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KANさんの想い出~④『愛は勝つ』後の転機

ひょんなことからクラスの女子に『野球選手が夢だった』を貸すことになって以来、『愛は勝つ』は赤丸急上昇でどんどん売れていった。その年のクリスマスシーズンには、辛島美登里の『サイレント・イヴ』と毎週のようにデッドヒートを繰り広げるFMラジオのランキング番組を、受験勉強をしながら聴いていた記憶がある。そして、その歌い手であるKANさんも、当然有名人になっていった。

バラエティ番組に出演して有名な女性お笑い芸人が組むユニットに楽曲を提供したり、笑っていいとも!のテレフォンショッキングに出演したり、レコード大賞を受賞したり、ドラマの主題歌に抜擢されたり、ついにはNHKの紅白歌合戦にも出場した。さらには、ドラマに俳優デビューまでしてしまった。

ファンとしては、うれしい反面、複雑な心境でもあった。ただ、私が「全国区になったらやめてしまうかも…」と危惧していた、ローカル局の深夜番組であるアタヤンには、有名になっても、忙しくなっても、出てくれていた。そんな忙しいさなかに発売されたのが『ゆっくり風呂につかりたい』というアルバム。番組の中でKANさんは、こう話していたと記憶している。
「『愛は勝つ』は、自分でもこんなんでいいのかな、歌詞の内容があまりにもストレートすぎるんじゃないか、自分らしくないんじゃないかと思うところもあったけれど、たくさんの人に聴いてもらえて本当にありがたい。ただ、ありがたいことなんだけれど、本当に忙しすぎて、今の気持ちを率直に書いたのが『ゆっくり風呂につかりたい』なんです。」
このアルバムが発売されたのは1991年5月、制作していたのは『愛は勝つ』がガンガンに売れまくっていた頃で、テレビにラジオ、バラエティにドラマと引っ張りだこだったKANさん。その多忙の中で、1枚アルバムを作り上げてしまうというパワフルさは、当時はあまり感じなかったけれど、今考えるとすごいことだったと思う。

ファンとして複雑だったのは、これまで自分たちだけの秘密みたいな、知る人ぞ知る、的な存在だったKANさんが、あまりにも短期間で、誰もが知る国民的大ヒット『愛は勝つ』を飛ばしたことで、自分たちから離れていってしまうのではないか、というところ。今、思い返せばKANさん自身、それまでのファンはファンで大切にしてくれていたことは、アタヤンでも話していたと思うけれど、以前からのファンからすると、新しいファンに対しては『愛は勝つ』を知っただけでKANを知った気になるなよ!なんていう、独りよがりな気持ちにもなってきていた。

『愛は勝つ』ブームが落ち着き、バラエティにもドラマにも出なくなると、当たり前ながら、多くの聴衆は、潮が引くように次のアーティストに移っていった。私はというと、『愛は勝つ』が年またぎで売れた年の春には高校に進学し、少し生活パターンが変わっていた。また、「KANさんのアタックヤング」は中学3年の途中から、日曜深夜から金曜深夜に移動していた。そして、高校生になると、いろいろとやることも増えてきた。日曜の夜は『東京ライフ』の歌詞よろしく、「♪限られたくつろぎのすべては明日のため」状態で早めに床に就くのでゆっくり番組を聴けていたが、金曜の夜はいろいろと夜更かしの誘惑も多く、0時にはまだラジオを聴ける状況ではなくなっていった。番組途中の0時20分から、0時30分から、とだんだん聴き始めが遅くなっていき、ついには聴くことができなくなっていった。

一方、この頃KANさんも『愛は勝つ』の大ヒットでひと休みしたくなったのか、しばらくアルバムの発売がなかった。シングルは出してはいたが、A面ないしはB面が、『愛は勝つ』以前の曲のリテイクだったりして、私としては改めて買いなおすほどの魅力を感じていなかった。そして『ゆっくり風呂につかりたい』から2年近くのブランクを置いて発売されたアルバム『TOKYOMAN』を、私は買わなかった。それまで、片思いや一途な愛を歌ってきた楽曲から、少し音楽性が変わったように感じた。『丸いお尻が許せない』なんて中途半端にエロティックなタイトルの曲をアルバムの1曲目に持ってこられても、健全な高校生が周りに話せないよ…と当時は思ったような(苦笑)

あとで(KANさんが天に召されてから)知ったことだが、この頃、KANさんは10年近く片思いだった女性をあきらめ、新しい恋に向かって歩き始めていたようだ。当時、高校生で恋愛とは程遠い生活をしていた私にとって、片思いこそは共感できたが、その先のステップとなると、到底わからない。今思うに、それまで片思いで足踏み、がKANさんの曲と私の共通した恋愛観だったものが、この頃、恋をして大切な人を守る大人と単に恋に憧れる高校生とで、完全に離れてしまったのだと思う。

それからというもの、私はKANさんの音楽を聴くことはほとんどなかった。他のミュージシャンの楽曲に流れたり、他のジャンルの曲を聴くようになっていた。また、友人たちのKANさんに対する評価や、大学生になって初めて付き合った彼女の意見も影響していた。つまり「KAN=『愛は勝つ』だけの一発屋」で、あとは特に論ずることはない、という周りの評価を気にしてしまい、自分がKANさんのファンであったことを、隠すようになっていた。

やがて、大人になり、KANさんが結婚するというニュースや、フランスに移住するというニュースを聞いた時も、私はどこか醒めていた。青春の1ページを彩ってくれていたこともあったかな、と思うことはあっても、それ以上の感情は、もうなかった。

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