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他人の日記が読める『手帳類図書室』

他人の日記が読める場所がある。
日記とは本来、誰にも読まれるはずがない、自分だけのプライベート空間であり、ひょっとしたら世界一見られたくないものかもしれない。

東京の参宮橋にある『手帳類図書室』は、誰にも見せるつもりではなかった日記や手帳など、あらゆる「手帳類」が所蔵されている。他人の心の恥部を不躾に覗くことが出来る唯一の場所である。


私は学生の頃から、有名人が書くオフィシャルなブログより、どこの誰かも分からない一般の方が書く個人ブログが好きだった。知人には見せない姿、ちょびっと人間のリアルが垣間見れるところが良い。まさか、個人ブログ以上に人間のリアルが晒け出され、拝読できる場があるとは。

図書室の存在を知った私は、早速HPから閲覧予約を行い、平日のゴールデンウィーク期間中に行くことにした。
相席あり/1名利用。朝一にて予約完了。相席ありにしていたが、ゴールデンウィーク真っ只中の朝一に訪れるような物好きは他におらず、実質貸切状態だった。

                              『手帳類図書室』HPより 2024.5引用(2025.1確認済)

施設内の写真はNGのため、外観だけ。住宅街の傍らにあった。

2024.5時点

建物の中に入り、手帳類が所蔵されているスペースへ案内してもらった。小さなアトリエのようなスペースだった。
そこで利用方法の説明を受け、閲覧可能な手帳類のメニュー表が渡される。メニュー表には、知らない誰かから寄贈された手帳類の詳細情報が記載されていた。年齢、性別、職業、いつ頃書かれたものか、室長(?)が手帳類を読んだ上での感想。メニュー表を読んだだけで、楽しくなってしまった。
ひとまず、手帳類を3つ選び、読みたい手帳類をスタッフに告げ、現物を持ってきてもらう。

現物を目の当たりにすると、「本当にこれ、読んで良いのか?」と、急に後ろめたい気持ちになってきた。図書館で本を借りるのとはわけが違う。「他人の日記」が私に目の前にある。「失礼します」と心の中でエクスキューズを入れて、日記を手に取る。

私が読んだ手帳類はこちら。

•男子高校生の片想い日記
•女子短大生の恋愛日記
•意識高め新社会人女性の手帳
•50代男性会社役員の手帳
•20代社会人男性の手帳
•女子小学生の交換ノート

他には、舞台女優、彫刻家、デリヘル嬢や外国人留学生などの日記があった。
興味をそそられる日記や手帳がありすぎるが、今回は学生や会社勤めの方の手帳類を選んだ。

書ける範囲で、3冊分の読んだ感想を。(個人情報にあたるため、一部内容は変えています)

①男子高校生の片想い日記
時期は昭和後期。1ページ目に「まえがき」が書かれていた。
日記に前書きを書く人がいるのか! 序盤にして作家気質な少年であるとわかった。前書きには、片思い中の心情と、なぜ日記に恋心を記すか理由が書かれていた。

少年の作家気質は、日記でも感じることができた。ご丁寧にルビを振る箇所があったからだ。
「近辺(そば)」「接吻(きす)」とオシャレなルビを振っていた。カラオケに出てくる歌詞テロップ以外でお目にかかるとは思っていなかった。自分だけしか読まない(はずの)日記にルビを振るとは、ただならぬ作家気質。

また、彼女ができた際には「俺に彼女ができた!!!!」と、その箇所だけ文字がノートの罫線からはみ出て書かれていた。かわいい。
現在は、ご結婚されてお子様も生まれ、幸せに暮らしているそうです。

②女子短大生の恋愛日記
前半は恋に悩む純情な乙女の日記であったが、中盤は性描写がわんさか。しかも、人に見られる予定ではなかったはずの日記である。内容は容赦ない。詳細が書かれている場面に差し掛かるたび、誰もいないのに反射的に、まわりをキョロキョロしてしまった。見てはいけないものをみてしまった罪悪感に襲われる。

