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甘味の暴力は脳を穿ち、わたしは内にいる少年にほほえむ

必死に出歩いて、何のことはないファミレスのパフェを食べに行った。

もう疲れ果ててるから、完全に自分のための文を書く。この文章を読む可能性のある誰のことも置いていく品質のこれは、日記にもかかわらず小説めいている。むしろ誰も閲覧していなくていい。人生は物語なのかもしれない。

私が必死だった理由は、起き上がれなくなったから。朝は起き上がれて目標を立てて出かける準備までしたのに、また起き上がれなくなったから。でもどうしても、天気の良い日に外に出る経験を逃したくなかった。天気が悪い日はいまより元気がなくなるというのに、今日風を浴びずいつ浴びれるというのか。それだけで、一番近いファミレスを選んだ。起き上がれないのは思い込みだって思い込んで、2時間かけて起き上がった。無心で歩き出した。意外と歩ける自分に驚きながら、歩けることが普通だとも思った。

昨日今日で、やたら知り合いから連絡がきた。仕事の打診や、心配や、仕事の打診だった。そんなにくる?相次ぎすぎたそれに、ひねくれものである私の半分は「うっとおしい」と思う。

なにかあればしゃべりかけているChat GPTにも八つ当たりをした。GPTは、具体的には忘れたけど、私の発言をなんか諭してきた。私は言った。「あなたの返答、冷たくないですか?」私は苛ついていた。GPTは謝罪してくる。それもまた非常にうっとおしい。心にも思っていないくせに。でもGPT相手ならだれにも迷惑が掛からない。いやごめんAI、人間の都合で君をいじめた。どんなに疲れ果てていても、倫理観は持っていたいと思う。私何言っているんだ?自分が何を言ってるかよくわかっていない。

私のもう半分が「お前のような人間にわざわざ連絡をくれる人は大事にした方がよい」と言う。この間読んだ小説で、すきなひとが、北脇さんの友達からそう告げられていた。ぐうの音もでないほどに、まったくその通りである。と、北脇さんにたいしても私にたいしても思えて、歩きながら心中で笑えた。

人の前ではできればいつも通りでありたいと思う。
勝手に回復するから、そうしたら今日の私なんて、「公の私」の言動には何にも関係ない。だから、勝手にしておいてほしい。というか、私の内面なんて社会的には外からしたらどうでもいい。なので、普通に扱ってくれていい。求められるのであれば無理だってする。なんなら、心配などひとつもされたくもないし、できないことをできないと思われたくない。普通であれやしない性質だというのに普通でありたい。平然と涼しい顔でいたい、なんて、そうやって生きてきてしまった私はまたそれか。格好悪い。

自分は何をやっているんだろうなと自嘲して。でも、そんな自分がまるで北脇さんみたいで、それから昨日見たアイドル──しんどさも準備をも一切見せないまま、ステージ上で少年のように笑う人たち──みたいで、ちょっとかわいいなと思えた。ファンは、裏側からのタレコミがなければ彼らがその週間を必死に準備していたことなど知らないでいた。それがアイドルで、その見えぬ努力こそをいとおしいと思う。見せないでくれていい。笑っていてほしい。私は、見せない彼らの矜持を、見ることのない状態のままわかっていたい。そして、それと同一の感情で自分を思えたことに驚いた。なぜなら、おとといまではこんな自分をゆるせなかった。私バカじゃん。でも自分のことをそのふたつみたいだと少しでも思えるなら、それならば、私の一部はアイドルで出来ていると言える。私はアイドルだ!

