ヘイセイに咲くサンダーソニアに、「あんじょうやりぃな」と背を押す兄ちゃん
そのグループの根幹を成す価値観を歌った歌が好きです。
自己紹介ソング、テーマソング、って言うとちょっとちがうし、
どういう表現をすればいいかわからない!
私が好きなHey! Say! JUMPもWEST.も、メンバーがともに歩みだしてもう長年経ったグループです。
紆余曲折あった中で、グループが成り立った後に生まれた、
グループっぽいイメージの曲の話がしたい
Hey! Say! JUMPにとってそれはサンダーソニアだし、
WEST.にとってそれはアンジョーヤリーナだと思っています。(異論は認める。)
私のイメージの比較をするnoteです。
サンダーソニア
夏に咲く小さな花たちが自ら奮い立つ歌
サンダーソニアは後天的に没個性であるかもしれないと気づいた8つの似た花たちが、それでも無二性を信じ、横にお互いを置きながら咲き踊り続けようとする話だと思っている。また、自分たちのことだけを歌っている。
Hey! Say! JUMPたちが主観的に自分たちのことをどう解釈しているかはさておき、私の目から見た最近のHey! Say! JUMPは、そういう人達だと思う。
「センターは山田くんであるが、誰もがセンターでありうる」「突出した歌い方をする人がいない」「全員の声が丸い」「内向的な」グループだと感じる。
過去も過去でいえば、センターだけを目立たせる編成であった。しかし、今は全員がセンターになりうる。またこれは私の主観だけど、基本原則どんな曲であっても、だれか一人の声が突出して目立つ印象があまりない。全員が歌ってるものの、いい意味で全員激しい特徴が無いように思える。ユニゾンがきれいで、柔らかく丸く、甘く白い。曲にも歌い方にも引っ掛かりがない。ずっと真ん中を走っている。流れる水みたいな感じ。すべて私のイメージの話!
そして、歌詞があらわす「僕ら」はすごく内向的だ。
外に影響を与えようとするのではなく、「ただここで咲き・舞う」自分たちのことを歌っている。「余所は余所」「咲かせ続けていようよ 僕らは」、どの言葉も実はよい意味で排他的だ。
これは完全に妄言だけど、Hey! Say! JUMPはHey! Say! JUMPでなければ人の前で立ち歌う人たちではないのかもしれない。他人に影響を与えたい印象は、サンダーソニアにない。ただ咲きたい。って感じ。そして、サンダーソニアには「光増せば影濃くなって」「裏で手招く絶望」「上がり下がり」など、彼らの咲く盛夏の辛さが常に見え隠れする。それでも自分たちを咲かせ続けようと思うのはなぜだろう?やっぱり、お互いがいるからだろうか。
それから、Hey! Say! JUMPは昔から本心が分かりづらい(悪い意味ではなく)。何があっても、何もなかったかのように、きらきらと笑うのが得意に見えている。「ファンタジーもシンパシーも記憶」というのはまさにそれで、体現するのは基本ファンタジーだ。ファンタジーは、創られた理想や虚構。それでも、UMP含め直近の詞はきっと本心が見え隠れしている。(もちろん片岡さんが書いてくれてるけど)そういえばUMPにしても春玄鳥でもすごく内向的で、音は柔くきれいで、比喩につつまれているね。マジで揺れる小さい花。とにかく、メンバー相互を柔く大事にするHey! Say! JUMPが好きなのは確かだ。
アンジョーヤリーナ
勇者志望の兄ちゃんたちが自他を奮い立たせる歌
アンジョーヤリーナは、自分に何ができる?と考えていた僕が、自分自身と君に向けてエールを送る歌だと思っている。自分たちのことだけではなく、「君」に影響を与えたいと思っている。実際のWEST.たちが主観的にどう思っているかはさておき(WEST.はよく本心を直球めに話してくれるのでわかりやすいが)、私の目から見てもWEST.はアンジョーヤリーナのような人たちだ。
Hey! Say! JUMPと対称的に、「センターは重岡くん」「全員の歌い方が異なり、印象的」「全員の特徴を際立たせる構成にしている」「外向的な」グループだと感じる。
曲により異なる事実はあれど、WEST.というグループの概念でいえば当然自他認識が「センターを重岡くん」と置いているだろう。大抵は落ちサビを重岡くんが担う。大抵グループを表現する時は重岡くんは前に立ち、WEST.のイメージを体現する。そして他メンバーの声も歌い方も、それぞれ特徴的だ。昔から全員が突出した特徴がある。歌を聞けば、だいたい必ず引っ掛かりがある。まさに虹色。注目して聞いてしまう。ユニゾンよりは、全員がソロパートを強く担う、そんなイメージ。
歌詞の「僕」は外向的だ。
僕の人生を僕が愛するために、君の人生を君が愛するために、僕は「誰にも負けない何かをずっと探し」ていた。「日常に影が差したら呼んで」くれ、って言ってくれるなんて、なんて愛にあふれてるんだ…。歌詞には回りくどさがなく、等身大に、直球に伝えたいことを言ってくれる。いつの日からかどんどん応援担当みたいなイメージになっていったWEST.だけど、「誰にも負けない何か」をようやく見つけた彼らは「号泣するくらいの感動」や「一生一度の冒険」を、君とともに「味わいたい」んだと言う。ものすごい勢いで近くに現れ、強すぎる熱量でなんどもなんども歌ってくれる。だから、WEST.の夢に私たちは惹かれ、付いていくんだろう。ファンタジーは現実に変わる。まるで少年漫画の主人公になりたい人たち。勇者になるには等身大すぎる、勇者を志望する子供の気持ちを持った大人の兄ちゃんたちだと思う。
結論
どっちも自己の価値を自問自答してるところがよいよね!
オタクの妄言。私はそういう推したちが好きだなあと思います。それだけの話なんですよ。