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壁を作るという「自由」


もしも

壁がなく、町のように広い空き地があり、

そこに摩擦がないならば、

友達とボール蹴りをするのは戦々恐々だ。

一度取り損ねたら端っこまでボールは転がっていってしまうから。


テニスコートほどの広さで壁を作れば、

「自由」に楽しく遊べるだろう。


私たちは、だからすぐに

「誰か」や「なにか」といった「壁」のある世界を自ら好んで
そこにダイブしていく。

しかも「自分」ではない壁の中へ勝手に入っていながら、
文句をつけたり、悲しんだりしている。


そして「壁の主」の責任にする。



本当に自由を楽しむためには

自分に合った「壁」が必要なのだ。


壁は誰かに作ってもらうのではなく、

「自分」で作ればいいだけだ。


他の誰のためでもない「自分」のためなのだから。

「自分の自由」のためなのだから。


「自分の壁」は、世界中を探しても

どこにも売ってはいない。


自分で作って、常に作り変えていくものだからだ。

自分が自由でいられるために、常に作り変える「自由の壁」。

労力を惜しんではいけないよ。



他人の壁は、確かに楽だ。

既に全部揃っているから。

だけどそれは、

「”他人”である自分」がいじったら怒られるものだよ。


「私のもの」ではないのだから。


自分の壁をもったら、他の人の壁も視えてくる。


いつだって、自分の壁は自由に作っていいのだ。

さあ、すぐに、自由の壁を作ろう。

そして「私」の世界を手に入れよう。








宜しくお願い致します。 励みと生活の糧になります。