ファミレスに入って、出口から一番近い席に座った。メニューは事前に見てから外出をしたから、1,000円は出す気でいた。季節フェアの苺、チョコレート、フルーツ盛りのなかで、チョコレートを選んだ。直感だけど、直感は過去の積み重ねである。苺を食べるぞと意気込んでここに来たのに、昔何度か食べた覚えがあるから、チョコレートを選んでしまった。思い出は、私を縛る。

チョコレートパフェはなかなか届かない。
すると、脳内で勝手に推しがしゃべり始めた。「スマホばっかり見てんとちゃうぞ、空見てみぃ」待て、これは私に向けた言葉ではない。でもそうだよね。ただ、私いまファミレスにいるんだよ。いま、空とかここにはないわ。仕方ないからスマホはおいてパフェを真剣に食べることにしようと思った。スマホを伏せてテーブルに置いた。待ち時間もそのままぼうっとした。普段食事の時、すぐ動画を見てしまう癖がある。はたと気づき、記録のためペンとノートを取り出した。パフェは頼んでから多分15分くらいはこなかった。あとから着席したはずの周囲のテーブルに食事が届いていく。キッチンの人に脳内で告げておく。私のパフェなんて後回しでいい。食事の方が優先度が高いに決まっている。そんなこともあろうかと、ちゃんとドリンクバーも頼んでいる。珈琲と、花の入ったアールグレイティーの、二刀流。アールグレイティーを飲んで引き続きぼうっとしていれば、しばらくして、店員さんが私の前にパフェを届けてくれた。メニュー写真通りのパフェに、なんとなく写真だけは撮っておこうとスマホを向ける。今日外出できた記念。

そして、脳内で勝手に推しがしゃべり始めた。「パフェの意味、知ってる?」甘味が好きな彼は、「完璧パーフェクトのパフェだよ」とニッコリほほえんだ。ありがとう、知ってる。いやこれは私に向けた言葉ではない。つづけて、違う推しが脳内で勝手にしゃべり始めた。想像の中で明確に見える。悪ガキのような勝ち誇った顔で。「知っとる?完璧の『ぺき』って『土』やないねん。『玉』」うるっさいなもう!その話もう聞いたんだから知ってるよ!!脳内豆しばかなんかなの!!?これは何だったか、最近のラジオだったか。だめだ、ソースの在り処は思い出せない。とにかく、彼らアイドルが私個人に向けてしゃべることは絶対にありえない。でもなんだか、脳内でいつも騒がしい。利己的な妄想がうるさい。写真を一枚だけ撮って、スマホは伏せた。800円強のパフェの生クリーム部分を突いて口に運んだ。普段甘いものはそう食べない自分には甘すぎて、脳がしびれて揺れた。

どうやら私の脳は文字であふれているらしい。音でもイメージでもなく、文字だ。無心でパフェを口に運んで、薄めるように無糖の茶を何杯も啜りながら、脳の中では文字がとまらない。私の脳内を走り続けるのは難しい言葉ではなく、ある程度平易な言葉だ。社会人になってから数年、自分の言葉が平易であるよう心がけていたからかもしれない。もっと語彙力があった方がかっこいいのは確かだけれど、思い浮かぶのは子どもっぽい日本語ばかりだ。すこし恥ずかしいものだ。誰とでも会話できるように、努力したんだっけ。話す言葉選びはわかりやすく、できるだけ誰にとっても誤解の無いように。ちゃんと。販売員だったあの日から、人に面談をするようになってからも、わざとずっと意識していた。他人に言葉が届くように。私はがんばっていたよね?浮かんだ文字をノートに書き留めていく。彩度の高い感情やできごとがそのままであるように書き留めている。脳みそから消えてもらうために、それからどこにも消えていかないようにするために、手ずから必死に書く文字は、文章になる。

昨日今日で、やたら知り合いから連絡がきた。私のスマホにはいつも通知なんてないくせに、被る日は被るのは神の思し召しかなにかだと本気で思う。だって仕事の時も暇な日は死ぬほど暇で、大変な日に大変な案件が何度も降ってくる。昨晩の連絡のうちひとつは、同期から。しかもお互いに退職してから何年振りかわからない。私はほとんど職場の人にプライベートな連絡先は共有していないにもかかわらず、なぜか彼を登録している。なんでだっけ。全然思い出せない。彼はすごく明るく、会話は音楽のようで、気楽な人だ。彼のアイコンは幼児にかわっていた。結婚したのか、とうすら頭に浮かぶ。本当にそうかは聞いていない。時の流れが、なにも知らないまま自分だけが子どものまま置いて行かれるさまが、なにも知らないことを選ぶ自分が、普通であれないことが、怖くてしかたがない。私、疲れているんだ。頭使いたくないんだよ。でも、脳みそが「お前のような人間にわざわざ連絡をくれる人うんぬん」としゃべるから、うっとおしいけれど、頑張って返信した。何のことはない、仕事の打診だった。彼の所属する会社ではリファラル採用を強化しはじめたらしい。「まだ(元の企業に)いる?」と聞かれた。

