おばあちゃんと銭湯と自分

仕事を終え、今日も一人町の銭湯に通う

暖簾に手をかけ、下足箱に下駄をしまう

脱衣所で首にかけたフロムハーツを外す

檜の My 桶を手に熱いシャワーを浴びる

いつもと変わらない光景が広がっている

瞳からそっと一筋の水が滴り落ちた━━

・・・

2020年1月8日

今から丁度一週間前のこと

おばあちゃんが亡くなった

朝早くに親父から急に電話が来て「宮崎のお袋が事故で急死した」と伝えられた

でも、突然のことすぎて正直しばらくの間は何が何だか全くもって実感が湧かなかった

仕事を早めに切り上げて、地元の銭湯に一人で行ったら、一気に色々なものが込み上げてきた

もうここにはいつもと変わらない世界は広がってはいない

この先永遠におばあちゃんの存在しない世界

シャワーは止められなかった━━━

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次の日の朝、お通夜に向かうために自分は一人で宮崎県へ向かっていた

世界中で何度も乗ってきた飛行機だけど、こんなに悲しい空は生まれて初めて見た

「木蓮の涙」を聞いていたらまた涙がこぼれてきて、そっとサングラスに手をかけた

・・・

おばあちゃんは強い人だった

言葉の綾とかではなくて、本当に健康でどこまでもたくましくて、お世辞抜きでアベンジャーズみたいな無敵の人だと思っていた

お通夜で初めて顔を見た時、なんでこんなに早く死んじゃったんだ…と思ったけど、享年83歳と聞いて衝撃を受けた（60代と言っても多分おそらく気づかれない）

自分の親族で、一番丈夫な人は間違いなくおばあちゃんだったから、きっとどこかで安心しきっていたんだと思う

今年の年末も宮崎の実家に帰ることはしなかった

それどころか、大学時代だって一度も顔を出すことはしなかった

丁度３ヶ月前、おばあちゃんに謝りたいことがあって受話器に手をかけたけど、結局自分は伝えることはできなかった

東京オリンピックが終わったら、日本全国をこのモバイル銭湯で旅して、そこで宮崎を訪れようと思っていた

結局最後の最後まで、おばあちゃんに自分の作り上げてきた移動式銭湯を届けることはできなかった

「あなたに会えてよかった」

たった一言でいい、最後になるなら、ちゃんと言えば良かった

いつも自分は遅すぎる

いつだって後悔ばかりが胸をよぎる

あんなに身を以て学んだはずなのに、また同じことを重ねてしまった

今日と変わらない明日が来ること、それは‘奇跡’と知ったから

二度とない今も後悔もすべて、抱えて歩いていくよ━━━

・・・

自分はおばあちゃんのことを知っているようで何一つ知らなかった

今もう「83歳」にもなっていたということもそうだし

名前が「三宅 歌子」だったということもそう

そして何より、おばあちゃんはお風呂が大好きだったんだ

・・・

お通夜の場で自分はまた涙を流していた

でも、それは決して悲しみの涙なんかじゃなかった

自分は心から嬉しかった。そう、これは嬉しくて流す涙だった

ずっと疑問に思ってた

一体どうして自分はこんなにも風呂が好きなのだろう、と

世界中の温泉を巡って、日本でも銭湯に通って、ついには移動式銭湯なんてものまで作りあげて活動していると、出会った多くの人たちに必ずと言っていい程こう聞かれる

「なんであなたはそんなにも湯を愛しているのか？」

━━━自分は答えられなかった

テレビの取材などではそれっぽく理屈をつけて答えてきたけど（勿論それらの理由も決して嘘ではないけれど）

他の誰よりも自分自身がずっとずっとそのことを疑問に思っていた

でも、お通夜のこの瞬間にそれらの謎が一気にすべて解けた

自分はおばあちゃんの血を受け継いでいたんだ━━━

・・・

自分はこれまで全く知らなかったけど

おばあちゃんは他の誰よりもお風呂が好きだった

「元気湯」っていう名前の町のスーパー銭湯ができて以来

30年近くもの間、ただの一日も欠かさずに一番風呂に通い詰めていた

毎朝早朝に起きては、愛用のmy桶にお風呂道具を詰め込んで

この湯に一人向かい、また新たな一日をスタートさせる

それが自分のおばあちゃんの変わらぬ日課だった

最後の最後までお風呂を愛していたのだ

・・・

お通夜を終え、一人「元気湯」を訪れた

暖簾に手をかけ、下足箱に下駄をしまう

脱衣所で首にかけたフロムハーツを外す

檜の my 桶を手に熱いシャワーを浴びる

おばあちゃんが見た時と変わらない光景

瞳からそっと一筋の水が滴り落ちた━━

・・・

自分はおばあちゃんにそっくりだった

おしゃべりが好きなことも、動物を愛することも

そして、どこかおっちょこちょいで少し抜けているところも

車でよく事故を起こしたり、バッテリーが上がって動けなくなったり

過去のエピソードを色々聞いていたら、まるで自分みたいで思わず笑ってしまった

おばあちゃんは風呂に向かう途中で事故を起こし亡くなったのだけど

ど派手なクラッシュ事故とかではなくて、どちらかというと

「一体この道でどうやったら事故を起こせるんだ」

という様な場所で静かに幕を下ろした

・・・

「まったく、最後の最後まで三宅家のばあちゃんらしいな…」

そんなことを思いながら露天風呂で空を眺めていた時、ふと自分は“あること”に気がづいてしまった

これは決して偶然なんかじゃない━━━

・・・

それはおばあちゃんが亡くなった丁度2週間前のX`masの日のこと

自分はこれまでに経験したことのない程の大きな事故を起こしていた

～移動式銭湯の水を補給中にサイドブレーキの引きが甘かった自分の車が転落、約２tものモバイル銭湯が坂道を真っ逆さまに落ちていき、止めようとした自分はマンションと車の間に巻き込まれかけた～

…でも、なぜだか奇跡的に自分は無事だった

それどころか、他の車も、マンションも、そして人々も、ほとんど全てがすれすれのところで何もかも無事だった

事故をリアルタイムで目撃していた人たちに「このレベルの事故でこれだけの被害しかなかったのは奇跡だ」と言われたけど、正直全然あの時は実感が湧かなかった

でも、今ならはっきりとわかる

おばあちゃんが自分を守ってくれたんだ

「そんなのこじつけだ」と思うかもしれない

でも、自分はこれらのことが単なる偶然だとは思わない

おばあちゃん、ありがとう

露天風呂から眺める月がそっと滲んだ━━━

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2020年1月11日

「ありがとう、そして、さようなら」

告別式の次の日の朝、飛行機の中で自分はそっと呟いた

宮崎県都城市、次にこの場所を訪れるときは移動式銭湯と共に胸を張って帰ってこよう

“Sweet Sadie”

空はどこまでも晴れ渡っていた━━━

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この話にはまだもう一つ続きがある

飛行機を降りた自分はとある場所に向かっていた

京都府京都市上京区北町にある「源湯」という老舗の銭湯

ここを会場に行われた立命館大学が主催の「20hive」というイベント

今日、自分は人生で初めて“講演会”という場にトークゲストとして呼ばれた

移動式銭湯のこと、自分にとってのお風呂のこと、そして「おばあちゃん」のこと

つい昨日お別れしたばかりなのに、もう早速自分に会いに来てくれている、そんな気がした

おばあちゃん、ありがとう━━━