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怠惰と高慢Ⅴ



G、あなたは夢ばかり見ている。
そうかな?
そんな男、嫌いじゃないけど。
徒労・・・だと?
そうかもしれませんね。・・・あなたは、私たち家族に何をしてくれたの?
・・・・・・。
毎日、会社に行って、私達の生活基盤を築いてくれた。それ以外に、何をしてくれたんでしょうか・・・。
不満かい?
少しね・・・。私を裏切ったし・・・。
一時の過ちだ。
責めたりはしません。私も男を識らなかったわけではないし・・・。もっと、実利的な男だった。・・・あなたとは違う。
どう違うのかね?
・・・あなたは、年老いても、虚しい夢を見ている。それは、朝露のように、儚く消える夢のようです。
悪くはないと思うが・・・。その、実利的な男って・・・男たちって、どんな風だった?
そうですねえ、最初の男は少し年上で性欲が強く、次の男は同年代で、性的には淡白でした。
へ〜え、そうなんだ。
・・・結婚する前に、言いましたよね。あなたが、初めての男じゃないって。
そうだっけ?・・・この歳になって、改めて聞くと唆られるなあ。
変な想像をしてはいけません。・・・行きずりのセックスをしたわけではありませんよ。



ブックさん、Gと話したいんですか?
うん・・・。話してみたいね。
招待したらどうですか?
家にかい?
はい。・・・リタイアされた方だから、私たちでお酒と肴を用意しましょう。奥様も招待すれば、私たちは女同士の話をします。午後3時頃からお酒を飲んで、夕飯を食べて終わりにすれば、良いと思わない?
そうだね。じゃあ、僕からGに声を掛けるよ。
はい、そうして下さい。

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(土曜日の午後。)
G、呼び出すような真似をしてすみません。
構わんよ、ブック。時間を持て余してる訳でもないが、約束事がある訳でもない。・・・困難な時を迎えているよ。
まず、ビールを用意しましょうか?
良いね。


G、除隊後の生活はどうですか?
うん、君と違って完全リタイアだからね。世間的に言えば、余生ということになるかな。
余生・・・。
俺にも解らない。今は、庭の草取りをしているよ。午前中、短時間だが・・・。あと、近所のスーパーに行ったりね。怠惰な生活だと思うこともあるよ。
・・・僕も、そうです。除隊して、張り合いを失いました。妻が妊娠して除隊すると言うので、僕も除隊することにしたんですが、スッキリしないんですよ。
残ることも出来たと聞いているが・・・。
はい。ランクは下がるだろうが、続ける道もあると言われたんですけど・・・妻と一緒に入隊して、二人でランクアップもした。除隊するなら一緒だと決めていたので。
そうなんだ・・・。
僕に、それほど力がない事は解っていました。妻のサポートで勝ちを稼いできた。それでも、ランクアップすれば、もっと出来ると思えるし、充実感もあった。・・・除隊したくはなかったけど、自分の限界は解っている。それに、この歳で子を持てるかもしれない。そのほうが魅力的に思えた。土曜日戦争のキャリアを失った事は残念ですが、落胆してはいません。
そうかあ・・・羨ましいな。
G、年老いれば、人も消費期限切れですか?
うん・・・そういう社会だろ?・・・君の所だって、65歳だっけ?
まあ、そうですね。でも、退職が人生の終わりではありませんよ。
だと良いがな。・・・女房に言われるんだよ。失職してグズグズになった老人の話だ。誇張もあるんだろうが、昼間から酒に溺れて・・・急に老け込んだり、病気になったり。
奥さんの言いたい事は、解ります。Gの事を心配しているんですよ。
そうだよなあ・・・。
・・・次は、何にしますか?
スコッチかバーボンのハイボールを・・・。
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ブック、若い頃は、いろんな制約があるが、心は自由だ。老境に入ると、様々な制約からは解放されるが、心は不自由になる。どっちが辛いのかな?
さて・・・。
言い方を変えよう。若い頃は労働の制約がある、年老いれば労働の制約からは解放されるが・・・そもそも、俺たちは労働していたのか?
労働は苦役ですか?・・・苦役でなければ労働ではありませんか?
この世に、神聖な労働ってあるのかな。
考える必要がありますか?
神聖な労働に身を捧げた者は、死の時を迎えて人生の意味を識るそうだ。大いなる時の流れの中に、自分が在ったのだと。・・・俺は、そうじゃないのかなあ・・・。
・・・・・・。
ブック、俺は、物事を少し複雑にしたい。そうでもしなければ、自分を責め続けて死んで行くことになるような気がしてね。・・・逸れ者だよ。高校の同期でね、社会的には成功した部類だ。役所を勤め上げて、大学の客員教授にもなった。でもな、死を迎えて、人は死んだら終わりだ。葬式も墓も要らないって言ったんだって。そこそこ頭も良くて、やる気もあった。学歴、情熱、努力、忍耐・・・ウイナーの条件は揃っていたんだよ。それにしては、寂しい考えだ。



