第6話 ✴︎ 楽しいけれど潰れそうなお店 By根津イーディ✴︎
楽しいけれど、潰れそうなお店。
それはまさしくウチ、根津イーディのこと。笑。
昨日は本当は「箱」というタイトルで、執筆メモのような短編のようなエッセイを書こうと思ったのだけど、ふとこの言葉が降ってきたので、この言葉について書いてみる。楽しいけれど潰れそうなお店。
ご心配なく、これは温かくポジティヴな意味合いであって、潰れそうなことを憂うエッセイではない。
[⤴︎昨夜、近郷画伯降臨]
えっとご存知ない方々のためにお伝えすると、ここに以前登場した同期照明家と、先日お父様が作られた御神木の菓子器を届けてくれた親友のジャズシンガーと、この近郷画伯は皆日芸の同期であって、彼女の本職は写真と花なのですが、わたしは彼女の絵や空間演出がすごく好きで、FBの小説家ページで先月まで毎週更新していた”月モカ”の挿絵も彼女に描いてもらっておったのです。
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ありがたいことに地元根津のお客様の温かきリピートに支えられ、
わたしの根津デビュー月の売り上げは、わたし個人の想定を超えるありがたい数字でした。(あ、別に儲かったわけじゃないのです。肺炎の病後などもあり無理はできない体調の中で、最低限このラインー赤字ーはさけたいなあと思っていたところを超えられた底辺の嬉しさね 笑)ただ同時に”根津イーディ”になるまでのこれまでの2年間の赤字や、それを補填し続けてきた母体[オーナの会社]の経営状況は大変危うく、この「劇場・根津イーディ」は、いつだって”閉幕”という崖のふちに立たされている。
わたしは嘘をついたり人を微妙に騙す、みたいなことが本当に大嫌いなので、
そこいらのことは、最初からきちんと常連さんたちには話してきた。
[⤴︎Photo by HORIEMON/ #KUMAMOKU の菓子器、クリムト、能のチラシ、檸檬、風]
というか新参者のくせにその土地の人たちを自分の話術やちょっとした智恵でちょろまかせるなどと思っているのは酒場的に言うとまだまだ”青い”素人の発想で、その町に住み、前店長、前前店長も知る常連さんたちは、だいたいその店がどういう状況になっているのかよく理解しておられるし、場合によってはわたしも知らなかった事実を知っておられたりもする。なので、ひいてはその母体の、こっちの人[根津]からすると向こうの世界って感じがする「神楽坂(オーナの会社)」の感じ、なども「色々たぶんこんな感じだよね」ってイメージがついておられる。
そんな環境でさも順風満帆な感じに振舞っても、お客様からするとそう言うのはより見え透いた、要はその人たちがが”根津イーディ”で酒を飲んでいるということに対して「不要な気配」なので、わたしはまあつまりは、タイトルにも記したように、楽しいけれど潰れそうなお店として等身大に振る舞うことを大切にしているのである。
[⤴︎久しぶりに幻冬舎の親しい編集者、壺井円嬢とお茶をしたら彼女がドイツのバームクーヘンをお土産にくれたーーしかもホールでーーので、これはやはりBar図書室で皆食べるべきだろうと店に持ってきたのだ]
楽しいけれど潰れそうなお店。
これはすなわち、潰れそうなんだけど楽しいお店である。笑。
楽しい。とても。
楽しんでいる。とても。
そして集ってくれるお客様の温かさよ。
[⤴︎いつもは下で飲んでいるチーム料理人たち。こちら勝子。笑。わたしが「床材敷いたんだよ見てみて!」と言うと2Fに上がって全体の雰囲気確認。ラグジュアリータイム]
[いつの間にかK人が撮影してのちにlineで送ってくれた天井の写真。天井の写真を撮りたくなると言うのはこれ、もう同期照明家デキルくんの間接照明のセンスなのではと思うよね、あとK人たちがわたしのやりたいことを汲んでくれて理解して寄り添ってくれているということ。だからわたしはこの写真がとても好き]
根津イーディのお客さんって、お金払ってきてくれるのに、その時間で一緒に過ごす相手、隣同士になったお客様やカウンターの中にいるわたしなどへの手厚い思いやりなどを忘れない。これはやっぱり根津の人たちにわたしが神楽坂に住んでいると話して、神楽坂と根津は似ているのかなと言うと「んー、神楽坂よりも土着、だよね(by勝子)」というところとかから来るそういう土地柄の特徴もあるのかなぁなんて思う。コミニュティが凝縮していて「ああ前ここやってた店長のたくろうくん? 今 ”ひいらぎ” にいるよね」みたいな感じで連携している感じがあるので、皆が心地よく飲めるために、じぶんだけじゃなく、その空間をよきものにしようとする、お客様自身の気配がある。