途中で彼氏が何度か代わり、彼氏がいながらも他の男性との逢瀬を重ねる日常が綴られていく。
何かの媒体で、女性は浮気をしても、「浮気」と口にしない。そもそも浮気の自覚がない、と書いてあったことを思い出した。この日記を読んでいると、「彼氏はいるけど、この先どうなるかわからないし、彼氏より良い人がいるかもしれないし、念のため他の男性もみているだけ」と、彼女は一定のスタンスを貫いているように感じた。浮気という言葉が思い浮かばないほど、ナチュラルな(?)逢瀬を彼女は繰り返していた。その後、短大生から社会人になった彼女は一人の男性を選び、日記は終えられた。

③意識高め新社会人女性の手帳
こちらはスケジュール帳の余白に、備忘録兼日記が書かれていた。
「意識高め」と付けたのは、研修や仕事で学んだこと、勉強中の英語やインドネシア語の進捗状況が多く記されていたからだ。

日記の内容も前向きだ。
友人と会った日は、「⚪︎⚪︎ちゃんは、希望の部署への配属が決まった!すごいな。私も刺激をもらった。頑張ろう!」
年上の彼氏とのデート後、「⚪︎⚪︎さんは、私に話を合わせてくれているんだろうな。私も仕事で結果出して、⚪︎⚪︎さんに早く近づきたい!」と前向きで健気な、女性の性格が垣間見えた。

継続は苦手のようで、ところどころ間隔が空き、半年ほどでこの備忘録兼日記は終えられていた。この女性が、今も変わらず前向きなまま幸せであってほしい。

と、ここまで書いて2024年5月から、私はこのnote記事を放置していた。その頃、私はライティング講座のアドバンスコースに通い始め、他人の日記の感想を書くより、自分のライティング力と向き合う必要があると思ったからだ。
さらにそこから半年以上が経ち、私はライティング力を武器にして世の中に貢献していく人間ではないかもしれないと考え、文章を書くことから逃げていた。あと正直なところ、この記事の存在を忘れていた。

そんな時にXを久々に開けてみると、フォローしていた『手帳類図書室』の公式アカウントである「手帳類収集家」さんが呟いていた。


このポストを読んで、私の中にある何らかのセンサーが反応した。よくわからないけど、なんか応援したいかも。
たまたま目にしたポストと私の脳内が何らかの化学反応を起こし、私はこの記事を書き上げなければならない! と謎の使命感に駆られた。

図書室の感想から脱線したが、兎にも角にも私はこの「手帳類図書室」が好きだ。この日を境に人生が変わったとか、何かインスピレーションを受けたとか、そういう類の出来事が起こったわけではない。言ってしまえば、生きていく上で必要不可欠な場所ではない。というのは、インフラのような生活に関わる施設ではないし、他人の日記を読むなんて悪趣味と思う人もいるだろう。
だけど、私はまたこの場所で人の日記が読みたいなと思っている。そして、この感情は私の内側だけで完結してはもったいない、この空間を必要としている人がいるかもしれないと思い、この記事を書き終えようと決めた。

SNSや動画で、個人が何でも発信できる時代の今。「私を見て」「私のことを知って」「私に気づいて」「私を認めて」「私にいいねをして」と、ルッケンミー(Look at me)の想いを秘めながら、けれど下心バレバレで発信している人は少なくないと感じる。
それぞれの想いや目的があって発信することは悪いことではない。自分を知ってもらおうとする行為は否定しない。誰かに見てもらうために自分の一側面を切り取った発信は、それを見る他人にとって美しく思え、人に勇気や希望、あるいは癒しを与えることもある。
けれど、ルッケンミーではない、「人には見られたくない」に隠された「人のリアル」な部分を、私は無性に知りたくなる時がある。『手帳類図書室』に所蔵されている手帳類のような人のリアルな内側、真実、本心、真意を知りたい。それらに触れた時、私は安心感を覚える。この安心できる場所が、どうか失われませんように。私は「人のリアル」に触れてホッとする空間を求め、再び『手帳類図書室』を訪れることになりそうだ。



『手帳類図書室』 https://techorui.jp/
東京都渋谷区代々木4-54-7
▶︎小田急線 参宮橋駅より250m / 徒歩4分
▶︎京王線 初台駅より600m / 徒歩8分
水~金、土日祝 11:00〜18:00
※2025年1月時点の情報です。


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