決別の時
いつもの通勤途中、とある一本の木が葉をつけていないことに気がついた。
(昨日からそうだっけ?)
などと思いながら、目を逸らし、そのまま通り過ぎようとする。
と、何かの違和感に襲われもう一度その枯木の方に目をやる。少女がいた。
その少女は口を開けたり、閉めたり。なにか俺に話しかけているようだった。しかしその声が俺に聞こえることはなかった。まるで世界から音が消えたかのように。
その時、俺はその少女の方へ駆け出さなければいけないと思った。なぜかは分からない。けども確かに強くそう思った。
しかし足は動くことなく、俺は少女を見ることしかできなかった。
その少女は微笑みながら、俺に何かを語りかけている。俺は必死に耳を傾ける。その紡がれたはずの言葉を聞こうとする。
「……ジャー?」
「マネージャー?」
その言葉でふと目を覚ます。目の前でクレープを片手に持った彼女はその瞳でこちらをのぞいている。
「どうしたの?」
「あぁ。いや。夢を見ていたんだ。少し怖い夢。」
「そう。疲れてるんじゃない?」
「いや、大丈夫だ。それよりクレープは買えたみたいだな。それじゃあ行こうか。」
「ええ、そうね!」
そう言って彼女は俺の前を歩き始める。
「柚葉!」
彼女は歩みを止めて振り返る。俺は彼女の方へ駆け出さなければならないと思った。なぜだか、突然。そうしなければ彼女が離れていってしまうような。何か大事なものを失ってしまうような。そんな気がした。
彼女の横に並んだ俺は。彼女の方を見て言う。
「柚葉。誕生日おめでとう。」
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