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蜘蛛の子
一昨日、蜘蛛の子を見かけた。
幼い頃はその形相にギョッとしていたが、今となっては気にならなくなり、放っておくか逃すかするくらい。
窓際に居たその子と対峙する。
雨が降っており、じっとりとした温度の中、その子は障子の間を止まるか進むか、一寸じいと考えてまた進むかを繰り返して、外に出ようか迷っている。
朝蜘蛛は縁起が良いが昼以降は殺せ。いいや商売の神であるから殺すな。やっぱり気色悪いから殺せ。
蜘蛛の評判はあまりに極端で、その点彼らには同情する。
これらゲン担ぎが蜘蛛の間で流通していたら、蜘蛛の世界ではきっと蜘蛛のオフィス在住率と企業の成長率との関連性が視覚化され、派遣部門の蜘蛛事課長が若手不足に喘ぐ。テレビではダミー化された人声と切り取りの台詞とが流され続け、迷惑系配信蜘蛛が人間の寝ぐらへ侵入しては蜘蛛の評判がまた悪くなると嘆く。人間の世界で害虫食って英雄とされるのも良いけどリスクが大きすぎる。やっぱり自分は公園でのんびり巣を根ざしているに限ると、蜘蛛の世界でも多様性が広がっていく。もし蜘蛛が災いの象徴の世に生まれれば瞬時に殺していた蜘蛛を、暫しじっと見る。
彼もまた身を挺して人間の偵察に来たに違いない。
明後日には上司にプレゼンがあるから、今日中には人間の調査を済ませておきたい。これがこの家の最後の人間だ。
耳学問を摂取して自身の見聞をコーティングした所で、それが事実であるかは定かではない。肩書きや言葉らが散らばったとてそれは外面で保護情報の一部に過ぎない。
自分が蜘蛛を殺さないのは、自分の中にただ人から聞いたことがたまたま会っただけのこと。ただそれだけのことだ。
蜘蛛が、1番の天敵は人間であるからこれに対処せよと進化したら、すぐにひっくり返る簡単なことだ。
そして障子の裏に行ったのを見送ってからそっと閉めると、
次に窓を開けた時にはいなくなっていた。