これはやっぱり座って1万とか、そういうザギンやスナックとか、いわゆる水商売の世界では生まれにくいグルーヴ。どうしてもテーブルチャージが高いお店はお客様も「はい、じゃあ楽しませてよね」ってそもそもそういうスタンスになってしまうし接待の時など「頼んだよ」っていう圧も出てしまうし、そしてそれも当然のことだったりするのよね、相手も、飲んでるけど「仕事中」なわけだから。そう言う意味では、町場のBarというのは平和です。笑。
実のところ。
告白しますが、わたしはこの半年の間に、これまで生きてきた40年の中で本当に感じたことのない理不尽な仕打ち、忸怩たる想いや、悲しみ、苦しみ、に直面しました。特に5月が本当に酷くて、わたし、自分の意思と無関係に肉体が先行してどこからか飛び降りて死ぬんじゃないかと思ったくらい。6月になって環境に変化はあったけれど、そこでまた知られざる酷い事実(わたしにはね)や真実を目の当たりにすることになって別の方向の苦しみがやってきて、神社ではお礼と祈りと挨拶しかしないと決めている自分が思わず根津神社でスサノオに「さすがのわたしもちょっと辛いです、なんとかなりませんか」と言ったくらい。笑。
この2か月の苦しみ、痛み、と言うのは、いわゆる白髪が一気に増える系の苦しみで、言葉通り、じぶんにも、
「ギャアアア、こんなとこに白髪が増えテル!!!!!涙」ってなって、
(ああ、わたしが直面したのは命が蝕まれる困難なんだな)って思った。
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「信じていた人に裏切られちゃって」
って言う人よくいるけど、そう言う風に言える人って被害者でいられて羨ましい。
わたしが直面してきた苦しみは全部その逆で、相手がわたしに対して勝手に「裏切られた」とか「信じていたのに酷い」とか「こんな人だと思わなかったのに」って思って嘆いているという苦しさだった。根も葉もない、していない事件の、加害者に、わたし、させられてしまってる。
わたしは割とこれまでの人生で「じぶんよりも関わる相手」に、じぶんが手にするよりも大きな豊かさを分けたいと思い、そう言う風にしてきたつもりです。
その豊かさは、時にお金だったり、社会的価値だったり、時間だったり、手助けだったり、時には家だったり、想いだったりするのだけど、とにかくそれらは「誰かと関わっている」という前提の上に成り立つ。
わたしがこの半年で、何度も重ね塗りするように直面した事件と言うのは、その、わたしが関わっている相手が人生において何らかの下り坂やまたは直視したくない出来事や課題に直面した際に、その人が「じぶんが不運や困難の中にいるのは、このような事態になったのはモカコのせいだ」と考えた、というものである。
もしくは自身のせいでそうなった自身の案件を、自身の過ちだと思えず誰かー例えばわたしの尻拭いのように捉えてわたしを不良債権のように思っている。または自分が解決すべき課題なのに、それがまるでわたしの課題であるかのように転嫁して、わたしに全ての解決と結果を要求している。
それらの恐ろしさ。それは本人が無意識であるという恐ろしさ。
だったらむしろもっと意図的に嵌めて欲しい。それならわたしももっとシビアに打ち返せるから。自身が自身をちゃんと見極めできずに、よく磨かれた鏡の前にじぶんの心を映し出すことを避け、全てを人のせいにしている。あなたがそうなった原因はそこじゃない。あなたが今直面している全てのことは、誰かによってもたらされた被害でなく、あなた自身が招いた現状。言ってやりたい。でも絶対伝わらないから言う意味がない。
人の目に映る色が、同じに見えて実際は少しずつ違うのと同じようにーー色は光の屈折で幻影だからーー何かの現象や出来事に対して人は、その人の目で見たいように見て、解釈したいように解釈する。それに溝が生まれたとき、それってどちらが真実なのかなんて誰にもわからない。果たしてわたし自身だって「じぶんのいいように解釈している」恐れもあって。
裏切ってないのに裏切られたと思われた、と、思われた、と、思われた、と思われ・・・・のようにそれって合わせ鏡の奥へ入って行っちゃって真実は誰にもわからない。裁くには3つ目の目が必要で、その3つ目の目の人がどちらに肩入れするのか問題もあって、2対1は時により不公平であったりする。
だからわたしは、これからの自分の人生において大切にしたい人たちのためにも、じぶんが関わる相手に対して今後じぶんが誠心誠意を尽くしても、相手がそれを何かネガティヴなエネルギーに受け取ったりしたたかな計算として勘ぐったり、真意を疑ったり逆に加害されたと思う場合は、どれだけ親しい人でもーー例えば仮に血族や仲間であったとしてもーーその人を切り捨てると5月に決めた。