妊娠したの?
はい。病院に行きました。・・・もう4ヶ月目になるそうです。
そう・・・。
最初は、内診を想定してなくて、困惑しました。
解るわ。私もそうだった。
はい。最初はお爺さん、この前は若いドクターで、ワォでした。逃げ出したいくらい・・・。
ハハハ、そうすれば良かったのに・・・ジョークですよ。
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男達は、頭の中でだけ解決したがるから。・・・浅知恵よ。
そうですね・・・。
私、自分が経験したことを話したくなる時がある。
はい。私もそうです。
男関係は、あまり露骨な話もできないけど・・・。
賛成です。
でも、明らかにしたいと思うこともあるの。どうしてかしら?
奥さん、Gに言ったの?
うん、結婚前の男関係について、話したくなる時があったの。
あからさまに言いましたか?
そうね・・・私が、その時、どう思ったかを・・・。かなり、具体的に。
そんなこと、言って良いの?
解らない。でもその時は、そうした。・・・最初の男は、大学2年の時で、初夏だった。休日のデート、二人とも薄着で彼のアパートに行ったの。
なんか、ドキドキしますね。
そうね、でも私、あまり憶えてない。下着が汗ばんでいて、上手いこと脱がされて、されちゃったの。それからね、何度もしているうちに、良くなって、濡れるようなって・・・濡れちゃった。
奥さん、露骨です・・・。
そうね・・・でも、事実よ。・・・そんな風だったの。もう、お婆ちゃんになったから、そんなことも無いでしょうけどね。
Gは、何か言ってますか?
・・・いいえ。
結婚前の性経験を話す勇気がありません。
そうね、余計なことは言わないほうが良いわ。
でも、奥さんは言った。
お婆さんの無駄口ですよ。あなたは、まだ若いし、昔のことを思い出す齢でもないから。
はい。
・・・私には、話して。



ブック、ジャイアント・キリングが夢なんだって?
そうですね。
具体的には?
・・・象徴的な意味です。
そうか・・・。
具体的なものには、意味などありません。
同意しかねるね・・・。君には、充分な資産があり、つまり資産家グループの一員だ。だから、そんなことが言えるんだよ。
・・・・・・。
女房は、よく実利的な男と言う。初めての男は、性欲が強くペニスも大きかったようだ。濃密な交際をしたんだって。二人目の男は、内気なタイプで、女房がリードしたって言ってたよ。
僕の妻にも、そういうことがあったでしょうか?
さあ・・・あってもおかしくないと思うが・・・。結婚前の娘が、みんな処女のわけがないよ。
そうですね。
余計なことを言ったかな?
・・・興味深いです。・・・婚外性交はありましたか?
俺はね。・・・女房は、無いと思うよ。
身勝手ではないですか?
否定はしない・・・俺たちは年老いたし、充分とは言わないが、それなりの歳を重ねてきた。諍うこともないだろう。若かった時の事を、少しづつ話しながら余生を過ごすのも悪くはない・・・と思うがね。・・・一人になったら、自分だけでそうするよ。

