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物理数学演習「複素関数の積分」補足資料

横浜国立大学 理工学部 物理工学教育プログラムで2024年10月から開講している物理数学演習の「複素関数の積分」の補足資料です.

数学的に美しいコーシーの積分公式や留数定理を教科書では扱いますが,演習の講義なので演習問題をたくさん解いてもらいます.そうすると何のために演習しているのか分からなくなってしまうので,物理で複素関数の積分がどういう場面で現われるのか,簡単に紹介します.

公開:2024年10月25日

複素関数の積分で解析することのある物理の例

複素関数と微分で扱った減衰振り子をここでも考える.ただし,今回は時刻$${t}$$に依存する外場$${\mathcal{E}(t)}$$によって振り子が駆動されるとし,以下の運動方程式を解く.

$$
\ddot{x}(t) = - \omega_0{}^2 x(t) - 2\gamma \dot{x}(t) + \mathcal{E}(t)
$$

例えば,振り子が電荷$${q}$$を持っており,電場波形$${E(t)}$$の電磁波が照射されたとすれば,振り子の質量を$${m}$$とすると,$${\mathcal{E}(t) = qE(t)/m}$$となる.

(左)振り子とパルス形状の振動外場 ε の概念図.(右)振り子の振幅 x と外場 ε のダイナミクス.振り子は外場がなくなっても振動を続け(レート γ で減衰する),ピーク位置や位相も外場のそれらから一般にずれる.パラメータ:γ = 0.1 ω0, ε(t)/ω0^2 = exp(-t^2/(10/ω0)^2) cos(ω0 t).

具体的な外場$${\mathcal{E}(t)}$$を与えて上の微分方程式を解くことができる.例えば,外場$${\mathcal{E}(t)}$$として上図の赤い破点線のようなパルス形状の振動を想定し,微分方程式をコンピュータで解いて$${x(t)}$$を求めると,青実線のようなダイナミクスが得られる.振り子は必ずしも外場の波形に追随せず,外場がなくなっても振り子は振動し続け,レート$${\gamma}$$で減衰していく.振り子の振幅のピーク位置や位相も,外場のそれらからは一般にずれる.

減衰振り子の物理は他の講義に任せるとして,ここでは微分方程式の一般的な解析解と複素積分について説明する.上の例では具体的な外場$${\mathcal{E}(t)}$$を考えて微分方程式をコンピュータで解いたが,任意の$${\mathcal{E}(t)}$$に対して解を一般に以下のように書くこともできる.

$$
x(t) = \int_{-\infty}^t G(t-t') \mathcal{E}(t') \mathrm{d}t'
$$

ここで現われた複素関数$${G(t-t')}$$は応答関数や(遅延)グリーン関数とよばれるもので,$${\omega_0}$$と$${\gamma}$$という振り子に固有のパラメータ(外場以外の情報)によって決定される.上の式の意味するところは,時刻$${t}$$での$${x(t)}$$は同時刻だけでなく過去の時刻$${t'<t}$$での外場$${\mathcal{E}(t')}$$にも依存して決定されるということである(未来の情報には影響されない).

この$${G(t-t')}$$は以下のように表わされる(具体的な導出方法は,フーリエ変換などを使う講義の後半で扱う).

$$
G(t-t') = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty} \frac{\mathrm{e}^{-\mathrm{i}\omega(t-t')}}{\omega_0{}^2-\omega^2-\mathrm{i}2\gamma\omega} \mathrm{d}\omega
$$

ここで,被積分関数は複素関数だが,積分変数$${\omega}$$は実数である.ただし,実際に積分する際には,複素平面上の経路で積分すると簡単に計算できたりする.被積分関数の分母を見ると,複素関数と微分で現われた複素振動数$${\alpha_{\pm} = -\mathrm{i}\gamma \pm \sqrt{\omega_0{}^2-\gamma^2}}$$を使って,$${G(t-t')}$$を以下のように書き換えられることが分かる.

$$
G(t-t') = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty} \frac{\mathrm{e}^{-\mathrm{i}\omega(t-t')}}{-(\omega-\alpha_+)(\omega-\alpha_-)} \mathrm{d}\omega
$$

複素平面において$${\alpha_{\pm} = -\mathrm{i}\gamma \pm \sqrt{\omega_0{}^2-\gamma^2}}$$に極があることが分かる.
ちなみに,応答関数の極は基本的に下半面にある.つまり,$${\mathrm{Im}[\alpha_{\pm}]<0}$$になる.この極を踏まえて,コーシーの積分公式や留数定理を使って,複素平面上の積分を実行することになる.

以上は非常に単純な場合だが,一般に固有振動数や緩和レートが$${\omega}$$に依存して$${\varOmega(\omega), \varGamma(\omega)}$$となり,以下のような積分を評価することもある.

$$
G(t-t') = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty} \frac{\mathrm{e}^{-\mathrm{i}\omega(t-t')}}{\varOmega(\omega){}^2-\omega^2-\mathrm{i}2\varGamma(\omega)\omega} \mathrm{d}\omega
$$

また,$${\varOmega(\omega), \varGamma(\omega)}$$を導出する際にも複素積分を実施しなければならないことがある.

物理のこのような場面で複素関数の積分が必要になると頭の隅に置いて,演習に励んでください.

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