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年末年始の過ごし方が年々下手になっている

小さい頃、年末年始といえばそれだけでお祭りだった。
家族でお正月飾りを買いに行き、家で餅をつき、お正月には親戚中が集まって大宴会だった。日付が変わる瞬間ひとりでジャンプしてみたし、大晦日だけはなんとか夜更かししようと頑張ってみたし、親戚たちがいつ来るかいつ来るかと、ソワソワ待っていたものだ。
おじいちゃんが亡くなってから、親戚一同が集まることはなくなった。揉めるほどでもない遺産で揉めたりしたらしいけれど、なんにせよ、おじいちゃんの「正月と盆は一同集まらねばならぬ」というお触れがあったから集まっていただけで、それがなくなれば、驚くほどパタリと年中行事(だと思っていたもの)はなくなった。血縁は絶対的なものだと思っていたけれど、親戚って、結局他人の集合体でしかないのだと知った。

親戚一同大集結、まさにサマーウォーズのような集会がなくなってから、年末年始は純粋に家族でゆっくり過ごす期間となったわけだが、
そうなると、とりわけ特別な時間にする方が難しい。難しいというか、普段と変わらないで過ごせてしまう環境で、「特別な時間」にしに行く方法が分からない。
まず、家族には盆と正月以外もなるべく会いに行こうと思っているので(正月だけ顔を見せる娘にはなりたくないという思いもある)、帰省は特別なものにならない。
規則正しい生活の甲斐あって、大晦日だろうと日付が変わった頃には眠くなる。
地元に帰ったら友達と会わないの?と聞かれたことがあるか、そっかそういうものなのか!と吃驚する程度に、そんな友達はひとりもいない。
初詣などに行けば行事感が増すのだろうが、わざわざあの混んでいる場所に行こうととても思えない。神社なんて、人がいなければいないほど良いのに。タモリさんが「初詣は行かない、いつも行ってるから」と言っていて、大いに同意してしまったので、初詣に行くという選択肢はない。今年も、三ヶ日過ぎて、少し神様もお手すきになったらご挨拶に行こうと思う。

ここ数年特に、「日常に存在する非日常」をなんとか拾い集めようと過ごしているので、いざ周りが実際の非日常になっても、それに上手く便乗することができない。そういった空気に全然乗れていないので、SNSで1年の感謝を述べることさえ、不特定多数に向けてこの思いが伝わるかしらと逡巡してしまい、結局うまくできなかった。(これを読んでくれている方、年末に改めて伝えるまでもなく、いつも感謝しています。)
周りがみんな立派に感謝だの抱負だのを述べている中で、あまりいつも通りに振る舞って、まるでそういった感情がないように思われても困る。
加えて、「わたしは年末年始だろうと特にはしゃぎませんので」みたいな天邪鬼ぶってる風に思われるのも恥ずかしい。かといって今更空気にも乗れない。だめだ、なんも言えない。

などと繰り返し悩んだりしましたが、そんなことより家族とゆっくり過ごそうと考えることを放棄したので、毎日続けていたインスタグラムの投稿がちょっと止まりました。
世の中も含め日常に戻っていきますし、今日からまた変わらず続けていきます。

年末年始、クリスマス、誕生日というだけで、無条件にはしゃげていたあの頃には、もうとても戻れない。年末年始、旅行に行ったりすれば良いんだろうなと生まれて初めて思った。
このままだと、全てのはしゃぎ方そのものを忘れてしまいそうなので、2022年は一度くらい無条件にはしゃぎたいです。予定はないです。

本年もよろしくお願いいたします。

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