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生年月日が同じ人に出会った話。
ある夜、私は東京の阿佐ヶ谷にある『Cafe&Bar PATERS(ぺーたーず)』という店に向かっていた。
この日0:20発の夜行バスで大阪へ帰る予定だったのだが、夕方にすることがなくなった私は時間を持て余し、関東に住む友人に面白い店がないか聞いてみた。そこで教えてもらったのがこの『ぺーたーず』だった。
”1日店長”という制度で日々多彩なイベントを行うそこは様々な人の遊び場となっており、フリーランス(私もそうだ)が多く集まる環境。
しかしなんと、2018年12月で閉業してしまうのだという。
今日も何らかのイベントをやっていると聞き、せっかくなのでこの機会に行ってみることにしたのだった。
店に着くとすでにイベントは始まっており、店内はすでに話し声で溢れている。
店員さんに話しかけると、イベントやメニューの説明をしてくれた。
この日やっていたのは『やばい日』というイベントで、正直なところ概要を聞いてもよく理解できなかった。
とりあえず何か食べようと手に取ったメニューを見てみると、書かれていた内容は下ネタ満載。
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…その名の通り、私は相当やばい日に来てしまったらしい。
気を取り直してメニューに目を通し、サーモンとネギトロ、そして異様な存在感を放つ600円の『ドデカアジ』を注文した。
実際に届けられたお寿司を見ると、とても名前からは想像がつかない程美しい作品が並んでいる。
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捌きたてだという巨大なアジは、口に入れると一瞬でとろけて簡単に噛み切れ、食べづらさなどまったくない。
(幸せだ。もうこれだけで来てよかった。)
お腹を満たして少しリラックスした私は、近くにいる人に話しかけてみるも、共通点がなくいまいち話が続かない。
顔見知りが多いようだし、どうしたものか…と様子を見ていたところ、店員さんから近くにいた一人の男性を紹介された。
「この人、ブロガーさんよく知ってるし共通の知り合い多いと思うよ」
振り返ってみると、いたのは背が高くやけに顔の整った綺麗な青年。
「そうなんですね。ブロガーさんではないんですか?」
「僕自身は違いますね。何をしてるかと言われると…」
「こいつはねー、ワインソムリエ!あと6ヵ国語が喋れる人!」
横で聞いていた知人らしき男性の、ざっくりとした紹介に耳を疑った。
「6ヵ国語って…そんな人出会ったことないです!すごい!」
「はは…なんか、気づけば増えちゃってましたね」
彼が照れながらも得意げに笑う。
高身長・端正な顔立ち・優秀な頭脳…ここまで揃っていると少しくらい鼻についても良いものだが、彼の仕草からは微塵の嫌味っぽさも感じられない。
彼の一番の才能はワインに詳しいことでも語学力でもなく、無意識に醸し出されるこの好青年オーラなのではないだろうか。
私は言うまでもなく、”マルチリンガル”という出会ったことのない人種に興味を抱かされた。誰であってもそうだろう。
しかし彼の話を興味深く聞きながらも腹の内で思っていたのは、大多数の人と同じ反応をしているであろう自分が味気なく、どこか気が乗らないということ。
ひねくれ者の私は、誰かの思惑通りには動きたくないのだ。
どこかでこいつの鼻を明かしてやろうと自分勝手な闘志を燃やしていると、そんなことを露程も知らない優しい彼は、初めての環境で居場所を探していた私に「座って話しましょう」と提案してくれた。
座ってからはいろんな話を聞いた。
ふじさきともしという彼の名前、フランスで働いていて就労ビザを取るために一時帰国していること、6ヵ国語とは具体的にどの言語を話せるのか…
そこでふと、6ヵ国語をも操るこの人はいったい何歳なのだろうと気になった。
若く見えるけれど、おそらく実際は少し上だろうと思いながら聞いてみる。
「いま、おいくつなんですか?」
「えーっと、24…
1994年の早生まれです」
ここで彼がただ「24歳です」と答えたなら、そこからは深く聞かなかっただろう。
「まったく一緒です!私も1994年の早生まれ!」
「本当ですか?じゃぁ同い年なんですね!」
「同い年でその知識量かぁ」