Flashback

ねえG、命は誰のもの?
普通に考えれば、俺の命は俺のもの・・・じゃないかな。
自分の意思で、心臓を止める事は出来ますか?
う〜ん・・・出来ないね。
自分のものなのに?・・・自分のものなのに、思い通りにはならないって、変だわ。
キャロル、そういうものだよ。
・・・肉体と精神が乖離している・・・。
指導教授と不倫していたんだって?
ええ、卒業してからも少し続いた。私、やや小振りの牝牛だったからね。彼が私に軛を嵌めたの・・・。
何を勉強してたんだい?
あなたに言っても、解らないと思う。
そうかい・・・。
蔑ろにしているわけではありません。今までもそうだった・・・。説明するのは、難しい。
良いさ・・・人は、無垢じゃねえからな・・・。俺も、おまえもだ。無垢だからって、祝福されるわけじゃないし・・・。ノー・プロブレムだよ。
はい。


ブック、怠惰でも、退屈しなければ、天与の生活だって?
はい。K夫妻が来て、Kとそんな話をしました。
Kは、すべき苦役に興味があるとか・・・。
そうですね・・・厄介な男だ。せっかく若い妻を娶って、これからという時に・・・。シンプルに、結婚生活を楽しめば良いのに。
誰もが、人生を楽しめるわけではない。
同意します。・・・Kは、お腹を空かして足元に擦り寄ってくるプシーキャットを、足蹴にできるほど若くはなかった。・・・でも、彼は、上手にブルーローズをあやすと思いますよ。
羨ましいね。
僕もです。・・・少し、梃子摺るかな・・・。
女に、梃子摺るのは男の常だ。
ハハハ、妻たちには聞かせられませんね。
勿論だよ。内緒にしておこう。
G、日本酒もありますよ。
良いね。最後にしようか。泥酔して、醜態を晒したくない・・・。



さあ、夕食にしましょう。
居たんだ・・・どこに消えたのか心配してたよ。
ブックさん、私たちはキッチンで、お酒を少し・・・。
それにしては、顔が赤い。妊婦は飲酒しないと聞いたけど・・・。
ほんの少しだけですよ。Gの奧さん、話し上手だから・・・。禁忌だけでは息が詰まる。
(ブックさん、ベロってるわ。)
(そうね、私の夫もかなり行ってる・・・。早めに切り上げましょう。)
(はい。タクシーを手配しておきます。)

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(帰宅するタクシーの中で。)
G、飲みすぎましたね。
うん、自覚しているよ。
奥さんに、謝罪しておきます。
ああ、すまんね。
大丈夫、彼女なら寛容に接してくれそうだから・・・。
俺も、ブックに連絡しようか?
やめておきなさい。迷惑ですよ。
そうかなあ・・・。
あなたは、そういうところが無神経だから・・・。解ってないのよ。
はい、すみません。



奥さん、ごめんなさいね。せっかくのご招待を、夫が台無しにしてしまいした。
・・・そんなこと、言わないで下さい。ブックは、あなたのご主人と話せて喜んでいました。土曜日戦争の、人生の先輩だって。彼、友達が少ないから・・・。
そう・・・気が楽になるわ。
今度、二人だけで会えますか?
良いわ。駅の近くにハンバーグの美味しいお店があるから、奢る。
・・・ありがとうございます。

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(後日、ハンバーグ店の片隅。)
奥さん、男は愚かだって言ってましたね。
そう、男も女も愚かだわ。・・・でも、男の方が、もう少し愚かね。Gもそう、人生の意味を識らないからね。
人生には、どんな意味がありますか?
目的を果たす事で、細やかな満足感を得ることができる。
目的?
そう、日常生活の小さな目的かもしれないけどね。
虚しいと思うことは、ありませんか?
・・・あるわ。夫の浮気を知った時・・・。私は、夫を信頼して疑いもせず、裏切られた。
・・・・・・。
だらしない男でも、居ないよりはマシよ。たまには、役に立つこともあるから。・・・無聊を託つだけの老人は、お婆ちゃんにはお似合いかもね。
はい・・・。

                                               令和4年8月7日

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