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Ultra Music Powerは絶えずここにある

Hey! Say! JUMPは無言の想いを重ね、思い出を塗り替えるように、
2024年9月24日にUMPを発売してくれる。


昔からそういう人たちだったと思う。

辛いことは何一つこぼさずに、気づかれないように笑う人たち。

後から知ったことがたくさんある。知らないまま私は好きでいた。
知らなかったけど、違和感があったから、一度離れた。

彼らは2007年からアイドル然として「喜び悲しみ 受け入れて生き」てきたんだろう。
けれど、2024年の彼らは「悲しい歌はいらない」と言い切った。


本心はいまだ完全には見えない。
なぜなら彼らはプロフェッショナルのアイドルだ。
けど、UMPの詞は、間違いなくいま伝えたい本心だろう。

デビュー前からともに歩いた、時に離れて、それでもともに歩んだHey! Say! JUMPは
私にとっては、特別なものよりはどちらかといえば「日常」になっている。

彼らのデビュー前後の2007年は私にとって怒涛の年だった。
はずだが、過去の思い出は忘れがちな私は、あの時そこにいたはずなのに記憶がまったく薄い。
当時はブログやってたんだけど、消してしまったので、記録を残すつもりでnoteを書きたい。


2007年、かなう希望や消えぬ想いを切に願ってた


探偵学園Q スペシャルドラマから山田涼介くんを知って、完全に落ちたのは連続ドラマ探偵学園Qだった。

Hey! Say! JUMP前身のJr.グループHey! Say! 7のシングル購入握手会は夏にあったと思う。
それは、当時の友人とともに行った。確実に山田くんと手をつなげ、一瞬人生が邂逅した。レポは消してしまった!だから記憶はあいまいだ。たしか東京ドームだったよ。すごい並んだ!人間の記憶って本当に残らないものだね。

自我の確立しきっていないあの時、私の生活のすべてが、学校か山田くんだった。今のようにネットも普及しきっていないわ、子供だったわ…だから、彼らが隠した(隠された)ことは何も知らなかった。ただ見えている作り物の事実が好きだった。

当時のシングルでは、BON BONが一番好きだった。なんで好きだったのかな。当時理解しきれぬまま、与えられたものだけを受け取った私の感性は、しかし今と変わっていない。子どもながらに、かなう希望や消えぬ想いを切に願っていた。



なぜ此処に なぜ君といるのだろう?
なぜ此処で なぜ君と笑うのだろう?
いつまでも いつまでも こうしていたいよ

BON BON/Hey! Say! 7


2007年9月24日の熱狂はどこへ?


そのあと、たぶん連続してコンサート「JOHNNYS' Jr. Hey Say 07 in YOKOHAMA ARENA」があった。それで、秋にUltra Music Powerが発売されたよね。
単独コンサートも、2011年ごろまでは全部参加している。大学受験とか、色々あって離れた。離れた後、社会人になって、数年たつまで私にとってHey! Say! JUMPは日常にいるものの目に入らない存在になっていた。


14歳~17歳ごろの、コンサート参加の記憶はほとんどない。当時覚えたペンライトの振付だけが体にしみこんで覚えている内容だ。どこまでは無意識の記憶があるかなぁ、シングルでいうとめちゃくちゃ振りに自信あるの瞳のスクリーンくらいまでじゃない?順序忘れちゃったけど、Ride with meとかOverとかMagic Powerとかありがとうとか、あのあたりからやや曖昧になっている。SUPER DELICATEも絶妙に記憶がない。

気づかないように熱狂で包んで、惰性で応援していた時期があるんだろうなと思う。おそらくだけど、向いてる方向が変わってしまっていたんだと思う。


正直言えば、真夜中のシャドーボーイから続いたイメージの強い、山田くんを中心に、一部中島くん知念くんを横に立たせる構成は、なぜか、あまり好きじゃなかった。メンバーがいなくなるのも嫌だった。そして大学受験でお別れした後、そこから先は、気になるシングルだけを掻い摘んで買う数年だった。

今よりもずっと隠されたHey! Say! JUMPたちの想いは、様々なJr.グループから急にチームになったHey! Say! JUMPの本心は、何も私は知らないままだった。アイドルとファンという関係だから、知らないままでよかったはずだけど。違和感のぬぐえないまま、山田くんの心に近づけないまま、だから一度、消えぬ想いを願っていた私はたぶん離れたんだと思う。

社会人に立って数年立つ間に、Hey! Say! JUMPは変わっていったのだろう。20代後半になって、またちゃんと向き合ったときは、変わっていた。全員が自信をもって主役といえた。あまりわからなかった山田くんのことを、知ることができたのは今だからこそだ。昔は本当にわからなかったんだ。だから、そこまで歩みを止めないでいてくれて本当にありがとうって思う。


2024年、つかまえた明日をもう一度はじめよう

そもそもデビュー曲名わけわからんよね(良い意味で)。超音楽パワー。

彼らはUltra Music Powerを掲げてデビューをした。

ちなみに私が好きなのはStar Timeです。

とめどなく あふれ出す この
思いは 虹を越えて行く
約束の場所はそこにあると
僕たちにいつも 教えている

いつの日か たどり着けるその時を
夢に描き続けてる
新しい世界は
その眼差しの
先にある さぁ行こう

Star Time/Hey! Say! JUMP

あの頃から、刹那的なことや恋だのなんだのより、一番最初に来るUltra Music Powerが「立ち向かって生きること」でカップリングとして次に来たStar Timeは「星と愛」の歌だったね。私は色々な顔を見せるHey! Say! JUMPのそういうデッカイ部分に惹かれるし、今も彼らの根幹はそうだと思っている。同事務所の他グループより見えづらかった本心の中、間違いなくHey! Say! JUMPは「立ち向かって生きていた」。そして、間違いなくHey! Say! JUMPは強くなった。

熱狂に包まれたままひた走り、わからなくなって、Ultra Music Powerを喪ったのは、私であり、きっとHey! Say! JUMPもそうだったのかもしれない。

同じ感覚だとは思わないけど、きっと近いだろう。
私が知らないこと、きっと色々あっただろう。何度もあったと思う。それなのにまだ、8人でいてくれてありがとう。

9月24日を、あの日をもう一度はじめよう。
子どもの熱狂ではなく、大人の冷静さでかまわない。言えないこと、言わなかったこと、きっとたくさんあるままで、もう一度、いま伝えたいって思うまま伝えてほしい。

8人がHey! Say! JUMPでいることをやめる日が来ても、いまの8人がいま伝えたいことでかまわない。だってUltra Music Powerは無くなっていない。一緒にずっと歌ってきたじゃない。振りだって無意識で覚えているよ。明確な記憶がなくたって、なぜか憶えている。「誰でもみんな孤独」だけど、「ひとりじゃない」よね。

途中で一緒に歩めなくなってごめんね。でも、もう一度だけ。消えてしまった、でも憶えているあの日をはじめよう。UMPを喪うのはこれが最後でありますように。きっと素敵な新しい日になるよ。

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