最近学んだだけです。
上記の物語は、この「カルマン・フィルター」というものの概略(を記そうとあがいたもの)です。
Wikipediaよりも、この下のサイトの方がわかりやすいかもしれません。
私はこちらの本で勉強しています。(日本語版は上・下巻に分かれています。カルマンフィルターは下巻)
上記の物語に出てくる”おはなし”は、「状態空間モデル(state-space model)」のことを意味しています。
”見えないもの”、”この世界を動かすおおもと”は「状態変数(state variable)」、”見えるもの”、”現実”は「観測変数(observation variable)」。
ちなみに、カルマンフィルターはアポロ計画でも採用されたそうです。”僕”は訝しんでいましたが、アポロ計画にたずさわったというのは、間違いではありません。
*
抽象度が高く、かえってわかりにくい文章となってしまい、万人に親しみやすく・わかりやすく書くことの難しさを痛感しました。くそう、悔しい。
これからも勉強したことを万人に親しみやすいように記したいけれど、どうなることやら……
内容についても大いに不安ですが、故人を勝手にフィクションに使っていいのかも不安。ダメだったら誰か教えてください。
参考文献一覧
- ルドルフ・カルマン Wikipedia
- Rudolf E. Kálmán Wikipedia
- James D. Hamilton (1994) "Time Series Analysis" Princeton University Press
- J.D. ハミルトン( 沖本竜義, 井上 智夫 翻訳, 2006)「時系列解析〈下〉非定常/応用定常過程編」シーエービー出版
- Vladimír Kučera(2017)"Rudolf E. Kalman: Life and Works", IFAC-PapersOnLine, 50 (1), 631-636(LINK)
- 「カルマンフィルタの考え方」Logics of Blue
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