そのフィルターを外から外すことって、できないから。
ただ純粋に誰かに向けて、無色透明の綺麗な心でしゃぼんのように丸く放った思いやりとか愛情のようなものが、その相手の目には映らず、その人の足元に落ちてはパチン、落ちてはパチン、と破れて地に消えていく、そしてその人は「わたしに酷い仕打ちをするのね」とわたしを罵倒している。その景色を眺めていると、心臓から血が噴き出すのがわかった。そしてその「誰か」がひとりではなく、重ねて、いくつかの方向からきたとき、わたしはもう自分が手にしている無色透明のしゃぼん玉か本当に”しゃぼん”なのかすらわからなくなって「これはわたしにはシャボンに見えているけど、もしかして刃物なのではないか」「わたしは知らず知らずに刃物を振り回しているのだろうか」と、これまで揺るぎなく真実を見つめてきたことだけが誇りのこの「目」すらも信じられなくなって、間違い続けているのはもしかしてわたしなのだろうかと、そう思うと、もう酒場のカウンターになど到底立てない気持ちになったりもした。
それでもわたしは性懲りもなく、もう一度だけ信じてみようと思ったのである。
誰がどう思い、それを言いふらしていようと、わたしは人を裏切らないし、わたしは人を操らない。わたしは時間をかけて信頼を紡ぐことを大切にしているし、わたしは損得勘定だけで動かないし、わたしは嘘をついていない。わたしはしたたかじゃないし、わたしは人を出し抜いたりしないし、わたしは狡いことはしない。わたしが話してることに裏なんかない。
わたしのことをそう思う人は、わたしを通して鏡に映った自分を見ている。そしてその自分に怯えている。騙そうとするから騙されるんじゃないかって猜疑する。そんなノイジーマイノリティのためにわたしはわたし自身を蝕みたくない。誰かを大切にすることをためらいたくない。
じぶんの価値観だけで構築できるこの根津イーディで、もう一度だけ無色透明のしゃぼん玉を作って、それを放ってみよう。確認してみたい。わたしが大切にしてきた「想い」や「おもてなし」が本当に間違っているのか、そうではないのか、そのことを、もう一度だけ。
[⤴︎能楽師の井上さん降臨。お店が存続すれば何と根津イーディの2階で「能」をやるんです!!!しかも楽器は笛だけで!興奮!写真はそれについて話しているとき]
潰れそうだけど楽しいお店。
このひと月にくりかえしきてくれた常連さんたちが、この6月を通して、わたしが信じてきたことや大切にしてきたことは間違ってないんだよって、教えてくれた。
みんなが繰り返しきては「ありがとう」と言って帰ってくれるたびに、わたしはかくも陰惨であった2019年の5月から、少しづつ遠のくことができたのです。
みんな店が続くといいね、って感じで、新しいお酒を仕入れたらそれを楽しんで飲んでくれ、新しくお通しを作ったらそれを食べてアイデアをくれて、
がじゃんの奥様なんてわざわざ家に「簡単サラダの本」を取りにいってくれた。
Wチさんはいつも「これお土産」なんて言ってパンとかお饅頭とかをさっとわたして、あの美しい脚を綺麗に交差させながらで路地を抜け、夜の闇を抜け帰っていく。サコはいつも手料理をたくさん差し入れしてくれるし、なんかいい感じに裾分けBarとして成立してきた。
なんだよ、みんな。
温かすぎかよ。
泣けるし。
昨日もたくろーが「モカさんこれあげる」ってシャンパンを1本持ってきてくれたし。こういうの開くタイプの店っすよね、うちにあってもあれなのでって。
多分周りから見たわたしは、とても楽しそうに見えるので、
ああは言ってるけど意外と数字が上がっているのやろ、というように思えるかもしれんし、全くこのお店が「潰れそう」には、ふらっと来たお客さまには見えないと思うのだけど、当然わたしにはまだまだ心痛する課題は、そこそこある。笑。
だけど、それらは今のわたしにはどうってことない問題。
マジで別になんとかする。
5月、わたしはじぶん自身を喪失。
6月、心臓から血が吹き出したまま止血せず火事の日に店を始めて。
7月、みんなのおかげで、わたしはわたしを取り戻した。
もう誰にも「わたしが大切にしてきたもの」を奪わせない。
そう、長くてエモくなってしまったけど、これはみんなありがとうっていう日記。笑。根津イーディを始めて新しく出会ったみんなに、わたしは人工呼吸をしてもらったようなもの、息を吹き返した。だからわたしも、わたしがみんなにできることを、考えていきたい。そうこれは商売じゃない、これはライフ、人生なの。
我が溺愛の志磨さま風に言えば。
♪ビューティフルに、ビューティフルにイィ。
生きて死ぬだけの、僕らの、人生。
愛をばら撒かないでどうする!笑
[壁画 / MihoKingo(近郷画伯)]
第5話✴︎楽しいけれど潰れそうなお店、終わり。