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月曜モカ子の私的モチーフvol.253「本当の喪失」

バリウムがこんなに辛いものとは思わず、しれっと検査を受けたせいでエライ目に遭っている。正確には遭った。

休業を余儀なくされた昨夜のイーディ。

下剤も合わなかったけれど、そもそも「バリウム」という体内に吸収できない異物が肉体を通過していくという行為そのものに体質が合わなかったのだろう、昨夜の記憶が朦朧としかない。検査は朝だったから午後から夕方まで眠ったにも関わらず、その後4時間下剤と格闘したら心底へばってしまい、
22時半〜3時、その後11時から先ほどの夕方17時まで、爆睡してしまった。
全てが夢だったような気持ちで、今を過ごしている。
それでも昨日、亡くなったおばあちゃんの誕生日に人間ドックを入れたという行動は、きっと正しかった。

シイさんと死について語る今週火曜。閉めなくてよかったんだな。

さて。昔からどこか自分の書くものが現実の先を行くというようなことがわたしの人生ではしばしば起こる。前回の「月モカ」に描いた喪失というのはもっと概念的な感覚的な喪失だったが、その数日後、わたしは本当に、
自身にとって家族の次に身内と言えるくらい近い弟分を亡くした。
正確には亡くしていたことを知った。

こういう時に連絡の頻度などを問う人がいるけど「そんな親しいのになぜ三年も会ってなかったんだ」とか「よく連絡をとっていたのか」とかそういう質問はあまりしないでほしい。心が近い人ほどいろんなことがおざなりになる、経験ないか、そういうこと。例えばわたしはよく話題に出す芋洗坂スナックのママのれいこさんと最後に会ったのはイーディの開店前だったし、
逆に開店してからは頻繁に会っている親友の一人のYuriとは2018年になるまで十年も会っていなかった。ナオミとも三年以上会っていない。

あれ、何を言いたかったんだろう。
とにかくその存在はわたしにすごく、近いところにあったんだ。


年齢の割に、親しい人の急死を経験している方だと思う。最初はGENIUS時代の後輩、それから中断になった連載に登場した飲み友達のヤナカ。

わたしがその時小説を賞に出しているのを知らなかったその後輩が、死のひと月前にくれたメールはなんだか示唆的だったし、
ヤナカに関しては死の2週間前に家まで送ってもらったので、
どちらも非常にショックで、ヤナカの名刺は彼の死後も財布にずっと入れていた。財布を落としたとき、ヤナカの声が聞こえた気がした。
「もうそろそろモカさん、前に進んで」
(しかしヤナカさ、あのひ家賃の振込で財布に10万ほど入ってたんよ、その日じゃなくて良くない!?)

誰もいない朝の言問通り。

けれども今回は、やっぱり一番身近にいた弟分で、特に一緒に暮らしていたような時期もあったから(8歳年下の妹と同じ歳の彼が本当に弟みたいで、時折妹も来るその家にその時彼は居候をしてた)、なんだか全く、彼の不在がピンとこない。
17歳だった、彼は。彼と出会ったのは。2005年くらいのことで、もう20年近く前の話だけど。オーラがあって誰よりもあっという間に売れそうな彼が、じゃあ何、夢を抱いてギラギラしていたあの時にはもう、残りの人生が20年も残されてなかったってことなの。じゃああの頃の出会いの記憶をわたしはどう処理していけばいいんだろ。

わかってる。これを繰り返しても同じところをぐるぐるするだけで答えはないこと。店が終わってから献杯をしてヤツとあれこれ話すけど。
まるでそいつがそこに居るように自分は話すし脳内では返事も返ってくる。口調や振る舞いや仕草や表情も、完全な状態で、目の前にあの子がいるけど、わたしには霊感はないから、これは単なるわたしの中の空想の戯曲にすぎない。けれどもそれをわたしは明け方まで演じ続けた。

あれから1週間が経つけど、まだあまり整理はできていない。
魂と肉体が極度のショックに晒されているせいか時空が歪むほど寝てしまう。16時間とか。それくらい眠った後というのは当然日にちや曜日の感覚がおかしくなっているもので、後、夢も見たりしている自分は、
一体今がどういう座標なのかわからなくなる。
そして馬鹿だけど淡い期待をする。

(もしかして世界線が歪んで、今FBを開けたら彼が普通に生きて、自身の店のオープン投稿や、くだらない動画を開けてないだろうか)

(もしかして今、Lineを開けば、彼のアカウントから返信されてきた訃報に関するやりとりが全部消えていて、わたしは普通にヤツにLineを送り、ヤツからは「久しぶりじゃんモカさん元気?」とか返事がくる)

けれど意識がはっきりしてくると「そういうことはない」ことがFBを開かずともわかる。この世界に彼はいない。

わたしはいま、彼のいないタイムラインを1秒1秒進んでいく。
彼のいた時間から遠くへ遠くへ船を漕いでいる。

明け方のイーディ/4月10日

4月の座標に戻って電話をかけたいな。
「元気、最近どうしてる?」って。
昨夜は土曜だったけど混んだ? マンボウ開けてからお客さん帰ってくれなくない? なんだかんだしてたら今日も朝になってしまったよ。わたしは今から帰るけど、あんたもう寝てた? 寝てたならごめんね起こしちゃって。
いや、ふとさ、あんたのことを思い出したからさ…… 。

        <月曜モカ子の私的モチーフvol.253「本当の喪失」>


(そんな最中でも陽気な感じでレディオを更新しました)

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☆モチーフとは動機、理由、主題という意味のフランス語の単語です。
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中島 桃果子 / Mocako  Nakajima
長く絶版になっていたわたしのデビュー作「蝶番」と2012年の渾身作「誰かJuneを知らないか」がこの度、幻冬舎から電子出版されました!わたしの文章面白いなと思ってくれた方はぜひそちらを読んでいただけたら嬉しいの極みでございます!