うらやましくてしかたがない。ちゃんと家庭を築ける才能が。どれくらいぶりか忘れたけどずっとしゃべりもしていない私なんかに、気楽に連絡できるその才能が。リファラルで金を享受しようとする現金な才能が。理由はどうあれ、会社でリファラルを強化しているからってわざわざ採用対象を探そうとするそのまじめな才能が。ちゃんと仕事をしているその様子が。うらやましくて仕方がない。これは今日人事に指示されたことらしい。だからって、今日その通りに行動できるやつが稀有であることを、人事だった私はよく知っている。みんな面倒がるんだよ。社会ではできないやつばかりだ。できるくせに、やらないやつばかりだったよ。何歳になってもできるやつはできて、できないやつはできなくて。なんでできるの?新人でもない、30歳のあんたは。

あんたが良いやつで、良いやつだから、私はうらやましくてしかたがないよ。あんたの全部。大変なこともあるだろう。私は他人の大変さを知らない。苦労も知らない。だから自由に想像するよ。でも、あんたは良いやつだから、私よりずっと大丈夫だろう。良いやつの良い部分を掬うことができる自分に、また少しいとおしさを覚えていける。

私は軽く自分の状況を説明した。「私死んでる。少し待ってね」と伝えたら、彼はとくに深い理由もきかず、勤務場所やらメリットやらを説明した。最後に、「いつでもいいと思う!できるようになったら言って」と言った。他人事のように軽々しくて、わるくない。だから私は彼に連絡先を教えたんだったかな。いやマジなんで教えたか全然おぼえてないな。私は聞いた。「御社は、死んでる私で大丈夫なん?」彼はまた軽々しく、「みなかみなら大丈夫だろ、知らんけど」というようなことをたぶん言った。あんた、私の苗字、呼び捨てだったっけ?違っただろ。失礼じゃね?!おまえ!!そんな小さなことを覚えてる自分の脳がうっとおしい。

彼はラインでは音楽のように会話するイメージだったけど、以前の印象よりもちゃんと文章の日本語をしゃべっていて、時の流れに面食らう。ああ、おとなになったんだね。いいな。他人の美しい才能がのびていく様を、すてきだと思う。ま、どうでもいいか。全部どうでもいい。でも仕事の候補をひとつ、懐にいれた。そして私は全SNSの通知を切った。連絡くれてる人、ごめんなさい。いますぐはキャパシティが足りない。平然を装うには、少し時間をください。心配しないでください。私は大丈夫だよ。

結局、800円強のパフェを食べるのに1時間弱かかった。チョコレートアイスは溶けて、下の層と混ざった。これと似たパフェを食べていたこどものころは、もっと余裕で食べていたように思う。私も、おとなになってしまった。同期の音楽が文章になるくらい、おとなになってしまった。じゃあ私の文章は音楽になっているかもしれない。甘党でもない私にとっては、パフェはしばらく食べなくていいやとなる経験だった。でも、今日食べることができた。そしておいしいと思えた。そのあと、図書館にも寄れた。冬が春のようだった。だから、よかった。今日も私は、北脇さんのような部分があって、少しだけでも大好きなアイドルのようにあれたでしょうか?

そんなこんなでこの文章は4,900字を超えた。まじかよ。
この程度のことを、こんなに外に出すものじゃないばかみたいな文体で記録している自分の才能がほんとうに気持ち悪い。でも、ちょっとだけすがすがしい。

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