お互いの空気が少し緩む。
せっかくなので続けて聞いてみる。
「何月ですか?」
「2月です」
「えぇ!?それも一緒です!!」
「うわ!偶然ですね!」
一瞬盛り上がり、ふと会話が止まる。
本来ならばそのまま「何日ですか?」と続くべきところであろうが、なぜかお互い固まってしまった。
彼が静止した時に何を考えていたのかはわからない。
最後まで答え合わせをすることで、先ほどまでの高揚が落胆で打ち消されてしまうのではないかという名残惜しさか。
はたまた「まさか」とは思いながらも悟ってしまったかのような、根拠のない確信か。
私はこの相反する二つの感情に押さえつけられて動けずにいた。
しかし今思えば、その自然に発生した謎の沈黙によって、すでに答えを与えられていたような気がする。
少ししてから目が合い、ついに彼がおそるおそる口を開いた。
「………12…」
「…!!!!」
衝撃で声が出なかった。
その後、興奮して聞き間違えではないことを何度も確認し、それでも自分の聴覚を信じ切れなかった私は思わず免許証を見せてほしいと頼んだ。
「ほんとだ…」
そこにはまったく同じ数字が並んでいた。
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数字がそろっていることにこんなにも違和感を抱くことがあっただろうか。
まさかの事態により、私は見事”彼の鼻を明かす”という当初の目論見を果たせたわけだが、もはやそんなことを考えていたことすら忘れていた。
すっかり意気投合してしまい、その後も「お互い左利き」などといった、他の友人であればそこまで驚かないであろう共通点ですら大層はしゃいだ。
結局イベント終了までほとんど彼とばかり話していたが、まだまだ喋り足りなかった私は、乗る予定だった夜行バスをキャンセルすることにした。
彼は近々ビザが降りるとフランスへ戻ってしまうため、次会えるのはいつになるかわからない。
一期一会を何よりも優先して生きる私に彼も付き合ってくれ、朝まで飲みながら喋り倒した。
話す中で、全く異なる境遇や経験をしているにも関わらず、根底にある価値観は近いものを持っているように感じられた。
『占い』において、生年月日を用いるものは多い。
私はあまり信じるタイプではなかったが、こうして実際に自分と同じ生年月日の人と接してみると、あながち間違ってもいないのかもしれないと思わされた。
朝になり、彼に荷物を運ぶのを手伝ってもらいながら駅へと向かう。
この日は大阪で予定が入っていたため、結局夜行バスには乗ることがなかった。
切符の値段を見て、「随分高くなっちゃったね」と彼は笑った。
「東京でもフランスでも、また絶対会いに行くね!」
「うん、いつでも!気をつけて!」
寝不足の私は夜行バスよりもずっと快適な乗り物に乗って、東京を後にした。
*
偶然ぺーたーずへ行くことを決めたこの日。
本当は、この前日の夜行バスで、私はすでに帰っているはずだったのだ。
前の夜も新たに出会った友人たちと会話を楽しんでおり、外を見ると大雨。
その日は昼から飲んでいたこともあり、これは帰るなということだろうと笑いながら関東にとどまった。
次の日に会った友人にその話をすると、別れ際にその人が言った。
「ぺーたーずに行くなら、またおもしろい出会いがあって今日も帰らないかもしれないね」
彼と出会ってすぐに夜行バスをキャンセルする決心ができたのは、この時すでに心の準備ができていたからだろうか。
本来いるはずのなかった場所で起こった、わずかに予想されていた奇跡。
こういう現象を、人は『運命』と呼ぶのかもしれない。
*
近々フランスへ旅立つ彼とは、なぜかまた何度でも会える気がしている。
普段は偶然出会っただけの人にそんな図々しいことは考えないのだが、彼に対してそう確信を持ってしまうのは、仕方のないことではないだろうか。
計算したいとは全くもって思わないが、この日私たちが出会ったのはきっと、すごい確率で起こった出来事なのだから。
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『ぺーたーず』は、12月29日が本当の最終営業日です。
人と人を繋ぐ、素敵な場所。
ご興味のある方は行ってみてくださいね。
2018年最後に、奇跡が起きるかもしれません。
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