【2022年7月号アーカイヴ】『#Tokyo発シガ行き➡︎』 "フライング「宵巴里」"by 月イチがんこエッセイ
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DLしてそのままでも、プリントアウトしてでも。プリントアウトされる方は出力時に「レイアウト」を選択しa4に4ページくらいプリントできる設定にするのがオススメ。わたしはゲラ直しの時、そうしてます。
今回はこのままでも読めるように以下に抜粋を掲載しておきますね。
2022年8月2日刊行予定の中島桃果子の十年ぶり単行本「宵巴里」より、
第一話の抜粋です。楽しんでもらえたら♩
vol.1 タクローの場合
二〇一九年十二月十四日「でたらめな女主人」
砂肝のコンフィすらも七面倒臭がる女の人が飲食店をやる意味がわからない。けれどそのお店は繁盛している。そして俺は砂肝のコンフィすらも作りたがらない「でたらめな女主人」のためにせっせと料理を作って届けている。そしてそして、砂肝のコンフィすらも作りたがらない女主人は俺が五百万出すと言って断られた箱を高め洗濯機程度の値段で買い取った。砂肝のコンフィは作れないけれど商談はうまいらしい。
「そうじゃないってあんたもわかってるでしょ」と碧(みどり)さんは笑うし、俺もこの二〇一九年に碧さんに降りかかった波乱の顛末を実はよく知ってる。だからこれはちょっとした冗談。
普通飲食店というのは、他の店で出しているものを自身の店で出すことを酷く嫌がるものなのに、碧さんは跳んで喜ぶ。
「エッ。もしかしてレバペもあるの!?」
レバペはレバーペーストのこと。レバペもあると碧さんはなお喜ぶ。
「りさこが好きなんだよ。そいでわたしも好きなんだよ、臭くないレバーがさあ」
そして、カウンターに並ぶウイスキーの瓶の前に立てかけている百均で買った小さな黒板に「砂肝のコンフィ By ゆらぎ」といそいそと書く。
“ゆらぎ”というのは俺がやっているお店。つまり碧さんは正々堂々と「ゆらぎの砂肝」と明記してそれを売っている。
他には「古巣ボスのイタリアドリア By 神楽坂テネッテラ」とか「マダムNの激うまチーズケーキ」とか「りさこのお通し」とか。
もはやマダムーNとりさこ(先生)とかって普通にただの常連さんだし、マダムーNはカフェを昔経営していた人だけど、りさこ(先生)に関してはただただ碧さんを激愛して毎週お通しを届ける飲食素人の、おしゃれキャットそっくりの美人精神科医(三十七)だ。たぁだ、俺は年下のギャルが好みなのでりさこ先生には惚れない。
りさこ先生は女主人としての碧さんの熱烈なファンになって「宵巴里」に通うようになって、ついにはお通しを毎週届けるようになる前から、うちにも来てくれていたから面識はある。話を戻すと碧さんの店で出されている食べ物で碧さんが作っているものは「碧カレー」だけしかない。
俺のコンフィって結構美味しいけど、そしたらお客さんは「これ作っている人の店に直接行こうか」ってならない? 自分の店のお客さん減るの怖くないのかな。ところがどっこい碧さんは全くそう思わない。むしろ碧さんは店をすぐに休みたがる。それはぐうたらな訳でなくて体が「飲食のタイプ」ではないかららしいのだけど(碧さんは小説家なのだ、つまりインドア系でひ弱なのだという主張)、碧さんは「わたしが突発的に店休んでも、あんたの店が開いてたらみんな飲める場所あるし助かるわあ〜〜〜」ってまた喜ぶ。それでじゃんじゃん「ゆらぎ」を宣伝する。
そのお陰でうちは碧さんが休む日は「宵巴里難民」で満卓になるようになった。碧さんは勝手に俺の店のことを「宵巴里の姉妹店」のような扱いにしている。俺の店は別な人がオーナーなんだけどね。
あとでゆっくり話すけど、今、碧さんがやっている箱は、元々俺が見つけてきて初代店長を数ヶ月やっていた箱だったんだ。それが全くお客さん入らなくて、当時オーナーだった待夢来さんが毎月膨れ上がってく酷い赤字に痺れて「店売りたい」みたいな気配を出してきたから、俺は五百万で買うと言った。この箱探してきたの俺だし、気に入ってたからね。だけど待夢来さんは、この店で叩いたマイナスが、店の準備期間や造作含めた一年半で七百万はあるから七百じゃないと売らないって言ったんだ。それは流石に俺も出せないってなってその話はなくなり、そして俺はクビになった。
「それで良かったよ、あんたのためにも」
あんたもバカだし待夢来さんもバカだと思うよ。あんたその時買わなくてよかったよ、箱だけに五百万もかけたら回収する前に絶対潰れるし、あんた以外に五百万も出して買うバカ、大富豪の税金対策以外にはいないよ? だってそれとは別に不動産契約に百万以上かかるんやで。ほんで保険とか入ってさ。うち古民家で木造やから保険高いねん! 安く始めたってトータルはマイナスからの始まりやし、わたしはいつだってヒヤヒヤしてる」
碧さんは力説する。
クビになった俺を気の毒に思ってくれた近所の小料理屋「ぐい呑」の小夏さんが、今のお店を紹介してくれて、俺は現在に至る。俺の後には光子郎くんという俺よりちょっと年下の男の店長が入った。
ご近所同士そいつと仲良くはしてたけど、光子郎くんは待夢来さんからの「タクローが同じ町でバーをやってることはお客さんに言うな」という箝口令|《かんこうれい》を守っていたから、この一年ほど俺はこの街で幽霊だった。顔を思い出して逢いたいなあと思うお客さんはいたけど、誰とも会えなかった。それが碧さんになってから、ぼんぼんとお客さんが送り込まれてくるようになった。新しいお客さんも古いお客さんも。
古いお客さんは俺が元のお店から歩いて数分のところに実はずっと居たって知って、びっくりしていた。
「ほらあそこ、女の人に変わったでしょ。なんか小説家の人。あの人がタクローならすぐそこにいますよって言うからさ!」
僕が笑って「そうなんすよ」と言うと、みんなも「元気そうでよかった」と言ってくれてその後だいたいは「碧さんておかしな人だよね」とか「ゆらぎの食べ物とか堂々と出してて変な店だった(笑)」とか「信じられないくらい酷い盛り付けでチーズが出て来た」とか、そういう話になる。
碧さんは上手に盛り付けができない減点を、量で加点して相殺している。普通オーセンティックBarというものは、ちょこ〜っとチーズを盛り合わせて一八〇〇円とかそこいらあたりなんだが、碧さんは一二〇〇円くらいで、盛り盛りにして出している。しかも結構いいチーズを出している(俺と同じ、神楽坂にあるチーズ専門店で買ってるんだ)から儲けにならないと思う。でも「こんだけ量あったら多少盛り付け下手でも許してくれるでしょ」碧さんはそう言って笑ってる。
綺麗に盛り付けできるように練習したらいいだけの話なのに、それをしないんだな。〈以上冒頭より抜粋。続きは「宵巴里👁」本編へ続く!〉
いかがでしたでしょうか。笑。
刊行はもうあっという間に間もなくでございます。
なお、刊行に先駆けて先着30名様に宵巴里刊行スペシャルグッズ
「丸ごとYoipari🌙 / 7,700円(税込)」を販売いたします。
予約開始は2022年7月22日金曜より。なくなり次第終了です。
詳しくはこちらをご覧ください!
それでは皆様、8月に物語の中で会いましょう!!
See u soooooon!!!